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第323話 謎めく手記の解読 前編

 ――武器屋であるホワイトウルフ商店の経営と、魔王城地下の探索統括および古代魔法文明の調査を任務とする白狼騎士団の運営。


 恐らくは前代未聞の掛け持ち業務、サクラが言うところの『二足の草鞋(わらじ)を履く』生活は、意外にも破綻することなくこなし続けることができていた。


 とはいえそれは、騎士団の公務がまだ本格的に動き出していないからこそ。


 他の騎士団からの派遣も、ガーネットを除けば今のところ虹霓鱗(こうげいりん)騎士団のヒルドと紫蛟(しこう)騎士団のマークの二人だけで、最終的に予定されている人数の四分の一でしかない。


 当然ながら、やれる仕事もまだまだ限られていて、本来の仕事を全てこなすには至っていないのだ。


 しかし、俺が急いだり焦ったりしてもどうしようもない。


 派遣されるペースは完全に先方次第なのだから、派遣団員が増えるごとに少しずつ仕事を増やしていくまでだ――











 ――そんなことを考えながら日々の生活を送っていたある日、キングスウェル公爵から預かった東方語の手記の翻訳作業について、サクラから最初の中間報告が上がってきた。


 詳しい説明は大きなテーブルで資料を広げながらしたいとのことだったので、武器屋の仕事の合間を縫って資料室付属の会議室に赴くことにした……それがついさっきのことだ。


 今回はきちんと店頭スタッフの人数配分を調節してから出発したので、ガーネットも一緒についてきている。


 以前よりも建築が進んだ本部の敷地を通り抜け、全体が完成すれば他の建物に囲まれる形になる資料室の扉を叩く。


 資料室は防音結界に囲まれているが、扉自体は結界の内側に含まれているので、金属製のノッカーを使えばきちんと中の人間に伝わるようになっている。


 しばらくして俺達と迎えに出てくれたのは、フードを深々と被ったヒルドだった。


「団長殿、お待ちしておりました。どうぞ中に入ってください。中間報告の準備は既にできていますので」

「ん? テメーもこっちにいたのかよ。東方語分かんのか?」

「いえ、全く。私の役割は、マーク卿やサクラ女史の要請を聞いて、別の資料を探して持ってくる仕事ですね」


 先日は空っぽだった資料室の書架には、キングスウェル公爵から引き継いだ資料の数々と、研究に役立つと思われる書籍が大量に収蔵されていた。


 全体の半分から三分の二は既に埋まっているだろうか。


 俺がまともに読み込んだら、何年掛かるか分かったものではない蔵書量だ。


 ヒルドと一緒に資料室を通り抜け、併設された会議室の扉を潜る。


 実質的に研究室も同然の会議室では、四人の若者達が椅子を並べて資料の内容を検討していた。


 東方大陸出身者(ネイティブ)の冒険者であるサクラとナギ。


 この公務のために派遣されたも同然のマーク。


 そして何故か、この仕事の役には立てないと自称していたはずのメリッサも混ざっている。


 俺とガーネットは、目の前の光景に対してそれぞれ別の疑問を抱いてしまった。


「……何でテメーもいるんだ?」


 まず、ガーネットはメリッサが混ざっていることを不思議がっている。


 メリッサはにこやかな笑顔でそれに答えた。


「アシスタントですよ? ほら、どうしても仕事に熱が入ってくると、他の余計なことはしたくないってなるじゃないですか。そういうのを代わりにやる依頼なんです」


 以前『お前も依頼を受けて仕事をしろ』と追い出されたのを反省して、手段を代えて居座ることにしたわけだ。


 ちなみにその依頼は、俺が思いついて出したものではない。

 翻訳と解読を任せたメンバーの希望として上がってきたのがきっかけだった。


「お前達……いや、サクラとナギは別にいいんだが……メリッサと、それとマーク。何でそんな格好してるんだ」


 俺がどうしても気になったのは、四人の服装であった。


 戦闘のない純然たるデスクワークということで、サクラとナギは武器や装甲などの装備を完全に外してしまい、東方風の私服とも言える装束に身を包んでいた。


 そちらは特に疑問の余地などない。

 人前に出ないデスクワークだから着慣れた楽な服装をしているだけだろう。


 だが、何故かメリッサとマークも似たような服装をしていたのだ。


 厳密に言うと、東方の着衣そのものではなく、西方の仕立て屋が東方風をイメージして作ったような服だ。


「似合います? 絶妙にナギとお揃いなんですよ? ほらほら、色合いとか」


 ご機嫌なメリッサの隣で、ナギは頬杖を突いて口元を歪めながら、どこか見当違いの方向を睨んでいる。


「気分の問題ですよ。元々、私服の類はあまり持って来なかったんです。こちらの仕立て屋に注文すれば済むと思いましたから。そのうちの何着かに遊び心を反映しただけです」


 何か問題でも? と言わんばかりの態度でマークはそう答えた。


 この発言だけ聞けば、心の余裕だとか遊び心だとかが全てなように聞こえるが、サクラに対する度重なるリアクションを考えれば、動機がそれだけではないことは明白だった。


 それはもう嬉々として発注をかけたのが目に浮かぶようだったが、深く突っ込めば不機嫌になる一方だと悟ったので、この話題は適当なところで切り上げることにした。


「……で、サクラ。手記の翻訳と解読はどれくらい進んだんだ?」

「はい。単純な直訳は既に終わっています。問題は文章の解釈と、それを踏まえての意訳への修整ですね」


 サクラの説明によると、例の手記はやはり他の誰かに読ませることを想定していない、所有者の備忘録としての日記に過ぎなかったらしい。


 このため、第三者が情報を読み解くにあたっては不親切この上なく、その日の記述で言及されているのが一体何のことなのか、一読しただけではさっぱり分からないことも珍しくなかったそうだ。


「しかもどうやら、この日記は二冊目だったようなのです」

「二冊目? ということは、資料の山のどこかに一冊目も紛れ込んでるのか?」

「いえ、一冊目の日記は旅の途中で破損して失われてしまい、新たに自作した二冊目にその続きから綴っている形ですね」


 なるほど、普通にあり得る展開だ。


 普通に暮らしている人間でも、何らかの理由で日記帳を酷く汚損してしまったら、新しい日記帳を用立ててそちらに続きを書くだろう。


 古い方は廃棄を惜しみながら捨ててしまい、わざわざ内容を書き写したりはしない――世間一般ではそんな人が多いはずだ。


「つまり、この人物の全貌を解き明かすことは不可能だと。でも重要なのは公爵の兄と一緒に『奈落の千年回廊』に挑む下りだ。三冊目に突入してない限り、この一冊でも十分だろうな」

「はい、私もそう考えています。まずはこの手記の翻訳作業――その過程で判明したことについて報告させていただきますね」

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