第303話 合同叙任式 前編
さすがに王宮が陛下の名の下で取り仕切る式典だけあり、舞台裏での大人数の捌き方も見事なものであった。
次から次に押し寄せる騎士候補達を、適切な流れで順次待合室に移動させ、そこから更に予定通りの順番で大講堂のホールへ送り込んでいく。
一体、何人の騎士候補がここにいるのだろう。
直感だが、軽く三桁には達していそうな気がする。
今年の新規採用人数が平均十人程度だったとしても、十二の騎士団の合計は百二十人にも及ぶ。
しかも四つの上級騎士団は、一つを除いて大陸全土を活動領域に含んでいるので、新人の数も十人やそこらでは収まらないはずだ。
それほどの大人数が、絶え間なく右へ左へと動いているものだから、お互いに立ち止まって雑談を交わす暇もなかった。
――俺を含めた出席者達がようやく一息つけるようになったのは、大講堂のホールへと移動させられて、指定の席に腰を下ろした後であった。
「(ふぅ……やっと落ち着けそうだ……)」
出席者はほぼ全員が俺よりも年下の若者で、二十歳に達していなさそうなのも珍しくなく、その大部分が緊張に顔をこわばらせている。
もちろんごく少数ながら、俺よりも年配だったり相当な高齢の人物も混ざっている。
恐らく彼らは、騎士の従者として下働きを積んだのではなく、俺と同様に功績を評価されて騎士に推薦されたパターンなのだろう。
「(さすがに若い連中とは落ち着き具合が違うな。大舞台にもそれなりに慣れてる感じだ)」
椅子はまだ半分ほどしか埋まっておらず、式典が始まるまでもうしばらく時間が掛かりそうだ。
この隙間を利用して、俺は何となく大講堂の内部の様子を観察してみることにした。
正面入口から三分の二ほどのスペースは、ほぼ全てが来賓用の席として割り振られている。
俺達が今いる場所は残り三分の一の部分で、両者の間に設けられた一段高い場所こそが、叙任を執り行うための式典の中枢部である。
音楽劇場で例えるなら、観客席が来賓用スペースに相当し、俺達は楽団のように来賓の方を向いて並んでいて、指揮者が立つべき場所に儀式用の祭壇が設置されているという位置関係だ。
更に、来賓席は複数段階のグレードに分けられているようで、祭壇に近い場所は騎士団の関係者に割り振られているらしい。
一般人出身の騎士候補の身内はその後方。
全体的に傾斜がある造りなので、後ろの席でも見通しが悪いわけではなく、こちらからも後方の来賓の姿を目視することができた。
故郷の村から呼んだ身内やグリーンホロウの皆も、あそこのどこかにいるのだろう。
残念ながら、膨大な人数の来賓の中から目当ての人々を探し出すことはできなかったが、祭壇に立てば向こうからは俺の姿がよく見えるはずだ。
そう考えるだけで身が引き締まる思いがした。
「(来賓席の前の方にいる連中は、やっぱり騎士団でも高い地位にいるんだろうな。騎士団長クラスは……当然出席してるか)」
強い威圧感に満ちた白髪の老騎士、竜王騎士団ウィリアム。
常日頃から感情を感じさせない振る舞いの青年、黄金牙騎士団ギルバート。
視力のない瞳を閉じ、従者の少女達を連れた女性騎士団長、虹霓鱗騎士団アンジェリカ。
そして俺にとって最も縁深い騎士団長である、ガーネットの兄でもある銀翼騎士団カーマイン。
新たな騎士を迎え入れるための儀式というだけあって、上級騎士団を率いる四人の騎士団長達も勢揃いだ。
ひょっとしたら他の騎士団長も来ているのかもしれないが、四人以外の顔は知らないので、他の構成員とは見分けがつかなかった。
「(……あっ)」
もう少し奥に目をやると、決して見間違えるはずのない少女と目があった。
最前列のカーマインよりも少し後ろの席にガーネットの姿がある。
隣には黒い礼装で慎ましく着飾ったアビゲイルもいた。
ガーネットは俺がそちらを見ていることに気がつくと、今の装束に相応しく清楚な微笑を浮かべて小さく手を振ってから、その手でさり気なく横顔を隠しながらニヤリと白い歯を見せて笑った。
自分のことは心配するなというアピールと、また緊張しているぞという言外のからかいだ。
まったく、あんな近くに席が用意されていたなんて。
これではとてもじゃないが、不格好なところを見せられそうにない。
「――静粛に」
何の前触れもなく、祭壇に立つ男の声が大講堂に響く。
喉から直接放たれた生の声であるにもかかわらず、大講堂の隅々までよく通る声だった。
気付けば出席者用の席が全て埋まっている。
きっとあの男は、合同叙任式の司会進行を任された人物なのだろう。
「これより本年の叙任式を執り行う。陛下のご到着を今しばらく待たれよ」
司会の男は国王陛下の到着までの場繋ぎだとばかりに、合同叙任式の意義や騎士の役割、心構えなどについての講釈を始めた。
講釈に退屈そうな反応を示しているものは誰もいない。
それは講釈が興味深かったからではなく、もうすぐ国王陛下がやってくるからこその緊張が原因のようだった。
「で、あるからして――」
しばらくして司会の男が急に講釈を打ち切る。
そして祭壇を一段降りてから、ホールの横側へ向き直って高らかに宣言をした。
「国王陛下の御来臨である」
大講堂に集まった全員の意識が一点に向けられる。
ホールの側面、祭壇と赤い絨毯で繋がった入口から、真紅の儀礼用マントを羽織った大柄な人影が姿を表した。
ウェストランド国王アルフレッド。
大陸を統べる王者の名に相応しい威厳を、まるで至上の装飾であるかのように纏い、獅子さながらの堂々たる足取りで儀式の場へ登壇していく。
――大きく、そして遠い。
それが俺の率直な感想だった。
俺はこれまでに二度、陛下に間近でお目通りする機会を得て、少なくない言葉を交わしてきた。
しかしそれは陛下に親しい存在になったことを意味しない――そんな当たり前の事実を改めて実感してしまう。
アルフレッド陛下は祭壇の中央に立ち、まずは来賓席をぐるりと一望してから、そちらに背を向けて騎士候補達をまっすぐに見やった。




