第319話 白狼騎士団本部建設予定地
――合同叙任式を終えてグリーンホロウに帰還し、すぐに俺達が取り掛かったのは、白狼騎士団の拠点および関連施設の建築状況の確認であった。
既存の建物を借りるだの、町外れに建てるだのと意見百出した案件だったが、叙任式の日取りが決まる前には最終案が決定し、俺達が王都にいる間にも作業を進めておくことになっていた。
その結果が、今目の前に広がっている。
「いやぁ、思い切って切り拓いたもんだな」
建築現場を見渡しながら、ガーネットが感心したような声を上げる。
グリーンホロウ・タウンと『日時計の森』を繋ぐ林間の坂道。
ホワイトウルフ商店も隣接しているその道沿いで、白狼騎士団の拠点の建設が進められている。
話し合いの末に選ばれた方式は、森を切り拓いての新築だった。
今は木々を伐採して森の一部を伐採し、副産物として生じた木材も活用して、拠点に必要な設備や建物が建築され始めたところである。
市街地とダンジョンの両方と連携を取る関係上、立地的にはここが最善。
デメリットである費用と時間のコスト上昇は、やむなしと受け入れられる範疇だと見積もられた。
「店から近いのも便利なんじゃねぇか? いちいち遠くまで歩くのも面倒だろ」
「近いと言っても、さすがにすぐ隣とかじゃないけどな」
「んなもん煩わしくってしょうがねぇ。程々が良いんだよ、程々が」
ガーネットとそんな会話を交わしながら、グリーンホロウの職人達が作業を進めていく様子を観察する。
拠点に必要な建物を全て一ヶ所に纏めるとなると、それなりに広く平らな土地を用意しなければならない。
ちゃんと条件に合う場所は見つかったのだが、さすがにすぐ近くというわけにはいかず、多少は歩かなければならない程度の距離が空いている。
まぁ確かにガーネットの言う通り、騎士団としての仕事場が近くにあると、色々と落ち着かないかもしれないが。
「ところで白狼の。前にホロウボトム要塞をおっ建てたみてぇに、どっかにある建物をバラして持ってきて、お前の【修復】で直しちまうのは無理だったのか?」
「丁度いい建物を探すだけでも一苦労だからな。前のときは黄金牙騎士団がすぐに見繕ってくれたから早かったんだ。それに、こうした方が町の経済のためにもなるしな」
「違いねぇ」
そうしていると職人の一人が俺達の方にやってきて、現場用の設計図を広げながら、建築方針について俺に確認を求めてきた。
「白狼さんよ。建物を仕上げる順番はこいつが最優先で良かったか?」
「ああ、それで頼めるか? できれば優先的に使えるようにしてくれ」
「了解だ。内装もきっちり仕上げとくよ」
職人が立ち去っていった後で、ガーネットが俺の服の裾を軽く引っ張る。
「さっきのは何の話だ?」
「キングスウェル公爵から移管される資料を収蔵する保管庫だよ。できるだけ早いこと受け取って解読を進めたいからな」
「なるほど。そこだけは他の拠点機能に先駆けて、一足先に使えるようにしておけってことか」
「資料が届く少し前にはギルドに依頼を出しておいて……多分その頃にはマークも到着するだろうから、準備が整い次第迅速に、だな」
拠点の建築開始に加えてもう一つ、白狼騎士団の発足に向けて進展があった。
それはマークがグリーンホロウへの派遣に同意したというものだ。
ちょうど俺がグリーンホロウに戻ってすぐに、紫蛟騎士団団長のジャスティン卿から、派遣準備が済み次第マークをこちらに向かわせるという内容の書簡が届いた。
恐らく決断の理由は、東方大陸に関する様々な物や人が存在することだろう。
東方の剣士にして巫女であるサクラに、忍者と呼ばれる特殊工作技術を身に着けたナギ。
彼らから得た情報を元に作った、いくつかの東方風の武器防具と魔道具の数々。
そして、過去に『奈落の千年回廊』に潜ったという東方人冒険者の存在と、その人物が残したという皇国語の手記。
恐らくはこれらの全てがマークの知的好奇心を刺激し、損得勘定を覆させたに違いない。
「……で、宿舎が完成するまで、テメーの弟はどこに泊まらせるつもりだ?」
ガーネットが急に声のトーンを落とし、眉をひそめ目を細めて俺を見上げてくる。
返答次第で即座に非難がましい態度に切り替えられる表情だ。
言いたいことはよく分かる。
俺達の店の住居部分にはいくつかの空き部屋があるが、それらに宿泊させるつもりなのかと確認しているのだ。
もちろん、泊めるつもりだと答えたら即座に反発する心積もりで。
「宿なら町にたくさんあるんだし、当面はどこかの部屋を借りてもらうつもりだぞ」
「ん、ならいいんだ」
ガーネットは俺がそう判断した理由を問いもせず、あっさりと追及を取りやめた。
聞かれなかったので答えなかったが、マークをうちに泊めようと考えなかった理由は三つある。
一つは、毛嫌いしている兄の家に泊まれというのは、マークにしてみれば不快な提案だろうと思ったからだ。
もう一つは、やはりガーネットの性別を隠し通すことを考えると、事情を知らない同居人を迎え入れるのはリスクが高いからだ。
そして最後の一つは、ガーネットと二人で送っている生活に、第三者を気軽に介在させたくはなかったからなのだが――たとえ理由を尋ねられたとしても、三つ目の理由だけは口にしなかったと思う。
「さて、と――」
やることもないのでそろそろ帰ろうかと思った矢先、馴染み深い屈強な男がふらりと俺達の側に寄ってきた。
「奇遇だな、ルーク!」
「トラヴィスか。奇遇も何も、俺が建築現場にいて何がおかしいんだ?」
「ははは、それもそうか!」
豪快に笑いながら、トラヴィスは俺の肩をばしばしと叩いてきた。
ふと、意地の悪い話題が脳裏をかすめたので、雑談混じりにぶん投げてみることにする。
「お前も叙任式には来てくれたんだよな? その割には王都で見かけなかったんだが……何か別の用事でも済ませてたのか」
「う……うむ、まぁそんなところだ」
トラヴィスが露骨に言葉を濁す。
俺はやはり想像通りかと察しながら、更に発言を積み重ねた。
「ところで、うちのレイラも叙任式の後からずっと姿が見えなかったんだ。帰るときにはちゃんと合流してたから別にいいんだが……お前は何か知らないか?」
「し、知らん! 知らんぞ! そんなこと俺に聞いてどうする!?」
ここで自然な否定ができないあたりが実にトラヴィスらしい。
ガーネットも俺の隣で「あー……」と何かを察したような声を漏らしている。
もっと踏み込んだ追及をしてもよかったのだが、さすがにこれ以上はレイラの方に失礼だと思ったので、トラヴィスをからかうのは適当なところで切り上げることにしたのだった。




