第32話 国王アルフレッド
アルフレッド王との謁見当日。
俺は銀翼騎士団に先導されて、グリーンホロウ・タウンを出て山を下った。
以前に町役場の依頼で【修復】した橋のおかげで、早朝に町を出発すれば昼頃には目的地に到着できる予定である。
馬に乗るのは久しぶりだが、意外と体が覚えている。
焦って走らせたりしない限りは問題なく乗りこなせそうだ。
「よぉ、白狼の。初めての謁見だからってビビって気絶するんじゃねーぞ」
「安心してください、ルーク殿。陛下は非常に気さくなお方ですから」
「さすがに気絶なんかしませんよ」
のんびりとした雑談を続けているうちに、木々の生い茂る山道を抜けて、平原を一望できる見晴らしのいい場所に出る。
目的地の場所はすぐに分かった。
平原の真ん中に、数えきれないほどの天幕で構成された大規模な野営地が設営されていた。
「あちらがアルフレッド陛下の移動宮廷の野営地です」
「移動宮廷……確か、征服した土地を国王自らが巡回して、きちんと統治できているかを確かめるシステムでしたよね」
俺が聞きかじりの知識でそう言うと、フェリックスは少し驚いたような顔になった。
「お詳しいですね。もっとも、ここは前々から陛下の領地でしたので、今は単に移動のために通過しているだけですが……」
「フェリックス。何か今回は妙に数が多くねぇか?」
ガーネットがフェリックスの説明を遮って、遥か遠くの野営地を指さした。
俺は移動宮廷の普段の規模を知らないので何とも言えないが、王宮に仕える騎士からすると、野営地の規模に違和感があるらしい。
「言われてみればそうですね。とにかく現地に向かいましょう」
馬を走らせて斜面を降り、平原を横断して野営地の手前に到着する。
俺達の接近に気付いた見張りの兵が、部下を引き連れて進行方向に立ちはだかる。
「止まれ! 何用だ!」
「銀翼騎士団のフェリックス・アラバスタである! 陛下の勅令により白狼の森のルークをお連れした!」
「失礼しました、説明は伺っております! 召喚状をご提示ください!」
事務的で形式的な手続きを済ませ、フェリックスの先導で最も大きな天幕へ向かう。
周囲に立ち並ぶ兵の数。ロープで繋がれた馬の数。
どれも見ても凄まじく、この天幕が野営地で最重要の場所であることを明確に物語っている。
「我々は天幕の外でお待ちしています。ここから先はルーク殿だけでお進みください」
「え、俺だけですか!?」
「一番デカくて目立ってる男が国王陛下だ。イメージと違うからって腰抜かすなよ?」
ガーネットに煽られながら、恐る恐る天幕の内側に足を踏み入れる。
小さな家ほどもある天幕の中では、見るからに貴族や役人と分かる男達が、几帳面に並べられた机を囲んで会議を執り行っていた。
そして、この場において一際異彩を放っている人物が――
「おお、来たか!」
豪快な声が天幕に響く。
五十歳近いとは思えないほどの筋肉を備えた体。
気力と精力に溢れた豪傑然とした顔立ち。
威厳ある衣装は大雑把に着崩され、襟元も限界まで開かれて、衰えを知らない肉体を自慢げに晒している。
一目で理解した。
この王族らしからぬ人物こそが、二十年前の最強の冒険者にして現国王、アルフレッド王その人であると。
「ちょうどいい、ここいらで会議は小休止としよう。朝から根を詰めっぱなしだからな。飯でも食ってくるといい」
アルフレッド王の指示を受け、会議の参加者達が続々と天幕を後にする。
彼らの疲労感と開放感に満ちた表情を見ただけで、どれほど気合を入れた話し合いだったのかが伝わってきた。
そして、広い天幕に俺とアルフレッド王の二人だけが残される。
……ちょっと待て、護衛すらいないのか?
いくら俺の素性が完全に筒抜けとはいえ、大胆不敵にも程がある。
あるいは、側にいなくても問題なく守れるようなスキル持ちを従えているのだろうか。
「適当な椅子に座れ。誰の席かは気にしなくていいぞ」
「は、はい」
こういうときは地面に跪いたりするものじゃないのかと思ったが、椅子に座れと言われたなら仕方がない。
とりあえず一番遠い席に腰を下ろしたが、何とアルフレッド王は当たり前のように自分の席を離れ、俺の隣の椅子にどっかりと座り込んだ。
「……っ!」
「そんなに離れられたら、俺が喋りづらいだろう」
俺が驚いて目を丸くしているのには構わず、アルフレッド王は何の前置きもなく本題に入った。
「白狼の森のルーク。貴様への嫌疑は全て晴れた。勇者に対する危害もミスリルの密売も、公式に潔白として処理されることになる。面倒をかけたな」
「い、いえ、そんな……」
「さて、ここからが本題だが」
本題? ここからが? 思わず耳を疑ってしまう。
どこぞの大臣に吹っかけられた濡れ衣をどう処理するのか。
俺はそれが今日の本題だとばかり思っていた。
――と、考えたところで不意に納得する。
たったそれだけのことならわざわざ呼び出す必要はなく、今後のミスリルの採取と販売についての話もしていない。
王宮にとってはそちらが本題という認識でもおかしくはないだろう。
「勇者ファルコンが犯した命令違反は知っているな。我々の本意ではないとはいえ、魔王ガンダルフへの攻撃を実行し失敗した以上、魔王との本格的な対立は不可避のものとなった」
アルフレッド王の語る内容は、俺が想像したものとは大きく異なっていた。
「新たな勇者が率いる少数精鋭での対応は恐らく不可能。魔王は完全に警戒を強めているだろうからな。つまり選ぶべきは次善の策。勇者による討伐ではなく軍による制圧しかあるまい」
濡れ衣の件でもミスリルの件でもない。
俺みたいな元冒険者、あるいは一介の武器屋にはまるで縁がないはずの、軍事的な視点からの問題提起。
どうして俺がこんな話を聞かされているのか、まるで見当もつかなかった。
「あ、あの……それと私にどのような関係が……?」
勇気を出して尋ねてみると、アルフレッド王は豪快な笑みを浮かべながら俺の肩に手を置いた。
置いたというよりもむしろ叩かれたような力強さだ。
肩から腕にかけてがじんじんと痺れている。
「我々は『日時計の森』の第五階層に前線基地を置く予定だ。騎士団の詰所であり、地下空間を探索する冒険者の拠点でもある大規模なモノをな」
「え……、ということは、まさか……」
「貴様にも協力してもらいたい。装備の充実に基地建設、地下空間へ通じる扉の研究調査! 頼りたいことは山ほどあるからな!」
豪放磊落な笑い声が天幕に響く。
それを至近距離で浴びながら、俺は自分の口元に引きつった笑みが浮かんでいるのを感じていた。