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第329話 少女薬師と新人騎士 前編

 自分自身の役割が定まるなり、エリカは背負っていた大きな背嚢(バックパック)を下ろし、簡易の作業台に道具と荷物を並べ始めた。


 薬草や根を粉に()薬研(やげん)


 固い実をすり潰し、粉にした薬草を混ぜ合わせる乳鉢と乳棒。


 錬金術師が扱う道具とよく似た、薬効成分を抽出するための機材一式。


 そして乾燥させた薬草を始めとする原材料の数々。


 荷物の一部を分担していたマークも慌ててそれに続き、調合の準備が急速に進められていく。


 緩く波打った長髪を後ろで括ったエリカの横顔は、もはや困惑する少女のそれではなく、自分にしかできない役目に臨む職人の顔をしていた。


 エリカが調剤の準備を整えている間に、俺はロイともう一つの重要な話題を詰めておくことにした。


「瘴気の発生場所は掴めてるのか?」

「何箇所かありますが、恐らく近隣で最大の……被害者の大部分を出した場所は、ここからさほど離れていない盆地状の地形です」


 ロイは本を広げた程度のサイズの簡易な地図を取り出し、瘴気が発生している具体的な位置を指し示した。


「主な被害者は僕のパーティの後に下りてきた冒険者達です。彼らは第二拠点を築くと言って、それと知らずに盆地付近にキャンプを張ったのですが、盆地から溢れ出てきた瘴気に飲み込まれて……」

「黒い霧なら夜には見えにくかっただろうな……夜が明けたら俺達も偵察に行ってみよう。できるだけ正確な情報を持ち帰らないと」


 盆地という地形ゆえに霧状の瘴気が溜まりやすく、それが何かの弾みで溢れてしまったといったところか。


 ところがロイは、俺がごく自然に口走った『夜が明けたら』という一言に対して怪訝な表情を見せ、そしてハッとした顔で耳を疑うようなことを口にした。


「ルークさん。この階層は()()()()()()かもしれません」

「……何だって?」


 思わず間の抜けた聞き返し方をしてしまう。


 言葉は聞き取れているのに理解が及ばなかったのは久し振りだ。


「僕達が下りてから優に二日は経過しているはずですが、一度も朝を迎えたことがないんです。単に空間の天井の明滅間隔が長いだけかもしれませんけど……」


 横合いから、ガーネットとサクラも困惑気味の言葉を挟んでくる。


「道理で暗くなるのが早ぇなと思ったんだ。一日中迷宮を歩き回ってたわけじゃねぇんだからな」

「ええ……昼夜の入れ替わりが地上と一致していないのかと思いましたが、まさかそれ以上の不可思議とは……」


 ダンジョンは――とりわけ未探索かつ高難易度の階層は、何が起こるか分からないがゆえに『何が起こっても当然だ』という先入観が働いてしまう。


 しかし往々にして、ダンジョンの奥で待ち受けている理不尽な環境は、こういうことだろうと勝手に納得した内容を越えてくるものだ。


「天井の発光機能そのものがイカれてる可能性もあるな……いや待てよ、緑色の植物が茂ってるということは、それなりの光量が降り注いでいるはずなんだが……」


 これまた理解に苦しむ情報だったが、今は瘴気の件を優先すべきだろう。


 夜明けを待って調査できる可能性は低いと分かれば十分だ。


「……待っても意味がないなら、重傷者の【修復】が済み次第すぐに出発しよう。ただし瘴気の発生源を偵察するだけで、それ以上の深入りは無しだ」











 ――ルーク団長の治療によって、肺を始めとする重篤な患部を侵す瘴気が除去されたことで、キャンプは多少なりとも静けさを取り戻した。


 被害者の咳き込む音や苦しげな呼吸が消えただけでも、野戦病院じみた惨たらしさは鳴りを潜め、少なくとも落ちついて眠れる環境にはなっている。


 それからすぐにルーク団長はキャンプを発った。


 同行者は炎を操り瘴気を焼き払える不知火桜とメリッサ・アカバネ、戦闘と偵察を任せられるガーネット・アージェンティアと霧隠(きりがくれ)(なぎ)の四人。


 Aランク冒険者の百獣平原のロイは、キャンプを守る必要があるからと、ルーク団長に精霊獣の狼を二頭預けてここに残った。


 全体的に適切な対応だ――マーク・イーストンは、業腹(ごうはら)ながらもルーク団長の采配をそう評価した。


 自分がキャンプに残されたのも当然の判断だと受け止められた。

 飛び抜けて戦闘能力に秀でているわけでもなく、炎に関わるスキルを扱えるわけでもないのだから。


 迷宮の先に魔王軍が落とした書類の一切れや、魔族の遺跡遺物があったときに【思念解読】スキルを使うこと――それが今回の視察におけるマークの役割だ。


 ダンジョンに直接赴いてスキルを使うか、地上で待機して持ち帰られた物品にスキルを使うか。

 どちらの方式が適切なのかの検証も兼ねて同行したわけだが、これならヒルド卿と地上待機をしていた方が良かったかもしれない。


 もしかしたら桜と梛の戦いぶりを間近で見られるかも、という私的な期待もあっての同行だったが、残念ながら叶いそうになかった。


 そんなことを考えていたマークの胸前(むなさき)に、菜種のような粒状の実が入った白い乳鉢が突きつけられた。


「手が空いてるなら手伝って。健康な冒険者にもやってもらってますから」


 マークはエリカの想像より荒い口調に面食らい、眉に力の籠もった顔と乳鉢の中身に交互に目をやった。


 何かしらの悪意や敵意があるわけではなく、大役を任された焦りと重圧からか、単純に素の振る舞いが漏れ出てしまっただけのようだ。


「……だが自分は、遺物や資料の分析補助が任務なんだ。今回同行したのも回収した資料をすぐに分析するためで、それ以外の仕事は……」

「分かってる。だからこれはあたしからのお願いだ。少しでも多くの薬を調合したいから、動ける人には片っ端から頼んで回ってるんですよ。お願いしますねっ!」


 言葉遣いを整える余裕すらないエリカの勢いに押し切られ、マークは突き出された乳鉢と乳棒を思わず受け取ってしまう。


 周囲を改めて見渡せば、ベッドに横たわるしかできない重傷者を除いて、冒険者達の誰も彼もがエリカの指示に従って薬の材料を加工している。


 これはどう考えても拒む方に道理がない。


「最初から砕いておいたら良かったんじゃないのか?」

「空気に触れた瞬間から劣化が始まる素材なんだ! 大丈夫な奴はとっくに瓶詰めにして持ってきてます! それじゃ!」


 マークは追い立てられるように調合作業へ戻るエリカの後ろ姿に、一瞬だけ何か言いたげな表情を見せてから、乳鉢の中の粒に固い乳棒をごりごりと押し付け始めたのだった。

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