第284話 設立に向けた下準備
シルヴィアとサクラに秘密を打ち明けてから数日、俺は騎士団の設立に向けた下準備のためにグリーンホロウの町役場を訪れていた。
騎士団の正式な発足はまだまだ先のことだが、その日に向けた下準備は前々から進めていなければならない。
現状、新騎士団については多くの部分が未定であるものの、少なくとも騎士団の所在地がグリーンホロウになることだけは確定している。
魔王城地下の探索を統括することが仕事なのだから、『魔王城領域』から遠く離れた場所に仕事場を置いても何の意味もないのだから。
今からでも見繕っておけるものはいくつかある。
例えば騎士団の事務仕事を行う場所の準備。
例えば関係者が生活を送る宿舎の用意。
兎にも角にも重要なのは『場所』だ。
かねてからの冒険者と騎士の増加で好景気に沸くグリーンホロウでは、空いた建物や土地はやたらと競争率が高く、土壇場になって探しても見つからない可能性が高い。
それに、建物や土地だけ手に入れても意味はないわけで。
建物の新築や改築、そして建物内に入れる設備の類も見繕っておく必要がある。
というわけで、今日は関係各所の責任者達に集まってもらい、その辺りの話し合いをすることにしたのだった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。ええと、既にご存知のこととは思いますが……不肖、白狼の森のルーク、国王アルフレッド陛下より騎士身分と新騎士団団長の地位を賜ることになりました」
町長の老人。春の若葉亭の女将。ギルドハウス管理人のマルコム。
その他、グリーンホロウで物流や建築に携わる職業の組合長達。
冒険者ギルドホロウボトム支部支部長のフローレンス。
銀翼騎士団副長兼グリーンホロウ臨時支部支部長のフェリックス。
フェリックス以外の面々にも予め事情を説明してあるので、改めて驚かれるようなことはない……と思っていたのだが、何人かは『あの話は本当だったのか』と言いたげな反応を見せていた。
「つきましては、新騎士団の事務所や宿舎の設営場所および詳細についてご意見をいただきたく、この場を設けさせていただきました」
「騎士団の初期編成についても説明をお願いします」
「はい。設立時点での所属騎士は最大十二名が予定されていますが、全て各騎士団からの出向になりますので、到着時期は未定かつ派遣の有無も現時点では断定できません」
フェリックスから助言を受けながら、会議の司会進行をしっかり務めていく。
この会議は他の誰でもない俺自身のための話し合いだ。
俺が責任を持って進行させなければ意味がない。
「最大十二名が常駐でき、なおかつある程度の警備と防衛が可能であること……それがひとまずの前提事項です」
「ホロウボトムの要塞や支部に部屋を借りるというのは?」
最初に挙手をしたのはフローレンスだった。
騎士叙勲の件を伝えたとき、フローレンスはまるで我が事のように喜んでくれた。
昔馴染みである俺がいつまでも最底辺でくすぶっていることがずっと不安でしょうがなく、ここ最近の別分野での頑張りを嬉しく思っていたのだが、まさかここまで行き着くとは想像もしていなかったのだそうだ。
まぁ、それはそうだろう。
俺自身も全く想像できなかったのに、他の誰かが想像できていたらそちらの方が驚きである。
「要塞と支部については王宮から『併設を避けるように』との指示を受けています。新騎士団はギルドと黄金牙騎士団の仲介役という面が強いので、どちらかの影響を強く受けるのは望ましくないとのことです」
「あら、場所を貸すだけだから干渉はしませんよ?」
「相手方から疑われないようにすべし、ということですね。騎士団の要塞に本部を構えた騎士団から監視される……なんてことになったら、何のための新組織なんだと不満を抱く冒険者が出てくるでしょう?」
仲介団体の中枢が冒険者ギルド支部にあったら黄金牙は快く思わないだろうし、逆に騎士団の要塞にあったら冒険者達から快く思われないことだろう。
新騎士団はあくまで中立、両者のどちらにも属すべきではないというのが王宮の意見だ。
どちらかに偏った立場になるかもしれない、なんていうのは疑いすら抱かせない方がよく、だからこそ騎士団の拠点を設ける場所は吟味されなければならないのである。
「もちろん要塞と支部の両方に出張窓口を設ける予定です。それらの運営は、当面の間は騎士団とギルドに委任することになると思います。今日は騎士団本部や宿舎などを置く場所の選定を中心に話し合いたいところですね」
司会進行を進めているうちに、段々とこの役割にも慣れてきた。
前々からホワイトウルフ商店の経営会議を取り仕切っていた経験の賜物だろうか。
冒険者時代はあまりパーティを率いる立場にはならなかったので、なかなかに新鮮な心持ちだ。
「それでは皆様も、忌憚のないご意見をお聞かせ願えますか」
「ふぅむ、騎士様達を受け入れられる宿や貸し住宅はありそうかね」
町長の老人が町の代表達に問いかける。
「十三名を一度にですか。うちの宿も今は部屋が足りませんね。空き部屋を少しずつ確保していけば対応できそうですけれど」
春の若葉亭の女将が宿泊業者の立場から質問に答えた。
「全員を同じ宿で受け入れるのではなくて、それぞれ違う宿から出勤していただくというのも一つの案かと。銀翼騎士団の方々もそうしておられますし」
「むしろ新しく建てちまったらどうだ?」
そう発言したのは建築業者の代表だ。
「宿舎と本部を一ヶ所にまとめてドカンと建てちまうのよ。そうすりゃ仕事場に行くのも楽だし、宿の部屋を探す手間だって省けるだろ」
「だが用地の確保が問題だろう」
「悪くないとは思いますけど、町外れに建ててしまったら申請や手続きに行くのが不便そうですね」
彼の新築案に町長とフローレンスが懸念を表明する。
新騎士団は騎士団とギルドの仲立ちが役目であり、必然的に両者から諸々の報告や申請を受け取ることになる。
不便な立地に建ててしまったら、いちいち赴いて手続きをするのが大変になってしまう。
侃々諤々の意見交換が繰り広げられているのをしばし見守っていると、隣に座っていたフェリックスが整った女顔を綻ばせて笑いかけてきた。
「なかなか堂に入っていますよ。うちの団長とギルバート卿の人を見る目は、何だかんだでやはり確かなようです」
「やめてくださいよ、まだまだこれからなんですから」
若くして副長にまでなった男に褒められると、やはりどうしようもないくすぐったさを感じてしまう。
まだまだこれから――そう、俺はまだ最初の第一歩すら踏み出していない。
騎士団という初めて踏み入れる未知に向かう準備をしている段階に過ぎないのだ。
そのことを改めて自分に言い聞かせ、まずは最初の一仕事として、この会議を滞りなく進めることを心に決めたのだった。




