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第316話 紫蛟騎士団の事情

 サクラへの説明と一応の監視をガーネットに任せ、俺はジャスティン卿に連れられて宿の酒場(バー)に移動した。


 それなりに宿泊費の高い宿の設備だけあって、町の大衆酒場とは異なり内装も客層も落ち着いた雰囲気を漂わせている。


 カウンター席の一番奥に座って酒を注文したところで、さっそくジャスティン卿が本題を切り出した。


「マーク君は東方に大変強い興味関心を持っていましてね。入団を志願したときから、勉強熱心で努力を惜しまない子でしたよ」

「もしかして、騎士を目指した理由も東方大陸ですか?」

「面談では『故郷の両親に楽をさせてやりたいからだ』と言っていましたね。その上で紫蛟(われわれ)を選んだ動機が、東方大陸への興味だったのでしょう」

「……耳が痛い話です」


 歳の離れた弟に人生の模範解答を見せつけられた気がして、思わず苦笑してしまう。


 他人なら立派だと素直に褒めているところだが、今回は完全に我が事であり、十五年分の罪悪感が再び鎌首をもたげてきてしまう。


「自分のろくでもなさを言い募ったら切りがありませんから、今日のところは棚上げさせてもらうとします」

「またまたご謙遜を。しかし改めて思い返してみれば、マーク君は一番上の兄君のことを積極的に語ろうとはしていませんでしたね」


 注文した酒が小さなグラスに注がれて、静かに俺達の前へと運ばれる。


 度数が高いそれを一口含んでから、俺は話題を自虐から先に進めようとした。


「……ところで、東方人に会っただけで随分と興奮している様子でしたね。紫蛟騎士団なら東方人と顔を会わせるも珍しくないのでは?」

「実はそうでもないんですよ。東方貿易は西方(こちら)から東方(あちら)へ船を出すのが一般的で、向こうの人々がウェストランドの土を踏むことは滅多にありませんから」


 強い酒精(アルコール)のピリつく刺激が喉に残る。


 グラスが小さいのには意味がある。

 普通の酒と違って水のようにがぶ飲みできる代物ではないのだ。


 恐らくは、シルヴィアやエリカ、もしかしたらガーネットも、この手の酒は口に含むのも難しいのではないだろうか。


「それに我々は、東方大陸へ派遣する人員の選抜条件を、一定の実務経験と能力を兼ね備えた者に限るとしています。一年目の騎士が選ばれることは滅多にありません」

「ああ……だから本業以外に時間を割くのを嫌がっていたんですね。少しでも早く東方大陸へ行けるようになりたいからと……」


 事情が分かってみれば、俺との確執を度外視しても、徹底的に出向を拒否するのが当然だと思えてくる。


 俺だって、駆け出し時代に冒険者と全く違う仕事を押し付けられそうになったら、許される範囲で最大限の反発をしていたことだろう。


「でしたら無理にあいつを選ぶこともなかったのでは? 他の候補を立ててもよかったでしょうし、そもそも派遣は強制ではないのですから、紫蛟からは出さないとしてもよかったでしょう」

「……理由は大きく分けて三つあります」


 ジャスティン卿は酒を一口喉に流し込んでから、あえてマークを候補に選出した理由を順番に語り始めた。


「一つは白狼騎士団のためになるからです。彼は【思念解読】スキルを授かっておりまして、物品や文章を作った人間がどのような感情を抱いていたのかを読み取ることができるのです」

「……あいつがそんなスキルを」

「とはいえまだ練度(レベル)が低いのか、写本やレプリカの場合は複製した人物の方の残留思念しか読み取れないようですが。それでも十分お役に立てると思いますよ」


 確かにそのスキルは有用そうである。

 任務内容を考慮すれば、大量の資料を取り扱ったり、地下で見つけた物品を調べたりすることも多いはずだ。


 それにしても、まさかあいつも記憶に関わるスキルを身に付けていたとは。

 偶然とはいえ何とも言えない気持ちだ。


「二つ目の理由は、彼のためを思ったからです」


 ジャスティン卿は半分に減った酒の水面を見下ろしながら、微笑みを浮かべて言葉を続けた。


「ご存知だと思いますが、どのようなスキルも簡単な経験を数多く積むより、少数であっても手応えがあり刺激の強い経験を積んだ方が成長しやすいものです」

「経験値稼ぎは量より質……冒険者界隈でもよく言われることですね」

「……これは三つ目の理由にも関わることなのですが、我々が与えることができる教練の機会では、彼のスキルに豊富な経験を積ませにくいと考えたのです」


 残り半分の酒を一気に流し込んでから、ジャスティン卿は自嘲気味に最後の理由を説明した。


「三つ目……誰も派遣しないという選択肢を選ばなかったのは、恥ずかしながら騎士団のためなのです」

「と……言いますと?」

「我ら紫蛟騎士団は、既存の十二の騎士団の中で最も小規模な組織の一つです。東方貿易は国内の貿易路と比べると、かなり貨物量が少ないですからね」


 故に護衛戦力たる騎士団も、大規模である必要がなかったということか。


 言われてみれば、東方から輸入される物品の多くは嗜好品や調度品であり、あれば嬉しいがなくても問題はないものが大部分だ。


 もしも今すぐ東方との交易が途絶えたとしても、俺がすぐに問題だと感じることになるのは、紅茶用の茶葉の輸入ができなくなってしまうことだろう。


 金持ちは(シルク)や工芸品の入手が困難になることを嘆くだろうが、取扱業者以外の生活が揺らぐことは考えにくい。


「東方の軍事的脅威に対する警戒も、最近は強力な()()()()が現れてしまいまして。東方最大国家の帝国が交易を制限しつつあるのも含めて、騎士団の存在意義が薄まりつつあると危機感を覚えていたのです」

「だから、騎士団の存在感を強めるために、今回の案件を無視することはできなかった……」


 ジャスティン卿が無言で頷く。

 どんな言葉を積み上げるよりも遥かに重々しい肯定の返答だ。


「……ところで、競合相手というのは?」

「辺境伯です」


 その肩書を聞いただけで、おおよその事情が察せられてしまった。


「大陸東端の辺境伯は、ごく最近まで、王国に従わない国家と隣接した『本物の辺境伯』でした。しかしその国家も、黄金牙騎士団の活躍で、遂に陛下の支配下に入ることを決断したのです……正式な併合はもう少し後になりますが」


 本物の辺境伯――セオドアの実家であるビューフォート家と同じ特別な貴族。


 しかし彼らの特別性の根拠は、領地が他国の領土と接しているという立地のみに依存している。


「当面は功績を称えて特別扱いを続けられるでしょうが、軍事力については今まで通りにはいきません。王宮以外に大規模な私兵を抱えられるのは、貴族の最高位である公爵と『本物の辺境伯』だけですからね」

「なるほど……彼らは、東方大陸に対する警戒を大義名分として、自分達の軍事力を維持したがっていて……そちらの騎士団にしてみれば、唐突に最大手の商売敵が参入してきたようなものだ、と」


 商売敵という比喩表現が面白かったのか、ジャスティン卿は小さく声を漏らして笑った。


「ご賢察の通りです。そういう肩身が狭い騎士団ですから、教練に割けるリソースも限られておりまして。マーク君……貴方の弟君を都合よく利用するようで申し訳ありませんが……」

「騎士なら仕方ないことでしょう。あいつも拒否権が与えられたから行使しているだけで、命令なら素直に従ったと思いますよ」


 俺も酒を飲み干して、ジャスティン卿に負けないくらいの自嘲を浮かべた。


「何せ、俺なんかとは比べ物にならないくらいに良くできた奴ですから」 

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