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第287話 何事もない狭間の一日

「ひとまず、今日のところは解散ということにしないか。もう夜も更けているからさ」


 俺が『右眼』の分析を後日にしようと提案すると、ヒルドは物凄く残念そうな表情を浮かべた。


 長年に渡って続けてきた探究に進展があるかもしれないのだから、こんな反応をしてしまうのも仕方がないのかもしれない。


「せっかく分析するなら、時間を掛けられるときにじっくりした方がいいだろ? 今から取り掛かっても、時間を考えたらすぐに切り上げることになるんだから」

「……分かりました。団長殿の仰るとおりです。一年や二年なら待てますので、都合のいい時期をご指定ください」

「大袈裟だな……明日の仕事が終わった後とかでもいいんだぞ」


 もしかしたら、ヒルドは大袈裟な表現をしたわけではなく、本気でそう考えているのかもしれない。


 エルフは魔族としても寿命が長い長命種だ。

 古代魔法文明滅亡前から存命のハイエルフほどではないにせよ、ヒルドも数百年の時を生きてきた可能性がある。


 そんな種族の時間感覚が人間と同じであるとは限らず、一年や二年であっても、人間の一週間や一ヶ月と大差がなかったりするのかもしれない。


 まぁ、俺もエルフの時間感覚を理解しているわけではないので、その辺りはただの想像なのだが。


「明日かそれ以降に、今度は神官達も連れて正式な挨拶に来るんだろ? その後で、神官達を先に帰らせてから分析に取り掛かればいいんじゃないか?」

「なるほど! ではそのようにお願いします!」


 こうして俺達は『右眼』をエルフの魔法で分析する試みを約束し、今夜はひとまず解散することになったのだった。











 ――それから一夜明けた営業時間中、ヒルドと虹霓鱗(こうげいりん)騎士団から派遣された神官の一行が()()()ホワイトウルフ商店を訪問した。


 とはいえ特別なことをするわけではなく、形式的な挨拶や書類のやり取りを済ませただけで用件が終わり、仕事の邪魔をしないようにと早々に引き上げることになった。


「私はまだ話し合うことがありますので、もうしばらくここに残ります。皆さんは宿の温泉で旅の疲れを癒やしてください」


 ヒルドが神官達を帰らせた後で、今度は応接室を兼ねたリビングで騎士団としての話し合いに取り掛かる。


 今日の用件の半分は『右眼』の解析だが、四分の一は先程の神官達との挨拶で、残り四分の一は今から始める会議である。


 確かに『右眼』の解析は俺にとっても興味深いけれど、騎士団の活動開始に向けた準備の方が優先だ。


「こちらの書類が、騎士団本部および居住地に関する虹霓鱗(こうげいりん)の要請の一覧になります。要約いたしますと、記載された神々に関する礼拝施設を本部に設けてもらいたい……ということですね」

「ええと……かなり数があるな」

「十二の騎士団から人員をかき集める以上は致し方ないですね」


 ウェストランド王国の信仰は地域によって千差万別。

 大部分の信仰を網羅したという王都大神殿は、大きな劇場三つ分の建物に所狭しと祭壇が立ち並ぶ状況だったほどだ。


 ましてや騎士団は、元を辿れば戦乱の時代に各国の騎士が結んだ同盟を原型とする。


 俺は信心深くないのであまり詳しくはないが、騎士団ごとに信仰対象や信仰形態が違ったとしても何の不思議もない。


「万神殿みたいに一ヶ所のホールに纏めたとしても、祭壇一つごとに十分なスペースを持たせるとなると……うーん、結構きついことになりそうだ」


 頭の中でパズルを組み立てるように、現時点で構想されている複数の本部設置案に関して、要求通りの祭祀施設を設営できるか考察する。


 しかし、なかなか都合のいい結果は出なかった。


 これまでの想定よりも神殿区画が広くなりそうなので、既存の建物を流用する案ではうまく収まりきらないかもしれない。


「やっぱり各騎士団の要望を取り入れた新築案が一番かもな。どうせ建てるなら宿舎も併設したら良さそうだ」

「けど、新築するにゃ敷地の確保が問題なんじゃねぇのか」


 二人分のハーブティーを持ってきたガーネットが、横合いから突っ込みを入れてくる。


 ガーネットの言う通り、関連施設を新築する案の問題点は用地確保だ。


 ギルド支部と黄金牙騎士団の要塞からの往復がしやすく、なおかつ構成員の生活が不便になり過ぎない場所を選ばなければならない。


「一応、候補地はあるんだよ。そっちもそっちで問題が残るんだけどさ」

「候補地? どこだそれ」

「ここだよ、ここ」


 リビングの椅子に座ったままで、店の前の道路がある方向を指差す。


「ホワイトウルフ商店の周辺、グリーンホロウの市街地と『日時計の森』を繋ぐ通りに面した立地だ。これならダンジョンとの行き来も町への移動も楽になるだろ」

「いやまぁ、そりゃそうだろうけどよ。この店のすぐ近く以外はほとんど森じゃねぇか。拓けてる土地は本部と宿舎をおっ建てるにゃ狭すぎ……ああ、問題ってそういうことか」


 ガーネットは納得できた様子で頷いたが、土地勘のないヒルドが不思議そうにしているので、自分の口からも詳細な説明をすることにした。


「ここに来るときに坂道を通っただろ? あの道の左右の森を切り拓いて、新騎士団の本部と宿舎を建てるのはどうだろうって話してるんだ」

「んで、問題ってのは単純に『木を切り出す手間がある』ってことだな。資金や人手はすぐに確保できるとしても、余計な時間が掛かっちまうのはどうしようもねぇ」


 準備に費やす時間が最も短いのは既存の建物を流用する案で、次は既に拓けた土地を利用する案。


 森を切り拓いてこの店の近くに建てる案は、時間も含めた建築コストの面では最も劣悪だ。


 しかし立地自体は悪くなく、手間さえ惜しまなければ、必要な面積の土地が必要な形で手に入るメリットもある。


「なるほど! それは良いかもしれませんね。私達に決定権はありませんが、個人的にはその案を推させていただきます。何より周囲が深い緑に覆われているというのが実に良い!」


 何ともエルフ的な理由の推薦を受け、ひとまず今回は『ホワイトウルフ商店周辺に新築する』という案を最有力にするということで、ヒルドとの話し合いを終わることにした。


 閉店時間までしばらく時間を潰しておくようヒルドに言ってから、店舗の方に取って返してノワールを休憩に行かせ、入れ替わりに会計カウンター裏の椅子に腰を下ろす。


 新騎士団結成の準備にホワイトウルフ商店の通常業務。


 やることばかりで忙しない毎日だが、同時に強い充実感も覚えていた。


「いやぁ、随分と様になってるんじゃないですか」


 隣のカウンターのアレクシアがニヤッとした笑みを投げかけてくる。


「ルーク君が騎士団長だなんて聞いたときには、いよいよ日頃の疲れが祟って幻聴が聞こえるようになっちゃったかと覚悟したものですが。卒なくこなせているようで私も鼻が高いですよ」

「何様だよ、お前は」


 昔馴染みだからこその()()()()()冗談と悪態を交わしながら、お互いに微笑みを浮かべ合う。


 騎士団という新たな世界に踏み入れることになったとしても、これまでに築いてきた関係性が壊れることはないだろう――そう確信できる一瞬であった。

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