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第314話 すれ違いと鉢合わせ

 王宮を後にした俺とガーネットは、予定通りサクラ達が宿泊している宿に足を向けることにした。


 ヒルドとエゼルは別の予定があるということで別行動になったので、サクラを尋ねるのは俺達二人だけだ。


 しかし宿に到着してみれば、そこにいた仲間はノワールとエリカ、そしてアレクシアの三人だけであった。


「あれ、シルヴィアとサクラはいないのか」


 ラウンジで(たむろ)していた三人に声をかける。


 俺の質問に答えたのは一番手近にいたアレクシアだった。


「結構前に出かけちゃいましたよ。シルヴィアのおばあさんに会いに行くとか何とかで。いつ頃帰るのかはちょっと分かんないですね」


 もっと詳しい話を聞いてみたところ、どうやらシルヴィアとサクラは俺達と別れた後すぐに宿を出て、シルヴィアの祖母であるドロテア会長のところへ行ったらしい。


 自分の間の悪さに重ね重ね辟易していると、ガーネットが隣でにやりと頬を吊り上げた。


「何だまた入れ違いか? 今日はツイてねぇな、白狼の」

「叙任式のときのあれで運を使い果たしたのかもな」


 最初にここへ来たときはシルヴィアとサクラにしか会うことができず、身内が泊まっている宿に行ってみれば一人残らず王都観光に出かけていて、王都を経てここに戻ればこの通り。


 見事なまでのすれ違いの連続で、逆に笑いがこみ上げてきそうになってしまう。


「あっ、そうだ! 店長、叙勲……叙任? とにかくおめでとうございます!」


 エリカがテーブルに手を突いて立ち上がり、前のめり気味になりながら祝福の言葉を贈ってくれた。


 その隣ではノワールも嬉しそうに微笑んでいる。


「本当に……よかった……ぞ。私は、人に……酔った、けど……」

「しばらく寝込んだんだったよな。大丈夫か? あんまり無理はするなよ。お前に何かあったら一大事なんだからな」


 俺としてはごく当たり前に体調を気遣ったつもりだったのだが、何故かノワールはうっすらと不満げな顔色を浮かべていた。


 発言の内容が気に入らなかったのではなく、こういう発言をすることそのものを咎めるかのような。


「婚約者、いるなら……軽率、な、発言……やめた、方が……」

「え? ……ははは! なるほどそう来たか。従業員の体調くらい気遣って当然だろ? それに、あいつもこんなことで目くじら立てたりしないさ。なぁガーネット」

「はぁっ!? 何でオレに話を振って……ああ、いや、そりゃそうか。妹のことは俺が一番良く知ってるわな。確かにあいつなら、ここで声掛けない方にがっくり来そうだぜ」


どうやらノワールは、さっきのやり取りがアルマの不興を買うのではと思ってしまったらしい。


 いくらなんでも考えすぎと言わざるを得ないだろう。


「そ、そうなのか……? ジュリア、は……ファルコンに……これ、くらいは……」

「子供の頃から嫉妬深い子だったけどさ、それはさすがに勇者が下心全開だったからじゃない? 普通はいちいち気にしたりしないでしょ」

「……慣れて、ないんだ……こういうの、には……」


 ノワールとアレクシアが揃って引き合いに出しているのは、勇者パーティのジュリアのことだ。


 勇者ファルコンの恋人であり、ノワールとパーティを組んだ女剣士であり、そしてアレクシアが子供時代を共に過ごした幼馴染。


 俺にとっては『奈落の千年回廊』での置き去りに率先して加担した女だったが、最近はその恨み辛みもほとんど思い出さなくなってきていた。


 あれからもう一年が経とうとしているのもあるだろうし、竜人に改造されて自我すら奪われた姿を目の当たりにしてしまったのもあるだろう。


 しかしそれ以上に、例の事件をきっかけとして人生の転機を迎えたのも大きかったと思う。


 仮に、脱出してからも最低ランクの底辺冒険者のまま喘いでいたとしたら、置き去りにされたことへの恨み節を延々と抱え続けることになっていたかもしれない。


「そう言えば店長。さっき来たときは婚約者の方も一緒だったんですよね」

「婚約者候補な。正式にそうなれるかどうかは、今後の働き次第ってところだ」

「あたし達、結局まだその人に会えてないんですよね。次の機会はいつになるんでしょうか」

「向こうの実家の事情もあるからなぁ」


 残念そうに溜息を吐くエリカ。

 同時にノワールとアレクシアも、その話題に関心を示すような素振りを見せた。


「おい白狼の。貴重な資料を抱えたまんま立ち話ってのは、あんま良くないんじゃねぇか? 伝言頼んで一旦引き上げようぜ」


 話の流れがアルマの件に傾きつつあるのを察したのか、ガーネットはごく自然に雑談を切り上げにかかった。


 理由はともかく提案自体は間違いなく正論だ。


 手元にある手記は唯一無二の資料。

 うっかり紛失でもしたら一大事である。


「それもそうだな。悪いんだけど、サクラへの言付(ことづ)けを頼めるか?」










 地下探索に関わる資料の翻訳を頼みたいので、明日の朝にでもまた宿を尋ねたい――サクラへの伝言を三人に預けてから、俺とガーネットは宿に戻ることにした。


「サクラの故郷は皇国なんだっけか。東方大陸で一番でっけぇのは帝国の方だからなぁ。もしもサクラに読めなかったらどうする?」

「そうだな……とりあえずナギにも見てもらって、それでも駄目なら他の騎士団を頼るしかないな」

「他の騎士団っつーと……」


 ガーネットとそんな会話を交わしながら、宿のエントランスホールに入る。 


 すると、ホールの端の方から若い男の声が響いてきた。


「ですから! お断りすると言ったでしょう!」


 驚いてそちらを見やってみたが、俺達に対してではなく同行者の中年の男に向けた発言のようで、言葉の主は俺達の存在にすら気付いていないようだった。


 憤りを押し殺そうとしたものの上手く行かなかったかのような怒声だ。


 対する中年男は、困りきった様子で若い男の説得を試みていた。


「だけどねぇ、君が一番の適任なんだよ。どうにか納得してもらえないかな。任期が終われば十分な評価を上乗せするからさ」

「自分は東方大陸について学びたいからこそ、紫蛟(しこう)騎士団の門を叩いたんです。山奥で地下のダンジョンに張り付いて、いつ終わるともしれない探索に付き合うなんてごめんですよ!」

「でも、君は派遣先の騎士団長と縁が深いわけで……」

「それも嫌な理由の一つです!」


 中年男の方もどこかで見たことがある顔だったが、そちらよりも遥かに、若い男の姿形が記憶に強烈なまでに焼き付いている。


「……マーク?」


 間違いない、あいつは弟のマークだ。


 だとすると中年男の方は、紫蛟騎士団の団長のジャスティン・イーストンか。

 合同叙任式の参列者の中にいたのが記憶に残っていたのだろう。


 俺が思わず名前を口にしたのが耳に届いたのか、マークは反射的に振り向いて、俺と同じように目を丸くした。

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