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第302話 これも一つの相対性

「で、招待した連中とは別行動なのか。ここに来る間に誰とも会わなかったしな」


 妙な方向に傾きかけた空気を振り払うように、ガーネットはわざとらしく普段通りの声を張り上げた。


「ああ。式典が終わったら合流するつもりだよ。故郷の身内にグリーンホロウの皆に……そうそう、皆には後で『ガーネットは会場の警備に回っていた』って伝えておこうと思うけど、これでいいんだよな」

「ありがとよ。騎士の身分はすぐに明かすつもりでも、さすがにまだ()()()は打ち明けられねぇや」


 ガーネットは気恥ずかしそうに髪を掻いた。


 俺が任されることになる新騎士団は、初期構成員として十二の騎士団から最大一人ずつ派遣される手筈になっており、ガーネットは銀翼騎士団の代表として今まで通り護衛を続ける予定である。


 これに伴って、騎士の身分を隠しておく必要がなくなったので、銀翼騎士団の一員であると(おおやけ)にできるようになったのだ。


 しかし本当の性別や、(アルマ)と同一人物であるという事実は、今後も変わらず隠し通さなければならない。


 構成員を男性のみと規定した銀翼騎士団に、騎士団長の妹とはいえ性別を偽って入団していた――これを公表できるタイミングがあるとしたら、銀翼騎士団に拘る意味を失ったときくらいだろう。


 治安維持と犯罪捜査を任務とする銀翼騎士団に拘る意味。


 それは即ち、母親の仇であるミスリル密売組織の手掛かりを、最も確実に入手できる組織であるということである。


「あんまり髪を弄るなよ。せっかく綺麗にしてあるのに台無しになるだろ」


 ガーネットの髪を手櫛で整えてやりながら、もう一つ確認しておきたかったことを口にする。


「なぁ、ガーネット。式典が終わった後、すぐに時間を作れないか?」

「あん? 急いで着替えりゃ、まぁそれなりに……」

「着替える前に作って欲しいんだ」


 率直にそう伝えると、ガーネットは俺の意図を察した様子で視線を泳がせた。


「もしかして……あれか? 他の連中を『アルマ』に会わせたいとか、そういう……」

「そういうこと。こんな機会でもないと難しいだろ?」


 この機を逃せば『アルマをグリーンホロウに招いた』という体裁を取るしかなくなるが、そうすると今度はガーネットが同席しないもっともらしい理由を考えなければならなくなる。


 しかし今日なら、後で騎士の身分を明かしたときに『そちらの仕事をしていたから居合わせられなかった』と言い訳をすることができる。


「……そりゃそうかもしれねぇけどよ、慌てて顔合わせしなくたっていいんじゃねぇか?」

「会えるはずの状況なのに会わなかったら、色んなことの信憑性自体が疑われかねないだろ。それに俺だって、そろそろ皆に自慢したいんだからな」


 率直な意見を述べると、ガーネットはぐっと口ごもって視線を逸らした。


 さっきの発言は軽口半分だったが、もう半分は本気だ。


 目の前にいる少女の姿を見ていながら、俺と同じ考えに至らない奴は少数派だろう。


 もちろん普段の格好も好ましいと思っているけれど、着飾ったガーネットはそれとは違う方向性で飛び抜けているのだから。


「分かった分かった! どうせこれからは引きこもり令嬢気取りじゃいられねぇんだしな。いい感じに立ち回る予行練習とでも思っとくぜ」


 ガーネットは自棄(やけ)気味に開き直って鼻を鳴らした。


 ちょうどそのとき、部屋の時計が部屋を出る予定の時間を指し示した。


 緊張で時間の流れがゆっくりに感じていた頃とは一転、ガーネットと話しているだけであっという間に時間が過ぎてしまった。


「おっと、もうそろそろ出発しないと。お前も一緒に行くか?」

「大講堂まではついて行くぜ。アビゲイルと他に何人かいるけどな。そっから先は、出席者と来賓で入口が違うから別行動だ」


 二人で部屋を出ると、廊下で待ち構えていたアビゲイルがすかさず駆け寄ってきて、ガーネットの身(だしな)みを素早く整えた。


「これでよしっと。ですから着衣を乱さないようにと申し上げたでしょう。スカートの形が崩れかけていましたよ」

「うっせーな、テメーが妙な言い方するからだろ」

「あまり汗もおかきにならないように。せっかくのお化粧が崩れてしまいますよ。会場までの馬車を手配いたしましょうか」

「んなもんいらねーよ。目と鼻の先じゃねぇか。そもそも馬車なんか通れねぇよ」


 無表情のまま小言と心配を重ねるアビゲイルを振り切って、ガーネットは徒歩でさっさと宿を出ていった。


 アビゲイルを始めとした数名のお供を引き連れて、俺とガーネットは本当にすぐ近くにある大講堂へ向かって歩いていく。


 大通りは俺達と同じ目的の人々で溢れかえっていた。


 真新しい礼装に身を包んだ若者や、来賓と思しき正装の老若男女が、四方八方から大講堂を目指して移動している。


 あまりの人混みに馬車が通る隙間もなく、不注意にも馬車で乗り付けようとした者達は、人混みの外で馬車を降りて歩かざるを得なくなっていた。


「アルマお嬢様、内側をお歩きください」

「お、おう……」


 御付き達がガーネットを内側に押しやったことで、ドレス姿の肩が俺の腕に密着する。


 香水か、それとも高価な石鹸か。

 普段のガーネットからは絶対にしない種類の芳香がふわりと鼻をくすぐった。


「……っと、一緒にここまでだな。オレ達来賓は正面入口からで、お前らは裏から入って一旦待機だ」

「僭越ながらお嬢様。会場に入られましたら口調を変える演技をお願いいたします。間違ってもクソなどとは口走られないように」

「言われるまでもねぇよ。時と場合は考えて振る舞うに決まってんだろ。んじゃ、白狼の。式典が終わったらさっきの宿で合流な」


 深窓の令嬢そのものな外見で粗暴な口調というのも、実のところそれなりに()()()()があるのだが、余計なことを言って誤解を招かないように黙っておいた。


 ガーネットと別れ、合同叙任式の会場である大講堂を間近から見上げる。


 かつては大きな信仰勢力の神殿、あるいは礼拝所として使われていた建物とのことで、息を呑むほどの勇壮さと絢爛ぶりを湛えている。


 詳しい経緯は知らないが、王都全域の神殿機能が王都万神殿に集約されたことや、その他様々な事情が重なって、この建物は信仰の場所としては使われなくなったのだそうだ。


 その後、この建物は王宮所有となり、様々な集会や式典のために使われる大講堂となったらしい。


「……よし、行くか」


 ガーネットが来てくれたおかげで余計な緊張は消し飛んだ。


 俺は一度だけ大きく深呼吸をしてから、この気持ちを保ったまま騎士候補の待合室へと足を向けた。

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