第337話 緋色の刀の行方
「ええと、その、ルーク殿……」
「どうしたんだ? そんなに改まって」
俺とサクラが会話を始めると、ガーネットはさり気なく椅子から立ち上がって席を外した。
物理的な仕切りこそないものの、周囲に他の人間が誰もいないので、実質的に俺とサクラの二人きりになっている。
「……先程は申し訳ありませんでした。仔細はガーネットから聞き及んでいます。私の未熟のために、皆さんにはとんだご迷惑を……」
「しょうがないさ。あんな状況で落ち着いていられる方がおかしいんだ。ナギ達とも話はしてきたか?」
「はい……もちろん詫びを入れようとしたのですが、お前に頭を下げられるなんて薄気味悪いから止めろと突き放されまして」
「ナギらしいな。あいつなりに今の距離感を保ちたいんだろうさ」
少々長い話になりそうな気配がしたので、椅子に座るようサクラに促しておく。
「繰り返しになるが、あれは仕方がない事態だった。そもそも魔将と出くわした時点で、リスクを覚悟の上で神降ろしを使ってもらうしかなかったんだ。しかも神様らしきモノが顔を出すなんて、それこそ誰にも予測不能なんだからな」
事の発端がサクラにあるのは間違いないものの、だからといってサクラに責任を問うのは無理筋だ。
俺達がサクラを責めることはありえないが、部外者も論理的に考えれば筋違いだと気付くだろう。
確かに、神降ろしは前々から何らかのリスクが存在すると思われていた。
サクラ自身もその兆候を感じ取っていたというから、大きなトラブルの発生を全く予見できなかったと言えば嘘になる。
――だが、あのとき俺達が対峙した敵は、魔王軍四魔将の一人である火のスズリだった。
俺達が窮地を脱するために神降ろしが必要だったことは、魔王戦争に携わった人間ならすぐに想像できるだろう。
「一応の確認なんだが、スズリの肉体は本当にお前の父親だったんだよな」
「はい。あの顔は間違いありません。最初に戦った際に声で分からなかったのは……」
「やっぱり改造の影響か」
最初に思いついた仮説をそのまま口にする。
これで間違いないはずだという自信もあったのだが、サクラは椅子に座ったまま、悲しげに俯いて首を横に振った。
「覚えていません……父上の声を。顔立ちの記憶は鮮明です。受けた教えも忘れてなどいません。ですが……どんな声をしていたのか思い出せないのです」
「……そうか。人は声から忘れていくっていうからな」
俺も同じことを実感したばかりだった。
ガーネットに連れられて故郷の村に帰ったとき。
王都で十五年振りにマークと顔を合わせたとき。
その両方で俺は『ああ、こんな声をしていたんだな』と新たに覚え直す経験をしていた。
人は最初に声を、次に顔を、最後に思い出を忘れていく。
ふと、今のやり取りとは関係のない疑問が脳裏を過る。
遥か昔に人間としての生を終えたはずのアルファズル――あの男に執着していた炫日女の中で、アルファズルの思い出はどれだけ正確な形を保っているのだろうか。
「いえ! 泣き言を聞いていただくためにお時間を貰ったのではありません!」
サクラは自分に言い聞かせるように声を張り上げ、腰に下げていた緋色の刀を鞘ごと俺に差し出してきた。
「責任の所在がどうあれ、私が手に余る力を弄んできたことは事実です。いつ制御を失ってもおかしくない力の鍵を携えたまま、皆さんと行動を共にするわけにはいきません。どうかお預かりください」
この刀――総ヒヒイロカネ造の刀は神降ろしを発動させる鍵となる祭具だ。
普段から戦闘に使っている桜色のヒヒイロカネ合金の刀と違い、純度百パーセントのヒヒイロカネで作り上げた特別製である。
「……どんな力も経験を積んで慣れていかないと、いつまで経っても使いこなせないだろ。いつか必要になったときに制御できないまま使うつもりか?」
「ですが、このままというわけには……」
これもサクラなりに真摯に考えた末の結論だったのだろう。
大事な物だが手に負えないなら手放す――それも確かに一つのけじめの付け方ではある。
しかし正直なところ、サクラの神降ろしは手放し難い重要な戦力だ。
両方を同時に成り立たせる手段はないものか。
緋色の刀に手を伸ばすことなく、都合のいい選択肢がありはしないかと考えを巡らせたところで、これはという案が思い浮かぶ。
考えれば考えるほどにこれしかないと思えてくる。
総ヒヒイロカネ造の刀を手放してけじめとし、なおかつ神降ろしをこれまで通り使い続けられる折衷案。
残る問題は、サクラの今後の方針がそれに合致するかどうかだ。
「ところでサクラ。これから冒険者としての活動はどうするつもりだ?」
「えっ……それは……やはりこのダンジョンの謎に迫りたいと思っています。父上の件もありますし、魔王軍やアルファズルは火之炫日女と何やら縁深い様子。背を向ける理由はありません」
「それなら良かった。こいつは白狼騎士団団長としての提案なんだが……」
緋色の刀を受け取りながら、サクラの目をまっすぐ見据えて折衷案を提示する。
「刀は騎士団として預かる。それとお前も、騎士団の一員としてダンジョンの調査に携わらないか?」
「わ、私がですか!?」
「ああ。お前の目的と俺達の公務は方向性が同じだからな。とはいえ騎士になれるわけじゃないから、騎士団と長期間の専属契約を結んだ冒険者っていう立場になると思う」
騎士団に関わる仕事をする人々は、必ずしも全員が騎士であるわけではない。
黄金牙騎士団が戦力として運用していた兵士は、その分かりやすい代表例と言えるだろう。
騎士見習いが兵士扱いで戦場に出ることもあるだろうが、比率としては騎士身分と関係なく雇われた人員が大部分だ。
銀翼の場合は、重要な捜査に直接携わる要員は全て正規の騎士らしいが、治安維持の末端として――地方の町村の警邏などに――騎士以外の人間を雇うこともあるそうだ。
ならば、冒険者ギルドとの仲立ちやこのダンジョンの秘密の解明を任務とする白狼が、必要な人材として冒険者を抱えることに何の問題があるというのだろうか。
「団長として必要だと思ったときにだけ、この刀を使ってもらう。もちろん使いこなすための訓練もその一環だ。神降ろしの行使を騎士団が管理する代わりに、付随するトラブルも団長責任で対応する。これでどうだ?」
「ど、どうも何も、私にとっては願うべくもないと言いますか……あまりにも私に都合が良すぎると言いますか……」
「この条件じゃなければ刀を預かるつもりはないぞ」
あわあわと動揺するサクラ。
まったく、都合がいいと思うなら二つ返事で受けたらいいだろうに。
サクラの生真面目さを改めて実感しながら、俺はサクラが落ち着きを取り戻して返事をしてくれるのをゆっくり待つことにした。




