第310話 いつかは二人で答えを出そう
やがて呼び出していた馬車が到着したので、名残惜しそうなシルヴィア達に一旦の別れを告げて、へろへろになったガーネットと次の目的地へ向かうことにした。
ノワールやアレクシア達にも会わせておきたかったところだが、それはまた次の機会だ。
目指す先は俺の故郷の身内が泊まっている宿。
アビゲイルは荷物を取りに行くと言って別行動を取ったので、現地に向かうのは俺とガーネットの二人だけ。
一般人出身の騎士が身内を式典に呼ぶときの旅費は、基本的に騎士団から出ることになっているので、両親に余計な出費はさせていない。
加えて、今回はマークの紫蛟騎士団からも資金が出るはずだが、その辺りの兼ね合いはまた後で調整することになるのだろう。
俺の身内とは前にも一度会っているからか、ガーネットはこれまでよりも緊張が解れてリラックスした様子で、落ち着いて馬車に揺られている。
一方、俺はそんなガーネットとは逆に、馬車が宿に近付くにつれて神経を張り詰めさせていた。
理由はもちろんマークの存在だ。
俺と同様に、あいつも式典が終わり次第、身内と合流しようと考えたとしてもおかしくない。
となると、これから鉢合わせる可能性も十分にあるわけだ。
そんな思いを抱えた俺を乗せた馬車は、何のトラブルもなく目的地の宿に辿り着いた。
――しかし、俺を待っていたのは拍子抜けの現実。
「王都観光、ですか?」
「はい。御一行様で連れ立って出発なさいました」
フロントで身内を呼んでもらおうとしたところ、既に観光のため出かけた後だと告げられてしまう。
事前に連絡をする余裕がなかったので、こういう状況になる可能性もあり得ると思っていたが、まさか的中してしまうとは。
しかし悪いのは、これから訪問すると連絡できなかった俺だ。
ひとまず今日のところは引き上げて、皆とガーネットを会わせるのはまた次の機会とするしかない。
俺はフロントに伝言を頼んでから、自分の宿の部屋に戻ることにしたのだった。
「あーっ、疲れたー!」
部屋に入るなり、ガーネットは遠慮なく声を張り上げて椅子にどっかりと腰を下ろした。
服装は令嬢として振る舞うときのそれのままだが、口調や振る舞いは完全に普段のものに戻ってしまっている。
「さすがに脚開きすぎじゃないか?」
「いいんだよ。ここにゃお前しかいねぇんだから」
これまでずっと清楚で落ち着いた表情を演じていた反動か、ガーネットは目元も口元も盛大に歪めながら言い返してきた。
装飾性に全振りしたようなスカートで、普段通りに脚を開いて座っているガーネットの姿は、とてもじゃないが他の奴には見せられそうにない。
性別を隠しているので云々という話ではなく、例え本当の性別を知っている相手であってもだ。
「ていうかもう脱いでいいだろ。別にいいよな?」
「待て待て、それはやめろ。着替えなんか持ってきてないんだろ」
「ははは! 細かいこと気にすんなって!」
ガーネットは明らかにからかい気分で笑い声を上げた。
冗談めかしているようでいて、油断したら本当に脱ぎかねない気がする。
「……今日は悪かった。わざわざ連れ回したのにほとんど空振りで」
「いいってことよ。むしろ予定通りに全員と会ってたら、恨み言の二つや三つはぶつけてたと思うぜ。弄られるのがシルヴィア相手だけで良かったくらいだ」
大袈裟な手振り付きで苦笑するガーネット。
これまでアルマは騎士団の構成員にも滅多に姿を見せず、特別なときにだけ表舞台に出る深窓の令嬢という扱いだった。
必然的に、その姿で対面した相手は、騎士にせよ貴族にせよ、時と場所に相応しい立ち振舞いでアルマに接してきたはずだ。
つまり、シルヴィアのように少女らしい少女と接した経験は、皆無に近いと言っても過言ではないに違いない。
例外があるとしたら、家柄の割に交友関係が広いという勇者エゼルくらいだろうか。
「んで、この格好でシルヴィアとサクラに面を見せたわけだから、お前とオレの関係が嘘っぱちじゃねぇと証明できたわけだな」
「多分そうなるな。他の連中もシルヴィア達が言うなら信じるだろ」
「よっしゃ! これでちっとは肩の荷が下りた気分だ。後はやること済ませて、全部ぶちまけられるようになりゃ最高なんだが」
ガーネットは心からすっきりした顔で、だらけるように全身の体重を椅子に預けた。
随分と気楽に放った一言だが、その背景を思うと気持ちが重くならずにはいられない。
――ガーネットが性別を隠す理由、それは母親の仇であるミスリル密売組織アガート・ラムを追い詰めるべく、犯罪捜査と治安維持を主任務とする銀翼騎士団に所属し続けるためだ。
銀翼騎士団は構成員を男性のみとする伝統があり、ガーネットは兄である騎士団長のおかげで、正体を秘匿して入団することができた。
やることを済ませて全てをぶちまけるというのは、即ちアガート・ラムに対する調査を完遂し、母親の仇を取るということなのだ。
「なぁ、ガーネット。前からずっと気になってたんだが、将来的に性別を隠す必要がなくなったら、どっちの顔で過ごすつもりなんだ?」
「あん? アルマか普段のオレかってことか?」
ガーネットは天井を見上げてしばし考え込み、そして曖昧な返答をした。
「最初は父上との約束通りに適当な奴と結婚して、アルマっぽく生きることになるんだろうなって思ってたんだが……今はどうなんだろうな。むしろお前はどっちがいいんだよ」
「……俺が?」
「当たり前だろ。お前がどっちか選びたいっつーんなら、オレだって考えてやるぜ」
首だけをこちらに傾けて、ガーネットはうっすらと笑みを浮かべた。
苦笑でもなければ馬鹿笑いでもない、微笑という表現がよく似合う笑みだった。
あまりに難しい選択肢を提示され、黙り込まざるを得なくなってしまった俺に対して、ガーネットはひらひらと手を振った。
「別に今すぐ決めなきゃいけねぇってわけじゃねぇんだ。ゆっくり考えようぜ」
「ああ……そうだな」
これからのことに責任を持つのなら、やはりこれは避けては通れない問題だろう。
今すぐでないとしても、いつかは二人で答えを出さなければならないことだ。
そんなことを思っていると、部屋の扉をノックしてアビゲイルが入ってきた。
「お早いお帰りですね。ご両親はお出かけでしたか」
「ああ、残念ながら空振りだったよ。ところで、取りに帰った荷物って何だったんだ?」
「お嬢様のお着替えです。どうせすぐにでも着替えたいと仰るかと思いまして」
「マジか!?」
ガーネットがアビゲイルの配慮に声を上げて気色を示す。
アビゲイルは抱えていた袋をガーネットに渡してから、ポケットに入れていた封書を俺に差し出した。
「こちらルーク様宛のお手紙です。フロントの方でお預かりしました」
「悪いな。えっと、差出人は……何だって!?」
――そこに記されていた名は、緩みかけていた俺の気分を硬直させるには十分すぎる存在であった。




