第345話 白狼の本業
――こうして、俺達白狼騎士団は新たに二人の騎士を迎えることになった。
銀翼、虹霓鱗、紫蛟、青孔雀、黄金牙。
当面は派遣を見送ると宣言済みの竜王騎士団も加えれば、既存の十二の騎士団のうち半分が態度を表明し、残り半分がまだ反応を示していないことになる。
まだ半分と言うべきか、もう半分と言うべきか。
個人的には後者の気分である。
騎士叙勲だの新騎士団だのといっても、準備にかかる時間を考えれば、本格的な活動が始まるのはだいぶ先になるんだろうと思っていた。
それなのに、気付けばもう派遣予定の騎士も半分近く揃ってしまった。
先程、ライオネル卿を拠点に案内してきたばかりだが、その拠点だってまだ全ては完成していないにもかかわらずである――
――それはそれとして、武器屋の仕事も滞りなくこなしていく。
確かに騎士団の編成は想定より早く進んでいるが、実のところ忙しさ自体は魔王戦争の頃よりもマシなくらいだ。
白狼騎士団に割り振られた主な役割は、ダンジョンを探索する冒険者と、王宮および他の騎士団の仲立ちをすることである。
なので、ロイ達が『魔王城領域』よりも更に深い領域へ到達した一件のように、俺達が忙しくなるのは冒険者側で新たな発見があったか、王宮側で新たな決定が下された場合くらいなのだ。
他にも色々と調査をするように命じられたものの、そちらも冒険者達の探索成果を元にすることが前提なので、新規の報告が来なければ大きく進展させるのは難しい。
というわけで、俺も普段はホワイトウルフ商店に注力することができるのだ――少なくとも今のところは。
「……なぁ、店長。あの人、本当にさっきからずっと居座ってるんだけど、放っといていいんですか?」
普段通りの接客の合間を縫って、エリカがこっそりと俺に耳打ちをしてくる。
横目で投げた視線の先では、私服姿のソフィア卿が会計カウンターの奥の椅子に腰掛けて、書類の束に悠然と目を通していた。
恐らくは【速読】かそれに類するスキルを使っているらしく、極端に先を急いでいる様子はないのに、一枚読むのに費やす時間が驚くほどに短い。
「……なるほど……こちらもよし……」
わざわざカウンター裏で作業をしている理由は、責任者である俺の目が届くところで済ませたいからとのことだ。
店内からはあまり見えない位置だが、それでも完全に隠れているわけではないので、たまに常連客が見知らぬ女性の存在に気が付いては、不思議そうに小首を傾げている。
ちなみに、領地としてグリーンホロウとその周辺が割り当てられそうになっているということは、まだ騎士団の関係者以外には明かしていない。
問い合わせの返答を待っている状態なので、騎士団の外部に情報を漏らすのは色々と問題があるのだ。
「一応、あれも公務の一環ってことらしいからな……」
「説明聞いてもよく分かんなかったんですけど、一体どういう仕事なんですか……っと、アレクシアさん戻ってきましたね」
周囲のことを気にも留めていないソフィアのところに、店の奥から戻ってきたアレクシアが大股でつかつかと近付いてく。
その手には大雑把に束ねられた分厚い書類が握られていた。
「えっと、孔雀騎士団のソフィア卿でしたっけ? お望みの書類はこれで全部ですよ。商品開発の予算調達は隅々まで真っ白でしょう。納得頂けました?」
「青孔雀騎士団です。仰るとおり、兵器開発にあたっての資金調達は極めて健全のようですね。お手数をおかけしました」
げんなりした様子のアレクシアに対し、ソフィアは平静を保ったまま受け答えをした。
それをこっそり見やりながら、エリカに今回のソフィアの来訪目的を改めて説明する。
「うちの店は黄金牙騎士団とも取引が多かっただろ? 騎士団からの兵器開発依頼も含めてさ。その過程で妙な金の流れがなかったか確かめておきたかったんだと」
「あー……庶民が遊んで暮らせそうなお金、右から左にガンガン動いてましたもんね……」
さっき受けたソフィアの説明は小難しい表現が多かったので、なるべく平易な表現で言い直してやると、今度はエリカもすぐに理解できたようだった。
俺が作るミスリル製品に、ノワール謹製の魔道具の数々、そしてアレクシアの機巧技術によって生み出された武器や道具。
どれも黄金牙騎士団から多くの発注があり、なおかつ単価もそれなりにするものばかり。
監査を役目とする青孔雀騎士団としては、不正な資金の動きが潜んでいやしないか、一度チェックしておかないわけにはいかなかったのだろう。
もちろん俺達は、胸を張って清廉潔白を主張できる。
一度きっちり調べてもらい、問題なしのお墨付きをもらいたいくらいだ。
「ご協力ありがとうございます。書類記入の必要がありますので、もうしばらく場所を貸していただいてもよろしいですか?」
「どうぞご自由に」
アレクシアは俺の代わりに返答して、すぐに俺達のところに戻ってきた。
「これだからお上との取引は大変なんですよねぇ。今回はお店名義の仕事だったからまだいいんですけど、個人で受けた仕事だったら書類の準備も全部一人で……」
自分で言っていて気が滅入ってきたのか、アレクシアは途中で言葉を切って首を横に振った。
ソフィアが目を通している書類の大部分は、ノワールが【速筆】スキルで仕上げてくれたものだった。
その作業すら自分一人でこなすなら、それはもう大きな労力が必要になるだろう。
「まぁ、大変な分だけメリットも大きいんですが……おっと、そうだ。ルーク君、話はがらっと変わるんですが、新しいスタッフを雇うつもりはありませんか?」
「急に話が飛んだな。誰か紹介したい奴でもいるのか? それとも店を回すのが大変になってきたとか」
「誰っていうのはないんですけどね。書類云々でノワールが頭に思い浮かびまして」
アレクシアは口元に手を当てながら言葉を続けた。
「最近、魔道具作りの仕事と、接客業務の両立が難しくなってきたって愚痴ってるじゃないですか。私みたいに一部を外注したりはできないから大変だって」
「俺もそれは聞いてるぞ。他に【魔道具作製】スキルを使える奴を雇えないか、色々と伝手を当たってみてるんだが、どうにも手応えがな」
「だったら逆に、接客担当の店員を増やしてしまって、ノワールには製造の方に集中してもらうのはどうだろうって思ったんです。もちろん本人の希望が第一ですけど」
「なるほどな……」
確かにそれも有効そうな選択肢の一つだ。
ノワールが手掛ける魔道具の需要は伸びる一方。
このままの仕事配分では長く続かないと分かっていて、本人も魔道具を製造できる人間の増員を求めていたが、店舗スタッフの方を増やすのも手だろう。
「……どうしても次善の策止まりになると思うけど、魔道具を作れる奴が見つかりそうにないなら、当座の対応としてそうしてみるのも良さそうだ」
店舗の人事について、アレクシアとあれやこれやと話し込んでいると、不意に店の入口の扉が開いて誰かが入ってくる気配がした。
「いらっしゃ……ああ何だ、ナタリアか」
「おはようございます、ルーク店長。少々お時間よろしいですか?」
そこにいたのは、ホワイトウルフ商店のホロウボトム支店の支店長であるナタリアだった。




