第317話 東方の少女、赫焉の巫女
――ジャスティン卿との会話を終えて宿のラウンジに戻り、ひとまず合流しようとガーネット達を探すことにする。
頭に酔いが回りかけていたが、三人はすぐに見つけることができた。
というのも、やけに饒舌なマークが困惑気味のサクラを相手に、俺にはよく分からない話題で熱く盛り上がっていたからだ。
さすがにあれだけ騒がしくしていたら、探す気がなくても気付いてしまうくらいである。
ジャスティン卿は大股でマークの方に歩いていくと、後ろからがっしりと肩を掴んだ。
「そろそろ引き上げるよ。それと、他所のお嬢さんに迷惑を掛けないように」
「だ、団長……!? ですが、その、不知火嬢にはもう少しお聞きしたいことが……」
見かけによらない力強さで、ジャスティン卿はマークをラウンジから引っ張り出していった。
「すみません! またの機会があれば、そのときも是非……!」
マークはまだ諦めがつかない様子だったが、ろくな抵抗もできないままに外へ連れ出されてしまう。
俺はそんなマークの姿を苦笑いしながら見送ることしかできなかった。
まさかあいつにこんな東方かぶれの趣味があったとは。
十五年間の隔絶は、少し前までの俺が思っていた以上に大きいようだ。
偶然の出来事とはいえ、サクラにマークの相手を押し付けた形になってしまったので、まずはその点について謝罪をしておくことにする。
「悪いな、サクラ。身内が迷惑かけたみたいだ」
「いえいえ。迷惑だなんてそんな。ただ……故郷のことを尋ねられるのはよくありましたが、あんなに熱心な方は珍しくて」
「あれが騎士でもお前の弟でもなかったら、とりあえず銀翼の詰所に連行してたとこだったぜ。言い訳は詰所で聞かせてもらう! ……っていうお約束の奴だな」
ガーネットは半分冗談めかした態度で肩を竦めた。
いくらなんでも大袈裟な……と言い切れないのが困ったところだ。
「参考までに聞いておきたいんだが、あいつにどんなことを聞かれたんだ?」
「主に故郷の文化や風習などについて色々と。ご自分の知識がどの程度正確なのか、この機会に確かめたかったのではないでしょうか」
二人のやり取りを傍から見ていたはずのガーネットも、特に否定や訂正を加えてこなかったので、その辺りについてはサクラの言う通りで間違いなさそうだ。
マーク本人の発言やジャスティン卿の説明からして、あいつの選択基準の大部分は、東方大陸に関する知的好奇心によって占められている。
恐らくだが、ジャスティン卿がこれからすぐに派遣の可否を問えば、知識欲に押し切られて首を縦に振るに違いない。
……それでもなお断るほど嫌われているとは思いたくない、なんていう個人的な思いも籠もってはいるけれど。
「そうだ。ルーク殿、こちらの手記はお返しいたします。万が一のことを考えれば、私が預かり続けるのはよろしくないでしょう」
サクラは例の手記を取り出して、丁寧な仕草で俺に返却した。
「解読はできそうか?」
「最初の二頁ほどに目を通してみましたが、暗号文というわけでもありませんし、十分な時間さえいただければ問題ないと思います」
「ならよかった。悪筆が過ぎるとかいうから、ひょっとしたら汚すぎて読めないんじゃないかと不安だったんだ」
冗談交じりにそう言うと、サクラは口元に手を当ててくすくすと笑った。
「悪筆には慣れているんです。父上もこういう文字を書く人でしたから。むしろ懐かしい気分になったくらいですよ」
サクラの父親――東方の秘儀たる『神降ろし』を探求する一族の一人であり、現在においては既に故人である。
神々の正体は東西を問わず未だに誰も掴めておらず、自我を持つ超越存在が実在すると考える者もいれば、自我を持たない力の塊であると考える者もいる。
そして『神降ろし』は後者の観点に立つ試みで、スキルという遠回りな形ではなく、神々の強大な力の一端を直接人間の体に降ろしてしまおうという試みだ。
だが、その実現のために必要とされる要素――祭具であるヒヒイロカネの刀の製法は歴史の中で失われ、血筋によって代々受け継がれた『紋様』も劣化が進んでしまった。
しかし、サクラの父親は『紋様』をあくまで補助的なものと見なして重視せず、ヒヒイロカネの刀の代用品を祭具として『神降ろし』の実行を試みた。
――結果は悲惨なものであった。
サクラの父親は正気を失い、周囲の建造物を巻き添えに、灼熱の炎に焼かれて命を落としたという。
だがサクラは『神降ろし』の完成を諦めず、西方大陸の錬金術師であればヒヒイロカネの加工が可能なのではと考え、故郷を旅立ってこのウェストランド王国を訪れた。
そして紆余曲折を経て俺達と出会い、進化した【修復】スキルによって刀の完成と『紋様』の復元を果たし、遂に『神降ろし』を体得するに至った――それがこれまでの経緯である。
「……ところで、あいつに神降ろしのことは話したりしたのか?」
「まさか! あれは軽々しく自慢して良いものではありませんからね」
「やっぱりそうだよな。お前の家の大事な秘儀なんだから……」
「ああ、いえ。そうではなく」
サクラは想定外のことを言われたような顔をして、手を横に振って俺の考えを否定した。
「神降ろしは、ともすれば神々に対する冒涜だと受け止められかねませんから。相手の方の主義主張が分からないうちは教えないことにしているのです」
「……そうか、なるほどな。確かにそうだ」
今度は俺の方が不意を突かれた気持ちになる番だった。
俺はあまり信心深くないからそこまで気が回らなかったが、確かにそんな受け止め方をされる可能性は十分に考えられる。
これからは色々な騎士団から派遣された人材と付き合っていくことになるのだから、もっと広い視野を持つ必要があるかもしれない。
「ありがとな。また一つ勉強になったよ」
「何故ルーク殿がお礼など言うのですか。私は何もしていませんよ」
そうしてサクラと笑い合っていると、ガーネットが横から首を突っ込んでくる。
「つーか白狼の。お前なんか飲んできただろ。ずりーぞ」
「ずるいってことはないだろ。そうだな……サクラ、せっかくだからちょっと付き合ってくれ。さっきのお礼がてらにさ」
「はい、喜んで!」
踵を返し、さっきの場所とは違う酒場を探して歩き出す。
きっと騒がしく楽しむことになりそうだから、あんな静かな場所はとてもじゃないが合いそうになかったのだ。




