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第305話 合同叙任式 後編

紫蛟(しこう)騎士団のマーク・イーストンに対する叙任が終わり、どことなく見覚えのあるその顔が新人騎士の合間に消えていく。


 故郷を出てから十五年。

 この前の帰郷より以前には故郷に近付きもしなかったから、今の(マーク)がどんな顔立ちをしているのかすら分からない。


 けれどきっと、あんな雰囲気に育っているんだろう――マーク・イーストンの容貌はそう思わざるを得ないものだった。


「(……っと、今は儀式に集中しないと)」


 皆が来賓席からこちらを見ているのだから、ぼうっとした顔なんかするわけにはいかない。


 とりわけガーネットは俺の表情の変化をつぶさに見て取れる位置にいる。


 下手を打ったら後でからかいのネタにされるだけだ。


「(そういえば、さっきのマーク・イーストンとかいう騎士、一人だけ呼ばれて登壇してたな。やっぱり成績が優秀だったりしたんだろうか)」


 残る紫蛟騎士団の新人騎士達も続々と叙任を受け、次の藍鮫騎士団へと順番が移る。


 四つの上級騎士団を除く八つの騎士団。

 俺が率いることになる新騎士団には、これらの騎士団からも一人ずつ人員が派遣される予定だが、さすがに叙任されたての新人が派遣されることはないだろう。


 第一、あくまで最大一人ずつという取り決めなのだから、わざわざ割くことができる人員がいないからと派遣されない可能性もある。


「続いて、赤羽(あかばね)騎士団――」


 そうして何のトラブルもなく叙任式が進行していき、やがて十二の騎士団と一人を除いた新人騎士への叙任が完了する。


 長時間に渡って立ち続けていたというのに、陛下の顔色には僅かな疲労感も浮かんでいない。


 司会の男が、手元の名簿の最後に記されていた名を読み上げる。


「――白狼騎士団、ルーク・ホワイトウルフ」


 大講堂に軽いどよめきが走る。


 新人騎士や騎士団関係者は、予め事情を把握済みらしく何の反応も見せなかったが、来賓の八割ほどは読み上げられた内容に耳を疑い、予想外のことに驚いている様子だった。


 十三番目の騎士団。

 その存在が、世間にどれくらい広まっていたのかよく分かる。


 王宮や騎士団に関わる者の間では周知の事実だが、世間一般で知っているのは二割前後ということだ。


 与えられた公務が極めて地域的(ローカル)なことを考えれば、むしろ二割の知名度でも相当なものだと言えるのかもしれない。


 俺は背筋を正して席を立ち、胸を張って祭壇へ向かった。


 もちろん緊張はしている。今にも胸が破裂しそうだ。


 しかし無様を晒すわけにはいかない。

 それは俺個人が恥をかくだけに留まらず、ここまで押し上げてくれた人達の顔に泥を塗ることになるのだから。


 短い階段を一段ずつ踏みしめて登壇し、儀礼用の剣を携えたアルフレッド陛下と正面から向かい合う。


「ふむ、会う度に良い面構えになっていくな」

「……光栄です」


 感情が暴れだしそうになるのをギリギリのところで踏み止まり、努めて冷静に言葉を返す。


 もしも俺が向こうにいる年若い新人騎士だったら、感極まってぶっ倒れていたのではないだろうか。


 そうならなかったのは、曲がりなりにも歳を食ってきた男としての虚勢と、すぐ近くの席から見守ってくれているガーネットに対する見栄のためだ。


 ――まったく、何なんだあのガーネットの顔は。

 まるで自分が叙任を受けるみたいに、緊張で引きつってしまっているじゃないか。


 膝の上でぎゅっと握り締めた手は、もしかしてどこかの神様に成功を祈っているとでもいうのだろうか。


 あんなに真剣な眼差しを向けられているなら、なおさら格好悪いところなんて見せるわけにはいかなかった。


 祭壇の床面に片膝を突き、恭しく(こうべ)を垂れてその瞬間を待つ。


「ルーク・ホワイトウルフ。十三番目の騎士団を率いる男よ。貴様の担う役割は歴史を切り開く可能性を秘めたものだ。しかし貴様ならば必ずや成し遂げられることだろう。心から期待しているぞ」


 儀礼用の剣の腹が肩に押し当てられる。


 もはや大講堂にはどよめきの欠片も聞こえない。


 ただの一人の例外もなく、俺と陛下の姿に目を凝らし、新たな騎士団が生まれる瞬間をその目に焼き付けようとしていた。


 剣が肩から離れたのを合図に、俺は儀式の終わりを悟って立ち上がった。


 そのとき、陛下の大きな手が俺の肩を強く掴んだ。


 今度ばかりは騎士団関係者からも驚きの声が漏れる。

 俺も想定外の事態に思考が固まってしまい、陛下に連れられるままに祭壇を降りていくことしかできなかった。


 アルフレッド陛下は、まるで肩を組むかのような勢いで身を寄せてきたかと思うと、口元に剛毅な笑みを浮かべて俺に囁きかけた。


「話は聞いている。惚れた弱みでここまで駆け上がったなど、他の騎士団長が聞けば腰を抜かすだろうな。まぁ、俺としては親近感を覚えずにはいられんのだが」


 そう親しげに笑いかけられても、俺の思考回路の処理能力はとっくに越えてしまっている。


 確かに陛下は『惚れた弱み』で国王にまでなった人物だが、それと自分を同一視して親近感を覚えるほど、俺は自信過剰ではない。


 陛下は階段を降りたところで、俺の背中を押して席に戻るよう促し、自分は踵を返して大講堂の側面出入口へと向かっていった。


 ここでようやく、壇上に残された司会の男が落ち着きを取り戻し、新たな騎士団の設立とその役割を来賓に説明をする。


 グリーンホロウの地下に地上侵攻を企む魔王軍が潜んでいたこと。


 黄金牙騎士団を中心とした人々の活躍で地下深くに追いやれたこと。


 追撃のため冒険者による探索が続いていること。


 彼らを統括し、黄金牙騎士団や王宮との橋渡しをする騎士団が求められたこと。


 さすがに古代魔法文明がどうこうといった件は伏せられているが、大筋としては現状の総まとめに近い内容である。


 最初から式典の終了後に新騎士団について解説する予定だったようで、即席(アドリブ)ではない詳細で正確な説明がなされ、陛下の行動も『新騎士団長だからこそ特別に激励した』のだと納得されたらしかった。


 しかしその間、俺はといえば突然の出来事にまるで気持ちがついていかず、出席者の退場が始まるまで呆然とし続けることしかできなかったのだった。

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