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第343話 騎士が守るべきもの

「……ルーク・ホワイトウルフに、グリーンホロウ・タウンおよびその周辺地域を与える、だって……!?」


 書簡の記述が信じられず、俺は思わずソフィアに詰め寄ってしまった。


 しかしソフィアは全く動じることなく、平然と俺を見上げ返している。


「ど、どういうことですか! どうしてグリーンホロウが!」

「グリーンホロウ・タウンおよびその周辺地域は、国王陛下の直轄領ですから。新たに領地を与える必要が生じた場合、原則として直轄領から割譲することになっています」

「それは知っていますけど! よりによって、どうしてグリーンホロウが選ばれたんですか!」

「私に尋ねられても困ります。決定をお伝えしただけですから」


 当然のことを言い返されてしまったが、それでもまだ納得はできていない。


 俺はかつて『奈落の千年回廊』を命からがら抜け出した後、余所者であるにもかかわらず町の人達に受け入れてもらった。


 以降はこの町に恩を返すつもりで色々なことをこなしてきた。


 魔王戦争に協力したのもそれが大きな理由だったし、騎士になると決まってからも初心を忘れまいとしてきた。


 なのに俺がグリーンホロウの領主になってしまうだなんて。

 町に恩を返すために奮闘した結果がこれなのだとしたら、本末転倒にも程がある。


「選定に至った正確な経緯は存じ上げませんが、想像することはできます」


 ソフィアは近くなり過ぎた距離を適度に離してから、改めて俺に向き直った。


「御存知の通り、騎士団は陛下の統一事業の過程で王国に(くだ)った他国の騎士集団が、王国の公務の一部を任せられると共に領地の加増を請けたものです」


 幾度となく耳にしてきた歴史を前振りとして、ソフィアは更に踏み込んだところまで語っていく。


「このとき新たに与えられた領地は、可能な限り任地に近い場所が選ばれました。白狼騎士団の場合もその前例に則ったのでしょう」

「……そういう規則があるんですか」

「明文化はされていません。しかし後に追加で領地を与えられたケースでも、基本的にこの法則が踏襲されています。もちろん、活動範囲が大陸全体に及ぶ一部の騎士団は例外ですが」


 ソフィアは俺の反応を待たずに、言葉の矛先を俺の後ろのマークに切り替えた。


「実例としましては、そちらにおられる紫蛟(しこう)騎士団などが典型例ですね」

「た、確かに当団の領地は、大部分が大陸東端付近に集中しています。ジャスティン団長は『何かあれば自分達が真っ先に火の粉を被るからこそ本気になれるのだ』と言っていましたが……」


 急に話を振られて戸惑いながらも、マークは言外に求められたと思しき説明をした。


「ありがとうございます。つまりはそういうことです。騎士にとって『守るべきもの』である領地が任務と無関係であれば、どうしても士気に影響を及ぼしてしまいますから」


 騎士団と任地を強く結びつけて『他人事』ではなくしてしまう――その理屈自体は理解できなくもない。


 要するに、本気で任務をこなすことが領地の繁栄に直結するようにしてしまおう、という意図の政策だということだ。


 東方大陸に対する警戒や交易を担う紫蛟騎士団が、領地のほとんどを大陸東端に保有しているように。


 例外にあたる一部の騎士団というのは、大陸全域で活動する銀翼騎士団や黄金牙騎士団、それと各地に派遣されることが前提の青孔雀騎士団あたりだろうか。


「そもそも騎士団の原型となった各国の軍組織は、領地の安堵を交換条件として王国に降りました。王宮が、騎士達の『領地を守りたい』という意志を掻き立てる政策に至ったのは、極めて自然な流れと言えるでしょう」

「……俺には不要な配慮ですよ。そんなことしなくたって、グリーンホロウは何に変えても守り抜いてみせます」


 心の底からそう断言する。


 領地を守りたければ本気で任務をこなせ、なんていうシチュエーションを用意されなくたって、俺はグリーンホロウのことを第一に考えて行動する心積もりなのだ。


「そうかもしれません。ですが王宮の大臣達にしてみれば、それは何の保障もない宣言です。国王陛下個人の信頼を得ていたとしても、やはり大臣達を安心させる『建前』はどうしても必要となります」


 ソフィアは何の遠慮もなく、いわゆる『現実的な理屈』という奴を次から次に並べてくる。


 この短い会話だけで、彼女が感情よりも論理を優先する人物だということがひしひしと伝わってきた。


 しかしそれでいて、感情的な要素を全く無視するのではなく、騎士の価値観や大臣の不安感など、他人の非論理的な感情もロジックに組み込んで考えるタイプだ。


 俺個人の好き嫌いを基準に考えると、こういう類の人物は――


「分かりました。詳細な説明、ありがとうございます」


 ――正直、好ましい部類に入る。


 もちろん言うまでもないことだが、異性としての魅力などではなく、仕事を共にこなす協力者としての評価である。


 仮にソフィアが男性の騎士でも同じ結論に至っていただろう。


「ですが念の為、グリーンホロウが選定された理由を問い合わせることはできませんか」

「承りました。王宮に質問状を返送しておきましょう。その際に記載しておきたいので、グリーンホロウでは不都合な理由もお教え願えませんか?」

「……そんなの決まってますよ」


 俺はこのまま領地が決定した場合に起こるであろうことを思い浮かべ、軽い頭痛を覚えて額を手で押さえた。


「グリーンホロウは身近過ぎるんです。町の一員……武器屋のルークとして馴染んできたつもりですし、住人達とも隣人感覚で接してきました。それがいきなり領主だなんて……」


 もしも他の土地が選ばれたなら、グリーンホロウではこれまでと変わりなく振る舞うことができたはずだ。


 ここに派遣された銀翼や黄金牙の騎士の中にも、グリーンホロウの住人達と親身になって打ち解けている人は少なくない。


 彼らはどこか別の場所に領地を持つ『領主様』だが、それとは関係なく友好関係を結ぶことができていたし、俺もそういう形で落ち着くものだと思っていた。


 だが、いくらなんでも『グリーンホロウの領主』になってしまったら、今まで通りの関係は望めなくなってしまうのでは……。


 まるで答えの出ない悩みに延々と頭を悩ませていると、不意にガーネットが腕を伸ばして俺の肩に手を置き、顔を覗き込むようにして笑いかけてきた。


「大丈夫だって。白狼のがどういう奴なのかは皆よく知ってんだ。テメェが今まで通り変わらねぇ限り、あっちも結局はおんなじところに落ち着くだろ」

「ガーネット……」


 励ましの言葉を受けて、胸の中に安堵感がこみ上げてくる。


 少なからず気持ちが楽になり、表情も緩んできた俺とは反対に、ソフィアは何やら険しい顔でガーネットを睨んでいた。


「失礼。ガーネット卿、所属騎士団の団長にその態度は何ですか。あまりにも馴れ馴れしい! いいですか、組織というものは規律が第一であって……」


 ガーネットは「やべっ」とでも言いたげに顔を歪め、そして俺の方に視線を戻して苦笑を浮かべた。


「青孔雀の騎士ってだいたいあんな感じなんだぜ。苦手なんだよなぁ、オレ。フェリックスがいたら対応丸投げできるのによ……」

「……お前と馬が合いそうにないってのはよく分かるな」


 普段の態度まで目を光らせてくるとなると、ガーネットとの相性は最悪の一言だ。


 俺は心の底からそう確信し、新たな悩みの種の出現を予感してしまうのであった。

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