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第341話 変わらない朝と変わりゆく明日

 高ランクダンジョン『奈落の千年回廊』で置き去りにされ、急成長した【修復】スキルのおかげで脱出に成功し、山間の町グリーンホロウ・タウンで武器屋を開く――そんな人生の転機を迎えてから早くも一年以上の時が過ぎた。


 ダンジョンの奥に潜んでいた魔王軍との死闘。


 神と呼ばれる謎の存在、アルファズルとの接触と『叡智の右眼』の発現。


 騎士叙勲に新騎士団の団長就任という、あまりにも身の丈に不相応な出世の提案。


 知らず知らずに深まっていくガーネットとの関係。

 彼女を手放さないために提案を承諾するという決断。


 王都を騒がす連続殺人鬼、夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)との遭遇。


 古代魔法文明の秘密を知る北方樹海連合のハイエルフ、エイルの接触と陰謀。


 魔王ガンダルフ、アルファズル、夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)、エイル――全てが古代魔法文明に関係しているのではないかという仮説の成立。


 そして、魔王城よりも更に深い領域を探索する冒険者と王宮の仲立ちと、古代魔法文明の調査を任務とする新騎士団、白狼騎士団の発足――


「(これが全部、たった一年程度の間に起こったっていうんだからなぁ。我ながら波乱万丈にも程があるぞ)」


 来客で賑わう武器屋の店内を、会計カウンターの内側から見やりながら、俺はしみじみとこれまでのことを思い返していた。


 騎士団を任せられることが決まってからも、武器屋の方はこれまで通りずっと続けている。


 そもそも武器屋を続けてもいいというお墨付きを得ることが、騎士団の件を受け入れる条件の一つだった。


 白狼騎士団の正規団員数は現時点でわずか三名、当面は最大まで増えても十二名が限度の小所帯なので、武器屋との兼業も問題なくこなせるはずである。


「(ひょっとしたら……いや間違いなく、十五年間の冒険者生活よりも、ずっと密度が高い一年間だったかもしれないな)」


 冒険者業界のトップを駆け抜けるAランク連中ならともかく、最底辺でどうにか生き抜いてきたこれまでの俺と比べれば、まさに生まれ変わったような変わりっぷりである。


「おはようございます、ルーク殿」


 そんなことを考えていると、来店したサクラが会計カウンターのところにやってきた。


 腰に差された刀は大小一対の二振り。

 ヒヒイロカネ合金製の桜色の刀身を持つ刀だ。


 以前はもう一振り、総ヒヒイロカネ(つくり)の緋色の刀を持っていたが、そちらは俺が騎士団の名義で預かっている。


 緋色の刀はただの武器ではなく、サクラの一族が先祖代々探求していた『神降ろし』の秘儀を実現するための鍵である。


 しかしながら、神降ろしは強大な力を得られる反面、神と思われる『何か』に肉体を乗っ取られてしまう危険もあった。


 以前、サクラは炫日女(かがひめ)という名の『何か』に肉体の制御を奪われ、危うく死者すら出してしまうところだった。


 状況が状況だけに、その責任を問う者は誰もいなかったが、サクラは自責の念から緋色の刀を手元から遠ざけることを決意。


 最終的に俺が騎士団長として緋色の刀を預かり、サクラと長期の専属契約を結んだうえで、必要に応じて緋色の刀を使ってもらうという形で落ち着いたのだった。


「ああ、おはよう。今日も調子がよさそうだな」

「おかげさまで。当面は白狼騎士団の専属冒険者ということになりましたから、他の依頼を受けて疲労を溜めることがなくなったのが大きいかもしれませんね」


 サクラは心身ともに健康そのものな笑顔を浮かべた。


 例の一件からしばらくは、サクラが精神的に参ってはいないかと不安を抱いていたが、どうやら杞憂に終わったらしかった。


 神降ろしが暴走した原因――それは死亡したと思われていたサクラの父親が、肉体を改造されて魔将スズリの仮初(かりそめ)の器にされていた事実を知ってしまったからだ。


 一時的に我を忘れてしまうほどの衝撃であり、その隙に付け込まれる形で炫日女(かがひめ)に肉体を奪われたわけだが、こちらの問題は全く解決していない。


 恐らく父親の肉体は依然としてスズリの制御下にあり、解き放つ手段の有無すらも不明なままだ。


 思い悩み、精神的に疲弊していてもおかしくない状況だったが、サクラはネガティブな思考に嵌ることなく、己の意思を貫いているようだった。


「早めに眠れるだけでも、翌朝の疲労感が全然違うからな。次にダンジョンを探索するときは長丁場になるだろうから、今のうちに体調を整えておいてくれよ」

「なんだなんだ? 年寄りくせぇこと言ってなかったか?」


 商品の陳列を終えたガーネットが、カウンター裏に入ってきて隣の椅子に腰かける。


 こちらもこちらで普段通り……というわけではなかった。


 サクラはいつもと変わらないガーネットの顔を見やり、視線を動かして胸元を通り過ぎてから、はたと何かに気付いた様子で胸元に目を戻した。


 ガーネットの首にはミスリルのネックレスがこれ見よがしに掛けられていて、胸元には羽根と牙を模したミスリル細工が揺れている。


 アクセサリーとしてはこちらの方が正しいとはいえ、服の下に垂らすのではなく誰からも見えるように付けているので、サクラも一目で見つけずにはいられなかったようだ。


「首飾りとは珍しい。銀翼騎士団と白狼騎士団のエンブレムがモチーフか? 装身具には詳しくないが、似合っていると思うぞ」


 サクラはネックレスに込められた『本当の意味』には気が付かなかった様子で、友人同士で話すときの口調でガーネットを褒めた。


「へへっ。だろ?」


 ミスリルの鎖を自慢げに指で持ち上げてみせるガーネット。


 このネックレスは、俺とガーネットが出会って一年が経ったのを記念して贈ったものだが、この経緯は他の連中には明かしていない。


 普段のガーネットの格好にも自然に似合うデザインで発注したので、こうして日常的に身に着けても単なるファッションとしか思われないはずだ。


 しかし、そんなに表情を緩めていたら、並々ならぬ意味合いの贈り物だと悟られてしまうのではないだろうか。


 そんな不安を抱きながら、ガーネットとサクラのやり取りを横目で眺めていると、新しい来客が店の扉を開く音がした。


「失礼します。ルーク殿はおられますか」


 やってきたのは俺と同じ程度の背丈をした、やや女顔の優男。


 冒険者業界やグリーンホロウではあまり見ない、気品ある立ち振る舞いの青年だった。


「フェリックス卿。珍しいですね、どうかしたんですか」

「ルーク殿にお伝えしたいことがあります。使いの者をよこしてもよかったのですが、久しぶりにお店の様子を見せていただきたいと思いまして」


 女顔の青年、銀翼騎士団の副長兼グリーンホロウ支部長のフェリックスは、穏やかに微笑んで店の中を見渡した。


「それで、伝えたいことというのは?」

「実はですね……」


 フェリックスは声量を落とし、囁きかけるようにして今回の用件を告げた。


「追加の派遣騎士が到着いたしました。それと、どうやらルーク殿に割り振られる領地の詳細も決定したようなのです」

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