第326話 プロフェッショナルな少女達
「……えっ、えええええっ!?」
エリカは滅多に見ないような困惑ぶりで、あわあわと辺りに視線をさまよわせ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 魔王城よりもっと深いとこなんですよね!? どうしてあたしなんですか!」
「やっぱりそう思うよな。先に事情を話しておくべきだったか」
無駄に驚かせてしまったことを反省しながら、どうして炎属性のスキルの使い手と薬毒知識の持ち主を必要としていたのかを、順序立てて説明していくことにする。
「ロイ達は魔王城の地下迷宮を踏破したが、まだその階層の探索は進んでいない。原因はどこからともなく流れてくる出所不明の瘴気だ。焼却すれば一時的に退けられるそうだが、根本的な対策は見つかっていないらしい」
簡潔に告げた理由を聞いて、この場にいた全員が納得の表情を浮かべる。
この中では最も『普通』の少女であるエリカも、皆から少し遅れて俺の意図を理解したようだった。
「まずは視察中の瘴気の発生に備えて炎を扱える奴を連れていきたい。呪装弾やスペルスクロールでも対応は可能だと思うが、魔道具は持ち運べる数に物理的な限界があるからな。できることならスキルや魔法で対応したいところだ」
「……それで、もしも誰かが瘴気にやられたときのために、解毒ができる人も連れていきたい……」
「そういうことだ。それに、本職なら瘴気の正体に気付けるかもしれないだろ?」
これらの内容は全てダスティンから受け取った文書に記されていたものだ。
ロイが地下迷宮を突破したのは本当に直前のこと。
それから間もなく瘴気の危険に気が付き、すぐに報告書を認めてダスティンに託したというわけだ。
ノワールは両方の役割を期待できる人材だが、ここ最近は商品の魔道具を作製する仕事が忙しく、数日掛かりの地下視察に連れ出すわけにはいかなかった。
第一、ノワールはホワイトウルフ商店の従業員ではあるが、白狼騎士団とは直接的には何の関係もない立場なので、無理に命令すること自体が道理に合わないものだ。
「当然だけど、お前に騎士団長として指示を出すことはできない。あくまでこれは個人的なお願いだ。とにかく嫌だからと断っても、何か不利益があるとか、そういうことは一切ない」
この辺りは大事なことなので丁寧に説明を重ねておく。
命令も強制もできない。
無言の圧力を与えて、断る選択肢を潰すこともしたくはない。
エリカは悩みに悩んだ末に、これだけは確認しておきたいと前置いて、一つだけ疑問を口にした。
「……あたしなんかで、本当にいいんですか?」
「もちろん。俺が一番信頼してる薬師なんだからな」
意見を求めるようにノワールへ目をやるエリカ。
微笑みながらの頷きを返され、エリカは意を決して俺の方に向き直った。
「あ、あたし、やります! 任せてください!」
会合を終えた後で、俺はアレクシアに呼び止められて店のリビングに残ることになった。
「忙しいのにごめんなさい、ルーク君。ちょっと伝えときたいことがありまして」
そう言いながら、アレクシアは幾つかの商品をてきぱきとテーブルに並べていった。
どれも機巧技術と魔道具を組み合わせた装備品ばかりだ。
このラインナップを見ただけでも、アレクシアの用件がどんな方向性なのか大雑把に察することができそうだ。
「私、ノワールとの共同開発で色んなモノを開発してきましたよね。今までに溜め込んできたアイディアの大量放出って感じなんですけど、やっぱり今一歩、後一歩って感があるんですよ」
アレクシアは各装備品を開発順に並べてから、その内訳を古い順に語り始めた。
「まずはノーマルな呪装弾。スペルスクロールのミニチュアバージョンである呪符を、クロスボウや大型弩級の矢弾に巻きつけただけのシンプルな代物ですね」
忘れもしない、アレクシアとノワールの初めての共同開発武装だ。
魔王戦争が急展開を迎えて決戦へ突っ込んでいった頃に、アレクシアの装備として半ばぶっつけ本番で実戦投入され、かなりの活躍を見せたものだ。
「それでこちらは、ルーク君のスキルで呪符と矢弾本体を完全に【融合】させたアップデート版」
「保管中に解けたりしなくなったけど、性能もサイズも据え置きっていう奴だったな」
「はい。で、これが発展形を目指したものの複雑すぎた没案ですね」
一本の矢弾の先端付近に攻撃用の呪符を、後ろの方に加速用の呪符をぎっしりと密集させることで、高火力を高速で叩き込むことを目指した意欲的な試作品だ。
しかし本人が言っているように、製造に手間暇が掛かりすぎるので商品化は難しいという結論に至ったのである。
「この没案から発展したのが新型呪装弾と投擲呪装弾ですね。前者は鏃の代わりに大量の呪符を束ねたものをくっつけて、矢としての攻撃力を捨てて呪符の投射に特化した代物でした」
「それで投擲呪装弾は、片手で投げられるサイズの呪符の塊を機巧で制御して、魔力を込めてから数秒後に作動するようにした装備だな」
どれも魔道具と機巧の組み合わせの極地と思える品々だ。
特に投擲呪装弾は使いやすさの割に威力が高く、攻撃用のものを一般人向けに販売するのは難しいので、町に近いこの店舗では無難な効果のものしか販売していない。
魔獣を撃破しうる威力を持つ投擲弾は、ギルドの認可を得た上でダンジョン前の支店で購入する必要がある、というシステムだ。
果たしてこれ以上の代物は存在しうるのだろうか――門外漢の俺だとそう思ってしまうところだったが、専門家に言わせればまだまだ先があるという。
「近頃はノワールが忙しくてあんまり進展していないんですけど、それでも試験運用に耐えうる試作品はできました」
アレクシアは自慢げに微笑みながら、布に包まれていたクロスボウを俺の前で露わにした。
自動装填式のリピーティング・クロスボウ――可動部の故障が多く、使用しながら【修復】するという前提で俺の装備品となった武器。
メンテナンスのために普段はアレクシアに預けてあるそれに、一目で分かる改造が施されていた。
――通常のクロスボウの上部分に取り付けられたカートリッジは、自動装填する矢弾を収納したもので、前々から取り付けられている部品だ。
それとは別に、クロスボウの下部分にも細長いカートリッジらしきものが、縦長の本体にぴったりと寄り添うように付いていた。
「エンチャント系の魔法は当然知ってますよね。昔から、矢に属性をエンチャントして火矢にする戦法があったわけですが……この前、エンチャント魔法のスペルスクロールは作れないのかとノワールに聞いてみたんです」
「まさか、クロスボウの下側に付いてる、このカートリッジは……」
アレクシアはにやりと笑いながら、俺の呟きへの返答を後回しにして説明を続行した。
「答えは『可能だけど実用性は低いと思う』とのことでした。そりゃそうですよね。スペルスクロールは使い捨てで、一度発動させたら消滅するまで止まりませんし、瞬間的な出力が高いほど長持ちしないんですから」
「俺も聞いたことがあるな。長持ちするエンチャントのスクロールは一瞬で消滅するから、一本で武器一つが限界、それでも効果時間は数分程度……」
「複数の武器に掛けられるようにしたら、一つごとの効果が薄まってせいぜい十秒。しかもスクロール本体も数分で消滅。コストパフォーマンスは最悪ですよね」
だからこそ、スペルスクロールは瞬間的に大出力を引き出すものか、服を乾かす程度の低出力で長持ちさせる日常生活向きのものに二極化する。
回数制ではなく、火を付けた紐が燃え尽きるような制限時間制で、しかも紐が短いほど効果が大きいとなると、中途半端なものは使いにくくなってしまうのだ。
「ですがリピーティング・クロスボウなら関係ありません」
アレクシアはまるで悪巧みでもするかのように口の端を上げた。
「普通の弓なら発射間隔は分間数発、専門スキルがあれば何倍にも伸びるでしょうが、いちいち矢をスクロールに近付けてエンチャントを掛けながらとなると、連射速度は急低下間違いなしでしょう」
「だけどこいつなら、スクロールの制限時間内にそれ以上の数を連射できると。まったく、よく思いつくなこんなの……」
弓や通常のクロスボウと、エンチャント魔法のスクロールを有効に組み合わせようと思ったら、一本の矢だけに高出力のエンチャントを付与し、強力な一発を叩き込む形になるだろう。
しかし自動装填と連射が可能なリピーティング・クロスボウなら、常識に囚われない応用が可能になるのだ。
「もちろんスクロールのカートリッジも取り替え自由です。風の加速エンチャントと高出力の新型呪装弾の組み合わせもいけますよ。ぜひ有効活用してください!」
力強く語るアレクシアの瞳には、自信と期待の光が満ち満ちていた。




