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第289話 夢幻都市をゆく

「ただの夢にしては異様に現実的……やっぱりこいつは『右眼』を分析しようとしたことが原因で、この町は……くそっ、まさかガーネット達も巻き込まれちゃいないだろうな」


 都市を見下ろす高台の公園で息を整え、ようやく体がまともに動くようになるところまでコンディションを回復させる。


 もしも俺の考えの通り、ヒルドの魔法で『右眼』の分析を試みたことでこの状況が引き起こされたなら、一緒に意識を失ったガーネットとヒルドも引きずり込まれている可能性がある。


「(とにかく優先順位を決めないと。まずはガーネット達と合流だ。もしかしたらここにはいないかもしれないが……ここから脱出する方法を考えるのは二の次だ)」


 これは感情的な理由で決めた優先順位ではない。


 幸か不幸か周囲には動くものの気配がしないとはいえ、危険な存在がどこにもいないという保証はなく、ガーネットとの合流は生存のためにも必要不可欠である。


 そしてヒルドは俺やガーネットにはない魔法の知識を持っているから、もしかしたらここからの脱出手段を見つけられるかもしれない。


 だからこそ、二人との合流が最優先なのだ。


 俺一人で解決のために駆けずり回っても、いい結果が出るとは到底思えない。


「ガーネット! いないのか、ガーネット!」


 声を張り上げながら無人の都市をひたすら走り回る。


 この都市は間違いなく夢幻(ゆめまぼろし)。ひょっとしたら何もしなくても自然と目が覚めるのかもしれないが、安易な楽観論に身を委ねることはできなかった。


 隅々まで手入れの行き届いた路地を走り抜けようとしたところで、ずっと望んでいた声が無人の町に響いた。


「白狼の! そこにいるのか!」


 全速力で駆け寄ってくる小柄な人影。

 霧が立ち込めていようとすぐに誰なのかを理解できる。


 ガーネットは俺にぶつかってきそうなほどの勢いで距離を詰め、(すんで)のところで急停止した。


「ふぅ、見た感じ大丈夫みてぇだな……おかしいところとかあったらすぐに言えよ。こんな訳の分からねぇ場所じゃ、体に何があってもおかしくねぇからな」

「お前こそ無事で良かった。やっぱり気がついたらここに?」

「ヒルドの奴がお前の『右眼』を分析してたら、急に視界が霞がかって意識が遠のいたんだ。くそっ、まさかあいつがしくじったんじゃねぇだろうな……考えたくはねぇけどよ」


 ガーネットは安堵の感情と苦々しさが入り混じった様子で、油断なく周囲を警戒している。


「俺が見た限り、ここには動くものがないみたいだ。生物はもちろんとして、()()()()()()()()()()()も含めてな」

「揃って同じ幻覚でも見てんのか、気を失ってる間にどっかへ飛ばされちまったのか……くそっ、ノワールがいりゃ何か分かったんだろうけど、オレじゃ全然ダメだな」

「多分、精神(こころ)だけがここに引きずり込まれたんだと思う。魔法の専門家じゃないから想像だけどさ」


 仮にこの都市の正体が俺の想像通りなら、人間以外にもゴーレムの類が闊歩していてもおかしくはない。


 それすら見当たらず、人間どころか野良猫や鳥の類すら存在しないということは、恐らく『町並みだけを再演した模倣品』なのだろう。


「確かお前には、『右眼』を得るときに見た光景を話してあったよな」

「何もない真っ白な空間で、ドワーフの神様を名乗る妙な奴と出くわして、体を明け渡せだの何だのと言われたんだろ? それがどうか……まさか、おい」

「そのまさかだよ。具体的にどうとは言いにくいんだけど、肌に感じる感覚があのときとよく似てるんだ」


 根拠として提示できるほどの客観性があるわけではない。


 あくまで主観的な話だが、魔王ガンダルフとの戦いの中で命を落としかけ、アルファズルとの問答の末に『叡智の右眼』を得た空間――あそこにいたときの奇妙な肌感覚を思い出さずにはいられない。


「お前が言うなら信じるしかねぇな。けどよ、だとしたら相当な厄介事だぜ」

「とにかくヒルドを探そう。あいつの魔法がきっかけになったんだから、どうにかする手段も知ってるかもしれない」

「もし何も分からなかったら?」

「そのときはそのときさ」


 ガーネットは腕を組んで口元にてをやった格好でしばし考え込み、今後の探索方針について提案をしてきた。


「オレが目を覚ました場所に戻ってみよう。かなり目立つ建物だから、ヒルドが立ち寄ってるかもしれねぇ。奇妙なモンが転がってるんで物騒な気はするけどな」

「分かった、行ってみよう」


 提案を受け入れ、ガーネットの案内で薄い霧の町を駆けていく。


 そうしてしばらく進んだところで、俺達は川もないのに設けられた橋の(たもと)に辿り着いた。


 人工的に掘り抜かれた深い溝が高台を横切り、大きな橋がそれを越える形で架けられている。


 まるで水のない大水路だ。

 橋の下に目をやってみたものの、霧が立ち込めていて底に何があるのかよく分からない。


「ほら、アレだ。見えるだろ? 人工的な崖の底から上まで(またが)ってるでけぇ建物だ」

「本当だ……一体何のための建造物なんだ?」

「さぁな。オレが思うに、この深い溝の底まで下りるための通路みてぇなもんなんだが、とにかく行ってみるぞ」


 漠然とした輪郭とガーネットの説明だけでは理解が及ばない。


 とにかく現物を見るのが一番だと考え、陸橋を渡りきってから謎の建築物の地上部分へと踏み込んでいく。


「外観はちょっとした宮殿並、だけど内部はがらんどうの大ホールか……」

「大勢の人間をここで待たせておくスペースって感じだろ。多分、この建物の本体は崖の下だ」


 豪華絢爛な建物の内部を横切り、本来なら番兵が控えていたであろう簡易な検問ゲートを無断通過して、崖の底に相当する場所へ繋がる長い階段を下りていく。


 辿り着いた先は、ちょうど枯れた水路のような人工的な谷の底で、こちらも全体が天井の高いホール状の構造をしていた。


 上にはなかった最大の特徴。それは床面に何本もの長く浅い溝が並行して掘られ、それらの底に幅広の軌条(レール)らしきものが敷かれていることだった。


「おい、これって軌条(レール)だよな。鉱山なんかのトロッコを走らせる奴だろ。どうしてこんな町中にあるんだ」

「しかもやたらとでかい上に金属製ときた。んで、わざわざこんな代物を敷いてまで走らせたかったらしい代物が……アレだ。悪い冗談だぜ、まったく」


 ガーネットが顎で軌条(レール)の奥を指し示す。


 そこに鎮座していたのは巨大な金属構造体。

 馬車の客車を何倍にも大きくしたような車が十台以上も縦に連結し、それらの先頭には複雑な機巧の塊としか思えない巨大なモノが連なっていたのだった。

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