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第288話 遥かな過去へのアプローチ

 その日の営業が終わったあとで、俺とガーネット、そして虹霓鱗(こうげいりん)騎士団のヒルドは約束通りに『叡智の右眼』の分析に取り掛かることにした。


「そ、それでは早速ですが、『右眼』を拝見させていただいても……!?」


 ヒルドは興奮を抑えきれない様子で、いささか過剰なほど調査に前のめりになっている。


 こうなるのも無理はないのかもしれない。

 長年を掛けて取り組んできた研究が進展する可能性があるのだから。


「分かった。それじゃあ『右眼』を発動させた方がいいか?」


 椅子に腰掛けてヒルドから顔を見やすいようにする。


「まずはこのまま分析させてください。平常時でも左目との間に何らかの差異があるかもしれません」

「了解。魔法については詳しくないからよろしく頼むよ」


 ヒルドが俺の正面に立ち、顔を左右から包み込むように手をかざして、囁くように呪文を唱えながら穏やかな魔力を注ぎ込んできた。


 本人にも言った通り、俺は魔法のことは素人同然だが、それでもこの魔力に敵意や害意が込められていないのは分かる。


 すぐ隣で立ち会っているガーネットもそれは理解したらしく、過度な警戒心は抱かずに様子を窺っていた。


 やがてヒルドが呪文の詠唱を止めたので、分析の途中経過について尋ねてみる。


「……どうだ?」

「左右の眼球に違いは見受けられません。何かしらの痕跡があればと思ったのですが……」

「発動させていなければ普通の目と変わりないっていうのも、研究の上では重要な発見じゃないか?」

「そうですよね。では次に、発動中の『叡智の右眼』を分析させてください」


 一番大事な用件がそれなのだから、断る理由など最初からない。


 俺は椅子に座ったまま右手を目にかざし、右眼球を【分解】して青い炎のような魔力の塊――『叡智の右眼』へと作り変えた。


 ヒルドが緊張に息を呑む。


 長い時を生きたエルフですら見たことのない存在。


 エルフの中でも特別な、古代魔法文明が健在だった頃から存命のハイエルフだけが知る、後に神と呼ばれる男の右眼に宿った力。


 ――いや、これを知っているのは普通のハイエルフだけではなかった。


 魔王ガンダルフ。

 遠い昔に地上侵略を試みたものの、古代魔法文明との関係が疑われる地下深くの勢力に敗れ、『魔王城領域』において再起を図っていたダークエルフの王。


 奴もこの右眼を見た瞬間に『アルファズルの右眼か』と看破していた。


 何故ガンダルフが一目でそれを見破ることができたのか、あのときは見当もつかなかったし、理由が分かることもないだろうと思っていた。


 しかし、今ならば納得できる仮説が思い浮かぶ。


 恐らくはガンダルフもエイル議員と同様に、古代魔法文明が存在していた時代を生き、生前のアルファズルと出会っていたのだ。


「では、僭越ながらこのヒルド・アーミーフィールド……いえ、ヒルド・フォールクヴァング、団長殿の『叡智の右眼』を調べさせていただきます」


 ヒルドは亡命前の姓と思しき名前で格式張った名乗りをし、今度は右眼だけに両手の魔力を集中させて呪文詠唱を再開した。


 右眼窩の内側で二種類の魔力が混ざり合う感覚がする。


 具体的にどんな感覚か表現するのは難しい。

 気体になった体の一部が別の気体と混交していくようだというか、その部分だけが眠りに落ちて薄まっていくというか……自分でも何をイメージしているのか分からないくらいに、曖昧で独特の感覚だ。


 そうしてヒルドの魔力が右眼の深いところまで浸透した瞬間、突如として異変が起きた。


「なっ……!」


 ぐらりと視界が歪み傾く。


 まさか魔力の干渉で体に良くない反応が起きて目眩がしたのか。


 とっさに浮かんだその考えは、ヒルドもガーネットも立ち眩みを起こしているのに気付いたことで、すぐに頭の中から追い出された。


 違う、俺だけじゃない。この場にいる全員の何かがおかしい。


 しかしそれ以上の思考を働かせる時間はなかった。


 急速に霞がかっていく視界。

 遠ざかっていく、ガーネットが俺の名を呼ぶ声。

 失われる上下左右の感覚。


 意識を喪失させたヒルドが俺の胸に倒れ込んだ感触を最後に、五感の全てが霞に飲み込まれて消え失せてしまった。











 ――目を覚ましたとき、俺は石造りの床の上に……いや、石造りの()()らしき路面の上に倒れ込んでいた。


「つっ……一体、何が起きたんだ……」


 上半身を起こし、まだぼうっとしている頭を無理やり働かせて周囲を見渡す。


 屋外だ。空は薄い雲に覆われ、周囲もうっすらと霞がかっているが、十分に明るいと言える程度の光が降り注いでいる。


 どこかの町だろうか。少なくともグリーンホロウではない。

 王都やトライブルックともまた違う。


 やたらと縦に長い建物が立ち並び、それでいて随所に樹木が植えられて緑が添えられた町。


 霧のせいで遠くまでは見通せないが、綺麗に整備された都会だということは分かる。


 まだふらつきが残っているので、建物の外壁に手をついて歩いていると、路面を貫いた金属の管が壁に沿って垂直に伸びているのを見つけた。


 発動したままの『叡智の右眼』から得られた情報を信じるなら、この金属管の中には魔力が流れているとのことだ。


「魔力の流れる……金属管……? あっちの建物にも、向こうにもある……まさか、これを介してどこか遠くから魔力を運んで、建物の中の魔道具を動かしているのか……?」


 何となく頭に浮かんだ考えを口にしてみたが、そんな機構を備えた町など知らないし、そもそも実現可能なのかも分からない。


 視線を上げたことで、路端に規則正しく立ち並ぶ細い柱の先端に、提燈(ランタン)のようなものが取り付けられているのが目に入った。


 手作業で火を灯せるような高さではない。

 そもそも『右眼』が普通の提燈(ランタン)ではないと告げている。


「これは……魔力灯……あの金属管と同じ要領で、地面の下の本流から枝分かれさせた魔力の流れを提燈(ランタン)に……」


 魔力を燃料代わりにして明かりを得ること自体は不可能ではない。


 一部のダンジョンの光源も魔力の発光を利用しているから、冒険者にとってはむしろ馴染み深いとすらいえる。


 だが、それをここまで大掛かりな仕掛けで町中に張り巡らせるだなんて、少なくとも俺が訪れたことのある土地ではあり得なかった。


 アレクシアの故郷であり機巧技術の総本山たる複層都市ならあるいは……とも思ったが、それすらも確証には至らない。


「くそっ、ノワールかアレクシアがいれば詳しく分かったかもしれないのに。俺もあいつらに何か教わっておくべきだったか?」


 気を取り直して、そのまま先を急ぐ。

 それなりに歩いてみたが一向に他の人間と出会わず、それどころか人の気配すらしなかった。


「……やっぱり、これは夢なんだろうな。現実なわけがないに決まってる」


 しきりに独り()ちながら、時間そのものが止まってしまったかのような無人の町を歩いていると、やがて開けた公園のような場所にたどり着く。


 どうやらここは周囲の土地よりも標高のある高台だったらしく、公園の端からは高台の下の平地を見渡すことができた。


「本当に夢だとしたら……まさかここは……この夢は……」


 眼前の光景を信じられず、思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。


 地平線の向こうまで広がる都市。

 随所にそそり立つ高層建築と高い塔。


 そして何よりも信じがたいのは――山のように巨大な、樹木と機巧が混ざりあったかのような大樹が、我こそが町の中心であると言わんばかりに天を衝く姿であった。

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