第304話 合同叙任式 中編
「新たな騎士の諸君。まずは君達の門出に祝いの言葉を贈らせてもらいたい」
静まり返った大講堂に陛下の言葉が響き渡る。
腹の底から揺さぶられるような力強い声だ。
「自ら騎士団の門を叩いた若者よ。君達が国家の奉仕者たる騎士に志願してくれたこと、心から嬉しく思う。我が国は騎士の存在によって支えられていると言っても過言ではない。故に、我々は諸君の若き力を常に必要としているのだ」
陛下は的確な言葉選びで、出席者の大部分を占める若者達の志気を高めていく。
騎士叙勲という当面の目標を達成し、将来に対する意欲に漲っているであろう若者が、大陸の覇者から直々に激励の言葉を賜るのだ。
気持ちを昂らせない者などほんの一握りに違いない。
こうした演説は事前に文言を考えてあるのだろうし、陛下本人ではなく役人が作成したものかもしれないが、それも陛下の圧倒的な存在があってこそ。
先程の司会の男が同じことを述べたところで、これほどの効果は決して得られまい。
「そして多大な功績への見返りとして推挙を受けた者達。諸君の貢献にはただ感謝するより他にない。騎士の肩書は、我らが贈ることができるせめてもの報奨である」
こちらは名誉騎士号とでも言うのだろうか。
騎士見習いを経て叙任される面々とは対象的に、彼らの多くは騎士らしい体力勝負の仕事ができる年齢だとは思えない。
彼らの場合、騎士号は公務をこなして王国に貢献するための入場券ではなく、貢献を果たした後に授かる褒美のようなものだ。
長年に渡る貢献を称え……なんていう枕詞が付きそうな老人の姿すらあるほどだった。
「あるいは――騎士になることを最初から望んでいたわけではない者もいるだろう。諸君が推挙を受け入れてくれた内心の理由は、我々には知る由もない。しかし諸君の決意が本物であることは確信している。どうかこれからも力を貸してもらいたい」
――その言葉を聞いて、俺はこれが自分に向けられた言葉なのではと錯覚しそうになってしまった。
けれどきっとただの自惚れだ。
こんなにも大勢の騎士候補がいるのだから、止むに止まれぬ事情で騎士になってしまった者がいてもおかしくはない。
「さて、それでは叙任式を始めるとしよう」
「畏まりました」
司会の男が恭しく頭を下げながら祭壇に戻り、式典の進行を取り仕切り始める。
「これより騎士団名と姓名を読み上げる! 名を呼ばれた者から順に登壇せよ!」
まずは近衛部隊である竜王騎士団から読み上げが始まった。
ドレイク、フォアマン、ハインドマン――
新規入団者の採用は身内からのみの方針というだけあり、呼ばれる家名は特定のものに限定されていて、同じ家名を背負った新人騎士も複数登壇している。
「(さすがに騎士団の家系の子供だけあって、若いのに落ち着いてる奴らばっかりだな……)」
自分の番が来たときに困らないように、注意深く儀礼の手順を観察する。
まず、一度に呼ばれる人数は法則性がないように感じる。
一人だけ壇上に上げられることもあれば、五人か六人がまとめて呼ばれることもある。
無作為ということはないだろう。
きっと俺が知らない条件に基いて順番が決められているのだ。
あくまで想像だが、単独で叙任を受けているのは、何か特別な立ち位置の騎士候補なのかもしれない。
例えば騎士団の重役の推薦だとか、優秀な成績で見習い期間を満了したとか。
「(儀式の方は……やっぱり凄く雰囲気が出てるな。それ自体が芸術みたいだ……)」
陛下が壇上で跪いた新人騎士の前に立ち、儀礼用の剣の側面で肩を叩きながら激励の言葉を送る。
この大人数では一人あたりに割ける時間は限られているが、それでも陛下は決して急ぎ足にはならず、それぞれに割り振られた時間を最後まで使い切っていく。
――ふと、祭壇を降りていく新人騎士を何気なく目で追ったところ、最前列にどこかで見たような顔が並んでいることに気が付いた。
王族や公爵、辺境伯など、高位の王侯貴族の賓客が臨席していると思しきその席に、一組の少年少女の姿がある。
普段と違う格好なので少々時間が掛かったが、あの二人がどこの誰なのか思い出すことができた。
勇者エゼルと弟のエディだ。
確かガーネット曰く、二人はどこぞの有力貴族の子女でありながら、勇者として精力的に活動しているとのことだった。
きっと今日は勇者としてではなく、貴族の家の一員として儀式に出席しているのだろう。
「紫蛟騎士団、マーク・イーストン」
四つの上級騎士団の新人に対する叙任が終わり、残る八つの騎士団の順番が回ってくる。
名前を呼ばれて壇上に登ったのは二十代前半くらいの若者だ。
決して騎士の風習に詳しいわけではないが、これまでの少なからぬ経験で多少は分かってきたことがある。
代々騎士を務める家柄であれば、まだ十五にも満たない子供のうちから騎士の修行を始められるので、騎士になる年齢も幼いことが多い。
例えばガーネットの場合、たったの十五や十六で一人前の騎士として活動していることから逆算すれば分かるとおり、騎士の修行を始めたのは十歳かそれ以下の頃だったはずだ。
この合同叙任式にも、世間一般で一応の成人とされる十五歳を下回る顔触れがあちらこちらにいて、比率としても決して少なくはない。
一方で、明らかに二十歳を越えているような騎士候補も、それなりの人数がいるようだった。
恐らく彼らは一般庶民の家に生まれ、俺が故郷を飛び出して冒険者になったように、十五歳を越えてから家を出て騎士に弟子入りをした面々だ。
正規の騎士としての修行を終えるのに五年掛かると仮定すれば、十五で修行を始めた場合は二十歳で叙勲される計算になる。
もちろんそれより時間が掛かることもあるだろうし、諸般の事情で弟子入りするのが多少遅くなる場合もあるだろう。
――どうして俺が急にそんなことを考え始めたかというと、身内に一人、これに当てはまる奴がいるからだ。
「(まさか、あいつは……)」
白狼の森のマーク。
俺が故郷を出た頃には十歳にも満たず、つい最近故郷に帰ったときには騎士になる修行中ということで不在だった、俺の兄弟姉妹の一人。
マークという名前は決して珍しいものではなく、むしろ同名が多くいる部類に入るだろう。
しかし、紫の大海蛇をその名に戴いた騎士団の一員として叙任を受けるその青年……マーク・イーストンの横顔から、どことなく弟の面影を感じるような気がしてしまったのだ。




