第340話 寄り添い合うは銀の羽根と白い牙
「お疲れさん。結構盛り上がってたな」
マークが帰っていった後で、ガーネットは笑いながらハーブティーをコップに注いでくれた。
喋りすぎて乾いた喉に程よく染み渡る温度だ。
アレクシア謹製の時計を見れば、時刻は既に真夜中手前。
これまた随分長く話し込んだものである。
「んで、本音をぶち撒け合ってみた甲斐はあったのかよ」
「さぁ……どうだろうな。お互いに言いたいこと言ってスッキリしただけかもしれないぞ」
椅子の背もたれに体重を預け、深々と長い息を吐く。
マークとあんなにも感情的な言葉を交わしあったのは、ひょっとしたら生まれて初めてのことだったかもしれない。
故郷を出て十五年――しかしその直前までは兄弟仲も悪くはなかったし、そもそも十五歳と十歳足らずの兄弟が激しくぶつかり合うなんて、どう考えても子供っぽい喧嘩以外の何物でもないわけで。
子供の頃はこんなにも『本気』のぶつかり合いなんてする方が珍しいし、それができる時期は俺の身勝手で一度も顔を合わせることがなかった。
そういう歪な兄弟関係だった反動か、腹の底に溜め込んでいたものもとにかく多かった。
けれどきっと、十五年もの空白を埋めるためには必要不可欠な一時だったに違いない。
どんな思いも言葉にしなければ伝わらないのだから。
――だが、これで事態が好転するかどうかはまた別の話。
もしかしたら、相互理解を深めたことで関係が改善するかもしれないし、余計に理解不能と感じて断絶を深めてしまうかもしれない。
「少なくとも、あいつがどんな不平不満を溜め込んでたのかは分かったつもりだよ。まぁ……俺にも色々と気持ちの整理する時間が必要かもな」
「充分だろ。あっちもあっちで、お前の本音を聞けて良かったと思ってんじゃねぇか?」
「それこそどうだか」
ガーネットは穏やかに微笑みながら、テーブルを挟んで反対側の椅子に腰を下ろした。
普段はあまり見ないような雰囲気である。
俺とマークのやり取りを傍から眺めて、何か思うところでもあったのだろうか。
「遠慮なく言い合える兄弟ってのは、やっぱ良いものなのかね」
「……何だよ急に。悪いものでも食べた……とかはありえないか。夕飯は春の若葉亭だったしな」
マークとの関係を羨ましがられるのも意外だったが、その発言をしたのがガーネットだったのはもっと意外だった。
「お前の兄弟っていうと……カーマイン団長とはそういう関係じゃないのか?」
「兄上はどっちかと言えば上司って認識が強いな。銀翼に所属するための根回しやら何やらで頼り切りっていう引け目もあるし……残りの兄弟はどいつもろくなもんじゃねぇし」
なるほど。立場が立場だけに、どうしても兄妹らしからぬ遠慮を挟んでしまうわけか。
騎士団のリーダーと所属団員にして兄弟――それだけ見れば俺とマークの関係性と同じだが、兄の方の格付けと貢献の度合いが違いすぎる。
「隣の芝は何とやらって奴だろ。マークなら兄貴が逆の方が良かったって思ってるかもな」
「もしそうなったら、お前がオレの兄上ってことになるわけか? 悪ぃ冗談だぜ」
「どういう意味だ?」
「さぁ、どうだろうな」
ガーネットはわざとらしく顔を逸らしてにやにやと笑った。
ところで残りの兄弟というと、カーマイン卿とは別の兄と唯一の同性である姉だったか。
ガーネットはレンブラント卿が後妻との間に設けた一人娘で、かなり前に亡くなっている前妻との子供は四人いた。
本来の後継者候補だった長男は戦乱の中で戦死した。
これはガーネットがまだ幼い頃の出来事であり、長男の記憶は比喩ではなく本当に一切ないのだという。
二人目の兄であるヴァレンタイン・アージェンティアは、病気だか怪我だかの理由で人前に出ることができず、身内の前に姿を表すときも素肌を完全に隠しているらしい。
三男だったカーマイン卿が団長の座に就いたのも、長男の戦死と次男の隠遁が重なったことによる、極めて偶発的な継承だったのだ。
俺は未だにこの人物に会ったことがないのだが、ガーネットから聞いた限り、父親のレンブラント卿と同じく古い考えに固執している節があるという。
母親違いとはいえ、妹を政略結婚に使うことを何とも思っていない時点で、今となっては時代遅れと言わざるを得ない思想だろう。
長女のスカーレット夫人は一度だけ顔を見たことがある。
婚姻関係によって家を強くすることを良しとし、実際に有力な伯爵をものにした女性。
そもそも例の夜会の主催者はその伯爵であり、主催者夫妻が目立つところにいるのは当然なのだった。
――こうして考えると、やはりガーネットはいわゆる普通の兄弟姉妹とは縁がなかったのかもしれない。
「話は変わるけどよ、正直言って笑いを堪えるの大変だったんだぜ? お前が騎士団の話を受けるって決めた理由を聞いたマークの顔!」
「そんなこと思い出すなよ……勢いでつい口走っただけなんだから」
「でもいつかは言う羽目になるじゃねぇか。早いか遅いかの問題だろ」
先程のやり取りの中で、マークが地道な努力を積んだ自分よりも、放蕩極まりない俺の方が上を行ったことへの率直な不満をぶつけてきたので、うっかり例の夜会絡みのことも含めて言い返してしまった。
反論というより惚気でしかない発言を真顔でぶつけ返され、マークが露骨に気勢を殺がれていることに気付いた頃には、もう時既に遅し。
今更撤回することもできず、何とも言えない空気がリビングに漂うことになってしまったのだ。
「…………」
ガーネットがそういうネタで弄りに掛かってくるなら、こちらにも考えがある。
本当は次の営業時間の後にする予定だったが、時計を見ればちょうど日付が変わった頃合いだ。
この日であるなら、始まりだろうと終わりだろうと同じこと。
俺は何も言わずに席を立つと、机の引き出しの奥にしまってあった細長い小箱を取って戻った。
「な、なんだよ……」
「今日でちょうど一年だからな」
戸惑うガーネットの前に小箱を置いて蓋を開ける。
中に収められていたのは、細い鎖で作られたミスリル製のネックレス。
先端には小さなミスリル細工の飾りが二つ取り付けられてる。
一つはガーネットの瞳と同じ碧い石を嵌め込んだ羽根の形の細工。
もう一つは小粒の真珠――つまりは純白の宝石が嵌め込まれた、狼の牙を模した形の細工。
他人が見れば銀翼騎士団と白狼騎士団の兼任を意味するように思えるのだろうが、俺達が見れば全く別の意味を持つ二つの飾り。
以前に約束した、初めて出会ったときから一年の記念品。
「お前……これって……!?」
「ミスリル加工師のクレイグは覚えてるよな。叙任式で王都に行ったとき、クレイグの工房に立ち寄って注文しておいたんだ」
ガーネットは逸る気持ちを押さえ切れない様子でネックレスを手に取り、その銀色の輝きをまじまじと見つめ始めた。
「……オレが、付けてみても、いいのか……?」
「もちろん。お前が付けないでどうするんだよ。どっちの格好をしていても似合うようにしたつもりだけど……」
最後まで言い終わるのも待たずに、ガーネットは焦った手付きでネックレスを付けようとした。
慣れない装飾具に手付きが覚束ないようだったので、後ろから手伝ってきちんと金具を嵌めてやる。
「ど、どうだ!? 似合わねぇとかは……ねぇよな?」
ガーネットが興奮に頬を紅潮させて振り返る。
返答はとっくに決まっている。
お世辞でもなければ誇張でもなく、心の底からの唯一無二の本当の答えが。
「――ああ、よく似合ってる。本当に、凄く綺麗だ」
第八章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
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連載も遂にガーネットが登場するところまでやってきました。
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