第344話 騎士達の三者三様
その後、ソフィアが諸々の手続きのため町役場に向かうと言ってこの場を辞し、会議室に俺達四人が残される。
すると俺以外の三人は、まるで重圧から解き放たれたかのように、揃って脱力して椅子や机に身を預けた。
「はぁ……やっぱオレ、青孔雀は苦手だわ」
「嫌な思い出でもあるのか?」
「別にそういうわけじゃねぇよ。仕事はきっちりこなす方だしな。けどよ、任務中の態度がどうのこうのとうっせーの何の。団長がそれでいいっつってんのによ」
ガーネットは机に顎を置いてぶつくさと文句を言っている。
なるほど、ガーネットに青孔雀への不平不満を尋ねたら、それこそ際限がなさそうだ。
他の二人はどういう理由なのだろうかと思いながら、次はヒルドの方に視線を向ける。
「……そのですね、虹霓鱗は神殿の警備や管理の他に、地方の歴史や信仰とスキルの関係性ですとか、古代魔法文明についての研究もしているわけですが……その辺の予算絡みでよく指摘を受けるんですよね……」
ヒルドは俺から目を背けながら乾いた笑いを漏らした。
「いやまぁ……研究については個々人の知的好奇心が動機になっているのは否めませんよ? ですがそもそも、古来より神殿は神々の秘奥と叡智を探求する場でもあるわけでして。神殿統括の虹霓鱗が研究者気質なのは当然というか……」
「俺に言い訳されても困るんだが……しかも長いし……」
視線を泳がせながらも長台詞がすらすらと出てくるあたり、前々から綿密に考えて準備してある言い分なのだろう。
この場合に問題視されているのは、やはり領地からの税収の使い道だろうか。
税収はいわば、公務の予算と騎士個人の給与を合わせたようなものだ。
プライベートな用途に使うこと自体は問題ないが、公務に支障を来すほどに使い込むのは大問題で、虹霓鱗の研究は公私の線引が難しいからチェックも厳しくなる……といったところか。
「自分はまだ査察を受けていませんけど、目をつけられたときの恐ろしさは先任の騎士から何度も聞かされていますね」
マークは俺が聞くまでもなく、青孔雀騎士団について自分が把握していることを口にした。
俺と同時期に正式な騎士となった新人なので、さすがに監察の世話になったことはないようだが、それでも厄介さは伝え聞いているらしい。
「それにしても、いよいよ領地を与えられるわけか……グリーンホロウから別の場所に変更してもらえたとしても、領地がないと公務にならないんだからな」
何だか愚痴大会でも始まってしまいそうな雰囲気だったので、少しばかり話題の方向性を変えてみることにする。
「マーク。領主としてこう振る舞った方がいいっていう定石、何かあったりしないのか?」
「……どうして自分に聞くんですか。もっと経験豊富な人達がここにいるでしょう」
心外だとばかりにマークは眉根を寄せた。
確かに、騎士として経た年数だけで言えば、マークよりもガーネットとヒルドの方が何倍も長いのだが。
「オレは領地のことなんざ、アージェンティアの代理人に丸投げしてるぜ。つーか直接行ったこともねぇや」
「銀翼の騎士は特に活動範囲が広いですからね。かくいう私も、領地は財源と割り切っている節があるのですけど。いいですよね、代理人」
「多少の金は掛かるけど、そっちに取られる手間を考えたら安いモンだしな」
ガーネットとヒルドが共通の話題で盛り上がっている横で、マークは目を丸くして驚いていた。
「……上級騎士団との間にこんな認識の差があったとは……」
「担当地域が広い団はだいたい同じようなもんだぜ。青孔雀は上級じゃねぇけど、任務中は領地になんざ帰れねぇだろうしな」
「と言いますか、マーク卿も今は代理人に領地をお願いしているのでしょう?」
「ジャスティン団長にお預けしていますよ。うちの団員で、無関係な第三者を代理人にした話は聞いたことがありません」
目論見通りに話題が青孔雀の件から切り替わり、興味深い会話が交わされ始めた。
俺自身は混ざれそうにない話題だが、聞いているだけでも為になりそうだ。
治安維持と犯罪捜査を任務とする銀翼騎士団のガーネットは、任務で頻繁に各地を飛び回る必要がある関係上、自分の領地に帰る機会があまりない。
大陸各地の神殿の警備と管理、そして信仰に絡む物事の研究を任務とする虹霓鱗騎士団のヒルドは、研究に時間を割きたいという理由から、自分の手で領地を運営することに拘りがない。
東方大陸に対する警戒および、東方との貿易路の警備を任務とする紫蛟騎士団のマークは、領地も任地も大陸東端に集中しているため、領地も自分達で直接統治するのだという意識が強い。
一口に騎士団と言っても三者三様。
きっと他の九つの騎士団も、それぞれ個性的な事情を抱えているのだろう。
そして俺達――白狼騎士団もそこに混ざっていくことになるのだ。
これからのことに改めて思いを馳せていると、会議室の扉が軽くノックされる音がした。
「どうぞ」
銀翼騎士団の誰かが様子を見に来たのか、それともソフィアが戻ってきたのか。
そのどちらかだろうと思って返事をしたが、扉を開けて入ってきたのは全く違う人物であった。
「失礼します。着任のご挨拶に伺いました」
騎士らしい精悍な青年だ。
体格もかなり良く、最前線で心身ともに鍛えられているのが容易に見て取れる。
俺はすぐに青年の素性を思い出し、歓迎の意味を込めて手を取った。
「お久し振りです。派遣要員はあなたに決まったんですね。今後ともよろしくお願いします」
「もう畏まった対応は不要です。今後はルーク卿が上官となるのですから」
互いに顔見知りであることを前提とした応対に、ヒルドとマークが不思議そうな表情を浮かべている。
ガーネットもしばらくそれに混ざっていたが、やがて目の前の騎士がどこの誰か思い出したらしく、ああ、と短く声を上げた。
「思い出した。黄金牙の奴か。魔王城で戦ってたときに見た顔だな」
「ライオネルだ。銀翼の騎士と同じ人物の指揮下に入るとは思わなかったが、互いに滞りなく役目を果たすとしよう」
かつての魔王戦争の最中、魔王城に連れ込まれた俺を救出するために、黄金牙が派遣してくれた少数精鋭の潜入部隊。
女性騎士のヘイゼル隊長によって率いられた四人の騎士――彼はそのうちの一人だった斧槍使いの騎士である。
「えっとだな……それじゃあ、ライオネル卿。せっかくだから施設の案内でもしようか。本当はソフィア卿もいた方がいいんだろうし、そもそもまだ一部は建設中なんだけどさ」
 




