第300話 春の若葉亭の祝宴 後編
「大丈夫よ。私が保証する。貴方は確かにスキルが一つしか使えなくて、冒険者としてはEランク止まりだったかもしれないけど……一人の人間としては凄い人だもの」
「そいつはどうも。お世辞でも嬉しいよ」
酒瓶を傾けてフローレンスのコップに注ぎ入れる。
フローレンスは困ったように笑いながら、軽めの酒に口をつけた。
「お世辞じゃないってば。本当にそうよ」
「……そうかな」
「ええ。ただ一つのスキルしか持たなくても……いいえ、一つしか持たないからこそ、貴方は周囲によく目を向けてきた……」
テーブルに置かれたコップが、ことんと軽い音を立てる。
「私も支部長になって改めて実感したんだけど、組織や集団を率いるなら、スキルよりもこういう素質の方が重要だと思うの」
「大きなパーティを率いる冒険者なら誰でも同じだろ。トラヴィスだって大したもんだぞ」
「そうやって素直に他人を褒められるのも良いところよね」
くすくすと笑いながら、フローレンスは手近にあったナッツの皿を引き寄せて何粒か口に放り込んだ。
こうして酒と料理を挟んで話していると、冒険者になって間もない昔のことを思い出してしまう。
あの年頃だとスキルが一つきりというのも特異ではなく、俺も『まだまだ駆け出し』『これからスキルが増えていくはず』なんて期待を持つことができた時期だった。
年若い冒険者達と酒場のテーブルを囲み、安い稼ぎで用意した酒と料理を並べて、夢と目標を語り合った思い出。
若い頃のフローレンスもいた。後に彼女の夫となるリチャードもいた。
トラヴィスは既に自前のパーティを持つくらいになっていた頃のはずだが、それでもよく昔馴染みの宴会には顔を出していた。
……懐かしい思い出だ。
けれどあのときに戻りたいかと問われれば、俺は迷うことなく首を横に振るだろう。
駆け出し故の貧しさの中でも間違いなく幸福だった時代だが、今この瞬間はそれ以上に得難く大切だ。
当時はフローレンスに異性として心惹かれ、他の冒険者連中と競い合って親密になろうとしたこともあったけれど、それも既に懐かしい笑い話でしかない。
今の俺のそういう感情は、とっくに一人の少女に独占されてしまっているのだから。
そんなことを思いながらガーネットの方を見やろうとしたところ、こちらに近付いてくる人影に視線を遮られてしまった。
「お久し振りです、ルークさん!」
「なんだ、ロイじゃないか。グリーンホロウに到着してたって話は本当だったんだな」
顔に魔獣の爪痕を残した男、百獣平原のロイは申し訳無さそうに笑いながら、木製の大ジョッキを持っていない方の手を後頭部にやった。
「ご挨拶が遅れてすみませんでした。いやぁ、王都の一件の事後処理に手間取ってしまいまして、最近になってようやくこっちに来れたんですけどね? そしたら今度は住む場所を探すのに一苦労で」
ロイは冒険者ギルドから派遣された要員として、王都で発生した夜の切り裂き魔事件の捜査に協力していた。
事件が解決して事後処理も終わり次第、グリーンホロウに移動して探索に参加すると言っていたのだが、相当な大事件だったのでかなり時間を食ってしまったらしい。
「ところでそちらの美人さんは? 王都に恋人がいるっていうのに……って、フローレンス支部長! 失礼しましたっ!」
泡を食って姿勢を正すロイを見て、フローレンスは愉快そうに破顔した。
「百獣平原のロイ君ね。ご協力感謝するわ。Aランクが四人も探索に加わってくれるなんて、力強いことこの上ないもの」
ロイがあんまりにもがちがちに緊張しているものだから、つい俺も吹き出してしまう。
「せっかくだから、向こうにいるトラヴィスにも挨拶してきたらどうだ? 今なら渡りに船と思って食いついてくるぞ」
「うっ、黒剣山のトラヴィスさんまで……とんでもない大物じゃないですか。物凄く緊張するんですけど……」
「平気平気。あいつは気の良い奴だし、お前とも馬が合うと思うぞ」
俺にとって、トラヴィスとフローレンスは駆け出し時代からの昔馴染みで、割と気軽に接することができる旧友関係だが、ロイにとってはそうではない。
冒険者になってから数年程度のロイにしてみれば、二人はベテランのAランクと高い地位にある支部長なのだ。
ロイの背中を押してトラヴィス達のテーブルに送り出してから、俺はおもむろに椅子から立ち上がった。
「あら、どこかに行くの?」
「……ちょっとな。放っといたらそろそろ拗ねられそうだ」
フローレンスは何度か瞬きをしてから、小さく微笑みながら俺の椅子の側にあった酒瓶を引き寄せた。
「いってらっしゃい。これ、全部もらってもいい?」
「どうぞ。トラヴィスが用意した奴だから感想はあいつに言えよ」
長らく居座っていたテーブルを離れ、勇者エゼルや弟のエディと話し込んでいたガーネットの肩を軽く叩く。
「うわっ! ……なんだ白狼のかよ。びっくりした」
「悪いな勇者様。ちょっとこいつ借りてもいいか?」
ガーネットを挟んでそう声をかけると、エゼルは全てを察したと言わんばかりの態度でにやけた笑みを浮かべ、ひらひらと手を振って了承した。
エディは大事な話をしているところだと口を挟もうとしたが、エゼルがまぁまぁと引き止めて酒宴の中央へと引っ張り込んでいった。
「それじゃ、またね。進展あったら報告よろしく!」
「うっせーぞ! ったく……」
訳知り顔のエゼルに不満げなガーネットを引き連れて、春の若葉亭の建物内で比較的人気の少ないところへと移動する。
ここでも酒宴の大騒ぎが耳に届くが、まぁ気にすることはないだろう。
「んで、どうかしたのか? 酔い醒ましにはまだ早ぇだろ」
「今日の宴会って、騎士叙勲の日取りが決まったのと、俺がこっちに移り住んで一年っていうのを一緒に祝うっていう名目だったよな」
「……だから、それがどうしたんだよ」
ガーネットは壁にもたれかかって腕を組み、そっけない口振りで応対しながらも、期待を隠しきれない様子で視線を動かしている。
具体的に何を思い浮かべているのかまでは分からないけれど、期待外れの肩透かしにだけはさせないつもりだ。
本当は宴会が終わるまで待っていた方が良かったのかもしれない。
家に帰って、誰にも邪魔をされず、立ち聞きもされない状況を整えてから伝えるべきだったのかもしれない。
けれどフローレンスと腹を割って遠慮なく会話を交わす俺に、ガーネットが今すぐにでも割って入りたそうに横目を向けていることに気付いたら、とてもじゃないがそこまで先延ばしにはできなくなってしまった。
それに、俺も夜が更けるまで我慢できそうにない。
一秒でも早く答えを聞きたくて仕方がなかった。
「グリーンホロウに来て一年ってことは、お前と出会ってからもうすぐ一年ってことだ」
「……それが、どうしたって?」
「やっぱり記念に贈り物の一つでもしておきたいじゃないか。だから、どんなものがいいのか聞いておきたくてさ」
ガーネットはむすっとした表情を作りながら、しかし赤らむ頬は隠しきれずに、壁から背中を離して俺の足を軽く蹴った。
「別に何でもいいっての……お前が選ぶんなら」
それだけ告げて足早に食堂へ戻っていくガーネット。
俺はその背中を見失わないように、大きな歩幅で隣へ追いつこうとした。
今回で第七章は完結となります。更に連載開始から300話の節目を迎えることができました。
皆様ありがとうございます。
それともう一つ、皆様にお知らせがあります。
本作の書籍版第2巻の書影が、カドカワBOOKS公式サイトにて公開されました。
https://kadokawabooks.jp/product/syuuhukusukirugabannnou/321901000611.html
4ヶ月という比較的短いスパンで発売される第2巻、どうか応援よろしくお願いします。




