第311話 公爵からの召喚状
実に四ヶ月ぶりくらいの言及なので、今回はおさらいパートです。
――その日の夕方、俺は封書の差出人と面会すべく、馬車に揺られて王宮を目指した。
同行者はいつもと同じ格好に着替えたガーネット。
そして、途中で拾うことになったもう一人。
王都に向かう道すがらで馬車が停止し、フードで顔を隠した私服姿の女騎士が乗り込んでくる。
「お久し振りです、団長殿」
虹霓鱗騎士団のヒルド・アーミーフィールド。
俺が任せられることになっている白狼騎士団に、虹霓鱗代表として派遣される予定の人員だ。
ごく限られた者しか知らないが、その正体は北方樹海連合から亡命したエルフであり、ハイエルフ達が隠蔽する歴史の真実を解き明かすことを目指す研究者でもある。
ヒルドは反対側の席に腰を下ろすと、俺が受け取ったのと同じ封筒の手紙を取り出してみせた。
「驚きましたよ。まさかあのような大人物から直々に手紙が届くだなんて。やはり団長殿の人脈は底知れませんね」
「ろくでもない縁だけどな。だが、あの大臣から連絡があったということは、間違いなく『魔王城領域』の調査に関係してくるはずだ。そっちが受け取った手紙はどんな文面だった?」
「白狼騎士団の団長に招集を掛けたので、王都滞在中の派遣予定の騎士も集合せよと。ご覧になりますか」
手紙を受け取って中身を確かめてみる。
確かに、俺宛の書簡とは文面が違う。
メインは俺でヒルドはそのついでといった書き方だ。
「団長殿と差出人の大臣……キングスウェル公爵はどのようなご関係なのでしょうか」
「そうだな……王宮に着く前に軽く説明しておくか」
――事の起こりは遥か昔、キングスウェル公爵の一族がアルフレッド陛下の軍門に下るよりも以前に遡る。
後に『奈落の千年回廊』と名付けられる、難易度ばかり高くて得る物が少ない迷宮は、当時キングスウェル公爵家の領地だった場所に存在していた。
家督を継ぐ前のキングスウェル公爵には兄が一人いたが、その人物はどういうわけかその迷宮に妄想的な価値を見出し、家のことを顧みず独自の調査を繰り返していた。
両親は兄を見限り、家督を弟に継がせた上で、兄の方は好きにさせるという名目で見捨ててしまった。
その後も、公爵の兄は実家の金で無駄としか思えない調査を続け、長年に渡る迷走の末に迷宮で消息を断ってしまう。
「……問題はここからだ。価値が薄いダンジョンだと思われていた『奈落の千年回廊』の奥から、魔王軍に侵略されたドワーフが助けを求めるメッセージを送りつけてきたんだ」
「それでしたら私も知っています。魔王ガンダルフ率いる軍勢との開戦のきっかけですね」
「ああ。キングスウェル公爵は、手塩にかけて育てた勇者ファルコンを作戦に推薦したが、あいつは失敗して帰還できなかった。地上に帰れたのは、途中で切り捨てられた俺だけだった」
俺にとってはそれが全ての始まり。
十五年間も芽が出なかった冒険者生活に区切りを付け、武器屋として成功し、騎士団長なんていう望外の肩書を背負うに至る第一歩だった。
「ところがキングスウェル公爵にとって、俺がスキルを進化させて帰還したことは、無視できない異常事態だったそうだ」
――公爵の兄は、失踪の直前に『あの迷宮には人間の力を引き出す作用がある』という仮説を、弟であるキングスウェル公爵に伝えていた。
普通に考えれば妄言以外の何物でもなく、公爵も一笑に付して聞き流したのだが、それを裏付ける『生き証人』が現れてしまったのだ。
公爵は焦った。
兄が残した膨大な研究資料や仮説には、常軌を逸した内容が山盛りで、これらを大真面目に報告すれば公爵も正気を疑われかねない。
しかし、万が一にも兄の研究が有力な手掛かりになったはずだと後で分かったら、逆にそれを秘匿していたことを糾弾されかねない。
どちらの懸念が的中しても、政敵に付け入る隙を与えてしまうことになる。
そこで公爵が選んだのは、どちらに転んでも迅速に対応できるよう、適当な理由をつけて『生き証人』を騎士団の監視下に置くことだった。
「万が一俺の体に異変が起こって、秘匿していた兄の研究が正しかったと判明しても、公爵の判断で俺を監視していたことで早期発見できたなら、功罪を相殺してなお余りある……本人も言っていたけど、完全に自己保身のためだけの行動さ」
もちろん俺にとってはいい迷惑だった。
銀翼騎士団に俺を監視させる名目を作るため、勇者ファルコンを謀殺しただのミスリルを密売しただの、身に覚えがない容疑を次から次に掛けられたのだから。
「はぁ……何と言いますか、本当に災難でしたね……」
ヒルドも唖然とした様子で長々と息を吐きだしている。
「だけど結果的には、公爵の自己保身がいい方向に転んでしまってね」
俺は複雑な感情を抱えながら、馬車の外に視線を向けた。
「あのタイミングで銀翼騎士団がグリーンホロウに来たおかげで、色んな偶然が次から次に積み重ねって、魔王ガンダルフの企みにいち早く気付くことができたんだ」
「つまりそれがなければ、私も有力な手掛かりに近付くことができなかったと……何がどう繋がるのか分からないものですね」
「全くだよ」
凄まじくろくでもない経緯だったとはいえ、結果だけ見れば現在の礎になっていることは間違いない。
公爵個人に感謝の念を抱くつもりは毛頭ないが、恨みや憎しみが湧いてこない理由もその辺りにあるのだろう。
「結局、公爵は陛下から資料の精査と分析を命じられて、成果があれば共有することになったんだが……」
「呼び出しがあったということは、やはり進展があったのでしょうか」
ヒルドは期待に満ちた眼差しで身を乗り出してきた。
彼女の目的からすると、古代魔法文明に関係があると目される『奈落の千年回廊』の調査データは、それこそ喉から手が出るほど欲しいものだろう。
だが、そうに違いないと安易に請け負える根拠はなかった。
「さて……どうだろうな。ただの現状報告かも知れないし、俺が正式に叙任されたから改めて挨拶ってだけかもしれないぞ」
「そもそもあの大臣、根っこのところで何考えてんのかさっぱり読めねぇんだよな」
説明している間ずっと黙っていたガーネットが、脚を組み替えながら吐き捨てるように口を開いた。
「自己保身だ何だと嘯いちゃいるけどよ、どうもそれだけじゃねぇ気がするんだ。かと言って悪意があるわけでもなさそうで……もっと露骨に悪事を企んでくれりゃ楽なんだが」
「銀翼の騎士の勘って奴か? ……さてと、そろそろ降りるぞ」
馬車で乗り込める限界の場所が近付いてきたので、俺はガーネットとヒルドに声を掛けて降車の準備に取り掛かった。




