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第299話 春の若葉亭の祝宴 前編

 ――それからしばらく経ったある日の夜。


 普段通りに店を閉めてすぐに、俺達は春の若葉亭へと足を運んだ。


 全席貸切の食堂スペースは満員御礼。

 どの席にもよく見知った顔や町の人々が座っていて、豪勢な料理を前に主賓の到着を今か今かと待ち受けている。


「あっ、ルークさん! お待ちしてました!」


 俺達の到着に気付いたシルヴィアが笑顔で駆け寄ってきて、他の皆の視線が一気にこちらへ向けられる。


「悪いな、少し待たせたか?」

「いえいえ、そんなことありませんよ。さぁこちらにどうぞ!」


 シルヴィアに先導され、皆の歓声を浴びながら用意された席に腰掛ける。


 ホワイトウルフ商店を始めてからというもの、何かと人目を集める機会が多くなったが、今日の雰囲気は今まで経験したことがないような盛り上がりようだった。


「それではお集まりの皆様! ルークさんがグリーンホロウに来て一年の記念と、騎士叙勲の正式決定をお祝いしたいと思います! ルークさんからも何か一言ありますか?」

「いや……こんな席を用意してくれただけで十分だよ。皆も思いっきり楽しんでくれ。冒険者の祝い事なんて、主役を差し置いての馬鹿騒ぎが当たり前なんだからな」


 参加していた冒険者達から笑いと歓声が上がり、誰かがよく響く指笛を鳴り響かせた。


 堅苦しい挨拶だの祝いの言葉だのは冒険者(おれたち)には似合わない。

 そんなのはギルドのお偉方となんやかんやをするときだけで十分だ。


 ちょうどいい口実ができたとばかりに集まって、金と酒を持ち寄って思う存分騒ぎ立てる。


 俺にとって祝い事とは長らくそういうものだった。


 ……まぁ俺は冒険者を休業中の身で、騎士になったら大袈裟で儀礼的なパーティなんかにも参加しなければならなくなるのだろうけど。


 グリーンホロウの住人達や冒険者連中、そして身近な人達と喜びを分かち合うなら()()()()()


「じゃ、私はこの辺りで。思う存分楽しんでくださいね」

「あん? お前は食わねぇのかよ」


 おもむろに立ち去ろうとするシルヴィアをガーネットが呼び止める。


 シルヴィアは振り返りながらウィンクを飛ばし、責任感と自信に満ちた笑顔を浮かべた。


「今日の私はもてなす側ですから。春の若葉亭の看板娘として全力で頑張りますよっ」











 祝賀会が続く中、色々な面子が次から次にやってきて、称賛や激励の言葉を投げかけてくれた。


 町の住人に冒険者。町役場の役人もいればギルドの人間もいる。


 何というか不思議なもので、このタイミングでやってくる面々は、普段はあまり顔を合わせない人ばかりだった。


 きっと、決して親密とは言えない間柄だが、かと言ってこの機会に直接祝わないのは不義理である……なんてことを考えずにはいられなかったのだろう。


 普段から付き合いの深い連中は、逆に今あえて声をかける理由がないと考えているらしく、思い思いにパーティを楽しんでいる様子だった。


 ――東方風料理が用意されたテーブルでは、故郷の味を求めたサクラとナギがばったりと出くわして、お互いにムッとした態度で食事を優先している。


 その後ろでメリッサが距離の近さを警戒していたが、どう考えてもあの二人はメリッサが思っている関係ではない。


 ――反対側の大テーブルには、ホワイトウルフ商店の支店のスタッフ達が集まっていた。


 まだグリーンホロウの雰囲気に慣れ切っていない子もいるようだったが、そんな子のところにはすかさずアレクシアが飛んでいって、いつもの調子で話を盛り上げている。


 ――食堂の奥側のテーブル二つを占拠しているのは、トラヴィスが率いる冒険者パーティの一団だったが、何やらいつもと雰囲気が違う。


 よくよく見ると、いつの間にか混ざり込んでいたレイラがトラヴィスの隣をキープしていて、パーティメンバーが囃し立ててはリーダーを困らせるという構図が出来上がっていた。


 ――最も隅の小さな二人掛けの席にいるのは、ノワールと虹霓鱗(こうげいりん)のヒルドという想定外の二人組だった。


 前髪の長いノワールと、屋内でもフードを外さないヒルドの取り合わせなので、どんな表情で会話を交わしているのかは分からない。


 しかし話題の内容はおおよそ見当がつく。

 恐らくは魔法使いの立場から、この前の古代魔法文明について語り合っているのだ……と思いきや、二人してくすくすと楽しげに笑い出した。


 ……本当に魔法使いならではの話をしているのだろうか。

 少し自信がなくなってきた。


「(とにかく、皆も楽しんでくれてるみたいだな)」


 そんなことを思ったところで、正面入口の扉が開く気配がして、食堂に四人の男女がやって来た。


「ごめんねルーク、会議が押しちゃって」

「わー、すっかり盛り上がってる。私も混ざっていいかな」


 やって来たのは支部長のフローレンスと娘のリサ、そして勇者エゼルと従者エディの姉弟であった。


 一番近くにいた酒場兼ギルドハウスの看板娘のマリーダが、酔いでほんのり赤らんだ顔で四人を迎えに出る。


「いらっしゃーい。どうぞどうぞ遠慮しないで。リサちゃんもこっちにどうぞ。お母さんはご挨拶があるみたいだし、お姉さんと遊びましょ」

「待て待て、テメーは教育に悪いだろ。エリカ、頼めるか?」


 ガーネットがほろ酔いを一歩踏み越えたマリーダを席に戻らせて、たまたま近くにいたエリカに呼びかける。


 エリカはフォークでごっそり持ち上げていたパスタを慌てて口に突っ込み、リスみたいに頬を膨らませてからブドウジュースを飲み干した。


「……ぷはっ! えっと、やっぱりリサちゃんも来たんだ。ママの用事が終わるまでこっちおいでよ」

「うん、じゃあそうする」


 俺達がギルド支部を訪れると、エリカはよく母親の仕事が終わるのを待つリサの相手をしていた。


 だからリサにとって、エリカはこの場の人間で母親の次によく慣れた相手だったらしく、人混みを縫ってすぐにエリカの隣へと向かっていった。


 フローレンスは申し訳無さそうに微笑んでエリカに一礼してから、俺がいるテーブルへとやって来た。


 ガーネットは勇者エゼルに捕まって一緒に飲むことになったようで、俺とフローレンスの二人だけでテーブルを挟む形になった。


「おめでとう。これからもよろしく……って言った方がいいのかしら」

「騎士団の役割を考えたら、ギルド支部とは二人三脚の関係になるだろうからな。不相応にも程があるぞ、まったく」


 背負うことになった役割の重さに愚痴を漏らすと、フローレンスはくすりと笑みを溢した。


「大丈夫よ。私が保証する。貴方は確かにスキルが一つしか使えなくて、冒険者としてはEランク止まりだったかもしれないけど……一人の人間としては凄い人だもの」

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