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第331話 予想し得ぬ再戦

 ――ロイが張ったキャンプから少しばかり離れた丘の上。


 瘴気による多大な被害を出した盆地を見下ろすその場所で、俺達はただ呆然と()()を眺めることしかできなかった。


 盆地を焼き尽くす炎の柱。

 まるで灼熱の間欠泉。


 周囲一帯を太陽さながらに照らし上げる業火の噴出は、断じて俺達が生み出したものではない。


「ったく……どうなってやがんだ、あれは……!」


 ガーネットが頬に汗を伝わせながら歯を食いしばる。


 あんな異常事態を目の当たりにしたことによる冷や汗なのか、あるいは火柱の高熱に晒されたことによる冷却のための汗なのか。


 それすらも判然としないほどの異常であり、灼熱である。


 いくらダンジョンでは何が起こってもおかしくないとはいえ、さすがに限度というものはあるはずだ。


 サクラも油断なく辺りを警戒しようとしているが、やはり異様な火柱に注意を引かれずにはいられないようだった。


「メリッサ、あれが何なのか見当は付くか?」

「わ、私に聞かないでよ!? ナギが戻ってくるのを待たないと……」


 ちょうどその直後、丘を下った先から一頭の精霊獣の狼が帰還し、同時にナギが疾風のように姿を現した。


 丘の上で待機していた四人を代表し、俺が偵察の結果をナギに尋ねる。


「どうだった? 原因は分かりそうか」

「大まかに見たところ、単純な失火による火災というわけではなさそうです。燃えているのは恐らく瘴気が満ちていた範囲だけで、外部への延焼は全くありません……本当に不自然なくらいに」

「つまり、何者かが狙い澄まして瘴気を焼き払ったのか?」


 魔法や何らかの能力で生成された炎であれば、特定の範囲だけを焼き払うのも不可能ではないだろう。


 仮に瘴気が無差別に生物を害するのなら、俺達以外にもその存在を不都合に思う奴がいる可能性も十分にある。


 だが、それは一体何者なのか。


 ロイが最初にルートを開拓したことを考えると、他の冒険者という可能性は限りなく低いはずだ。


「……この階層に生息してる魔獣の仕業だっていうなら、正直に言って話は早いんだがな」


 例えば植物状の魔物が瘴気を放ち、瘴気を害悪と認識する別の魔獣が焼き払うのであれば、それはそれでこのダンジョンなりの自然のサイクルと言えるだろう。


 それに、ただ『強い魔物』というだけならいくらでも対処できる。


 必ずしも倒す必要はない。

 生態や行動パターンを分析して接触を回避すればいいのだ。


 ――しかし、逆に最も厄介な可能性は――


「白狼の……どうする、判断はお前に任せるぜ」

「偵察はここまでだ。火柱に変化がないようなら、これ以上は近付かない方がいい。とにかく安全の確保を最優先に……」


 ひとまず丘の下まで引き上げる指示を出そうとした途端、二頭の狼型の精霊獣が威嚇するように牙を剥き、全身を総毛立たせて火柱を睨みつけた。


 次の瞬間、火柱の下端部分の表面が小さく弾けたかと思うと、高速の『何か』が地表すれすれを疾走し、一直線にこちらへ飛びかかってきた。


 到達まで僅か数秒。


 ガーネットとサクラはそれよりも更に疾く前方へ飛び出し、ミスリルの剣と桜色の刀を抜き放って『何か』に斬りかかった。


 響き渡る甲高い金属音。


 人間に似た形をした『何か』は、右手に握った一振りの刀でガーネットの剣を、左手に握った短い刀でサクラの刀を受け止めていた。


「……こいつッ!?」

「貴様は……まさか!」


 刃を鳴らして二人と一体が間合いを離す。


 大小一対の東方の刀。布で完全に覆い隠された頭部。


 信じがたいことだが、あれは――いや、可能性だけは最初から想定できたはずだ。


 冒険者達が魔王軍を追ってこの階層に来た以上、奴らが同じ階層にいたとしても何の不思議もないのだから。


「魔王軍、四魔将……火のスズリ……!」


 四人の魔将の中でただ一人、一度も倒されることなく姿を消した男――それすらも声からの推測に過ぎないという、全てが謎に包まれた存在。


 それが今、二振りの得物を手に、遠く燃え盛る炎の柱を背にして、俺達の前に佇んでいる。


「……魔将スズリ……」


 サクラは警戒を緩めることなく桜色の刀を鞘に収め、代わりに総ヒヒイロカネ造の緋色の刀を抜き放った。


「何故貴様がここにいる!」

「答える必要はあるまい」


 緋色の刀を突きつけられながらも、余裕に満ちた態度を微塵も崩さない。


 それは当然の振る舞いだ。

 四魔将の戦闘能力を鑑みれば、ここにいる全員が一丸になって戦っても、不利な戦いを強いられることは間違いない。


 魔王戦争においてまともにスズリと戦ったのはサクラだけで、そのときも神降ろしの秘儀を使ってもなお全力を引き出すには至らず、先にサクラの方に()()()()が来てしまったのだという。


 スズリが戦線を離脱したのは、トラヴィスにダスティンという二人のAランク冒険者が駆けつけたのを『潮時』と考えたからであり、あのまま戦いを継続していたら果たしてどうなっていたことか。


(そも)、理由ならば容易に想像がつくだろう。よほどの愚鈍でもなければな」

魔王軍(おまえたち)にとっても、あの黒い霧は排除すべき存在だった……そういうことか?」


 俺が口にした推測に対して、スズリは一切の反応を見せなかった。


 けれども、この推測は間違っていないという確信がある。


 瘴気が溜まっていた盆地をああも派手に焼き払った理由は、瘴気そのものかその発生源を焼却したかったから、という以外にありえないだろう。


 焼却に至った理由はいくつか思い浮かぶが、最も可能性が高いのは、魔族にとっても有害だから処理したかったからという単純明快なものだ。


 発生源を人間に調べられたくないという可能性も考えられるが、それにしては焼却が大規模過ぎる。


 そして、炎が盆地の外に延焼しないよう配慮しているのは、無秩序に燃え広がってしまうことが魔王軍の不利益に繋がるからだろう。


「瘴気は魔族にも有害だから予防策として焼き払った。しかし山火事にでもなってしまえば、この階層のどこかにいる魔王軍に別の害が及びかねない……違うか?」

「動揺を誘い、反応から情報を引き出すつもりなら諦めろ。無駄な努力だ」


 無論、そんなつもりはない。

 この期に及んで声色一つ変えない魔将を相手に、そんな小手先のやり口が通じるなんて到底思えなかった。


 全くもって手応えがなく、会話にすらなっていない発言をしている間に、狼の精霊獣の一体を伝令として走らせ、他の皆に戦闘を前提とした位置取りを整えさせる。


 スズリも俺の下準備に気付いているのだろうが、妨害は愚か足を一歩も動かすことはなかった。


「……それじゃあ、最後の質問だ。これなら答えてくれるだろ?」


 四人全員が適切な位置に立ち、俺も唯一のまともな武器であるリピーティング・クロスボウに手を掛ける。


「俺達を見逃してくれるつもりはあるのか?」

「愚問だな」


 スズリが浅く身を屈め、目にも留まらぬ速さで肉薄する。


 その刃をガーネットの剣が受け止めた金属音を合図に、魔将スズリとの誰も予想し得ぬ再戦の幕が上がった。

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