第347話 とある鍛冶師の志
エゼルの案内で、俺達は支店ではなくギルド支部の貸し会議室の一室へと足を運ぶことになった。
来客達をいつまでも支部の店内で待たせておくわけにはいかないということで、ナタリア達が出発した後で場所を改めることになったそうだ。
今回の件がエゼルの紹介だったのはナタリアも承知だったらしく、特にそちらの方から疑問が挟まれることもなかった。
「んで、剣はどうしたんだよ」
「気が早いなぁ。後で説明するってば」
先頭を歩くエゼルに、ガーネットが肩を並べながら顔を覗き込み、同年代の友人らしい態度で絡んでいる。
「さてはお前、失くしたな?」
ははーん、という声が聞こえてきそうな口振りでそう言われ、エゼルはびくりと肩を震わせた。
露骨過ぎる反応を見るに、どうやらガーネットの推測が的中していたようだ。
「お前なぁ、せっかく白狼のがミスリル加工した剣だっていうのに」
「し、仕方ないじゃない。探索中に武器を失うなんて珍しいことじゃないでしょ。相手も悪かったし」
エゼルは同意を求めるような眼差しを俺に向けてきた。
どんな武器も例外なく消耗品だ。
直し続ければ長持ちさせられるが、それでも戦闘の過程で紛失してしまうことまでは防げない。
激戦や戦線離脱の混乱などで装備を失うことは決して珍しくなく、状況が状況だけに即座の回収も難しいものだ。
愛用の武器をいつでも手元に呼び出せるスキルというのも、召喚系スキルの一種として存在してはいるものの、エゼルが持っているスキルはそれとは違うものだろう。
「とにかく、深層領域の探索中にまさかのフェンリルウルフと遭遇してね。撃退はできたんだけど、爪で弾き飛ばされた剣が谷底に落っこちちゃったのよ」
エゼルは事情説明の先延ばしを諦めたらしく、廊下を歩きながらここに至るまでの経緯を語り始めた。
「丸腰じゃ危ないから、武器を新調するために一旦戻ろうってことになって。その途中で『彼ら』からホワイトウルフ商店の紹介を頼まれたの」
「自分達が作った武器を取り扱ってもらいたいって話だろ? なんつーか意外な……いや、意外じゃねぇのか?」
「『彼ら』と言えば鉱山と鍛冶仕事のイメージだしね。さて、到着っと。私は紹介するだけだから、仕入れるかどうかは白狼さんの都合で決めてね」
目的地である会議室の扉が開け放たれる。
そこで俺達を待っていたのは、ギルド支部の支部長のフローレンスにエゼルの弟にして従者のエディ、そして髭も生えていないような若いドワーフであった。
地下の『魔王城領域』で暮らしているドワーフが、自分達の製品をホワイトウルフ商店で取り扱ってほしいと望んでいる――先程ナタリアから聞いたとおりの状況だ。
「お待たせしました。詳しい事情を教えてください」
俺がさっそく本題に入るよう促すと、ドワーフの若者はひどく緊張した様子で口を開いた。
「は……はい! 俺はニューラーズと言います。本当にアルファズル様……じゃなくて、ええと、ルーク卿に来ていただけるなんて……」
ドワーフの男と言えば豊かな髭を蓄えているものだ。
しかし、ニューラーズと名乗ったこの若者は、体つきこそ典型的なドワーフ体型だが、顔には一本の髭も生えていない。
人間で考えればきっとまだ少年に違いない。
そんな若者がたった一人で人間の領域にやって来た背景には、一体どんな事情があるのだろうか。
商売的な視点から考えるのは、まずその辺りの経緯を把握してからだ。
「ご存知の通り、俺達の町は魔王軍のせいでボロボロになりました。鉱山で働かされていた大人達は殺されて、色んな秘密を知っている長老達や、魔王軍の装備を作っていた人達は連れ去られて……」
魔王戦争が終わるまでの間に最も被害を被ったのは、他ならぬドワーフ達だった。
ガンダルフ率いるダークエルフ達から苛烈な支配を受け続け、何者かの手引で地上の人間に救援を求めるも、魔王軍に見抜かれて勇者を誘い込む策略の片棒を担がされてしまった。
戦争が始まってからも悲惨の一言だ。
強制労働させられていたドワーフ達は魔王軍が鉱山を放棄する際に皆殺しに遭い、籠城を始める前に町を徹底的に破壊され、そのときに連れて行かれた一部のドワーフは今も行方が分かっていない。
「……もちろん、王国の方々に助けられて、何とか復興しようとしているところです。冒険者の方々のお手伝いをして地上のお金を稼いで、そのお金を使って町を元に戻そうと頑張っています」
しかしニューラーズは、抑え切れない不満を顔に滲ませた。
「ですけど……金貨や銀貨を稼がないといけないなら、俺はドワーフらしい形で稼ぎたいんです」
「それが武器造りというわけか」
「はい! 熟練の鍛冶師はみんないなくなってしまったから……俺が作った未熟な武器しか用意できないかもしれませんけど……」
「何か見本があるなら見せてくれないか」
「も、持ってきてます!」
ニューラーズは体格に合わない椅子から飛び降りると、会議室の隅に立てかけてあった長剣を掴んで戻ってきた。
人間基準なら普通の長剣だが、ドワーフ基準だと大剣の部類に入るであろうそれを受け取り、すぐに【解析】を発動させる。
これまでに数え切れないくらいの廃剣を【修復】し、山程の名剣にミスリルコーティングやミスリル合金化の加工を施してきた。
もちろんその前に【解析】で状態を確かめるのは必須であり、スキルは使い込むほど磨かれるという言葉の通り、俺の【解析】も絶えず性能を向上させ続けていた。
だからこそ、剣の出来栄えの良し悪しはすぐに把握できる自信がある。
「……こいつはなかなか。他所のダンジョンのドワーフ製だっていう剣を加工したことがあるけど、それと比べても遜色ないぞ」
「本当ですか!?」
小さな体で最大限に喜びを表現するニューラーズ。
今のはお世辞ではなく客観的に評価した結果だ。
ああも覚悟を固めて来たのなら、同情心で甘い対応をするのは却って良くないと思っていたが、そんな必要などないくらいの品質が実現されている。
これなら商品として店頭に並べても何ら問題ないだろう。
「残りの問題は生産数だな。仕入れ条件は他の鍛冶屋と同じにするとして、必要な収入が得られるだけの本数が作れるかどうかだ」
「う……で、でも何とかなります! その剣くらいの品質で作れるペースも上がってきましたから!」
「期待してるぞ。それはそうと、少し金属組成が独特だな……特別な混ぜ物でもしてるのか?」
「いえ、近くの鉱床で取れる鉱石をそのまま使ってます。多分元から地上の鉱石と質が違うんじゃないかなと……」
武器に関する話題で盛り上がる俺達を、ガーネットはしょうがない奴だと言わんばかりの眼差しで、後ろから眺め続けていたのだった。




