第283話 今こそ君達に打ち明けよう 後編
「ええとですね、ルークさん。実は私達も内緒にしていたことがありまして。いい機会ですから打ち明けさせてください」
予想外の事態に困惑する俺に対して、シルヴィアはどこか申し訳無さそうに事情を説明し始めた。
「おばあちゃんから『たまには王都へ遊びに来い』って誘われてるって話、前にもしましたよね」
「ああ……言ってたな、そんなこと」
確かあれは、ガーネットが王都の父親から呼び出しを受けて、グリーンホロウを離れてすぐのことだったか。
「結局、なかなか遠出する機会がなくってですね。埋め合わせってわけじゃないんですけど、この前おばあちゃんが近くの町に来たときに、一緒にご飯を食べに行ったんです」
「私も道中の護衛として同行しまして、ご相伴に与ったのですが……」
「そのときに、不幸な事故というか認識の齟齬があって……」
彼女の祖母のドロテアは、有名なサンダイアル商会を率いる立場ということもあって、俺が伯爵の夜会の席でアルマに求婚じみたことをしたという情報を即座に把握していた。
しかしながら、俺がその事実をグリーンホロウの面々に――とりわけシルヴィアにも黙っていたとは露知らず、シルヴィアとの会話の中で何気なく言及してしまったのだそうだ。
「すみません……おばあちゃんも想定外だったみたいです。ルークさんが内緒にしてるなら言いふらしちゃダメだと思って、サクラと胸に秘めておこうってことにはしたんですけど……」
「面目ありません。驚きのあまりつい」
「……いや、シルヴィアもサクラも、ドロテア会長も、何にも悪くない。単に俺が油断してただけだ」
慰めや遠慮ではなく、心の底からそう思わされてしまった。
この件に関しては完全に俺が抜けていたことが招いた結果に過ぎないのだ。
「公衆の面前でやっちまった以上、即行で噂になって当然なんだ。王都とグリーンホロウはかなり距離があるから、黙っていれば当面は気付かれないだろうと高を括ってたけど……さすがに考えが甘かったな」
夜会に乗り込んだ俺は、人目を忍ぶことなく、むしろ他の男達に見せつけるくらいの気概でガーネットの手を取った。
ここまでしておいて、夜会の参加者とそこからの横の繋がりで噂が広まらないと思う方がおかしい。
しかし俺は、その噂もグリーンホロウまでは届くまいと考え、様々な秘密と一緒に然るべき時が来るまで隠しておこうとしていた。
当てが外れて身近な奴らに噂が届いたからといって、誰かを責めたり恨んだりするのはお門違いも甚だしい。
非がある奴がいるとすれば、それはむしろ俺一人。
王都でドロテア会長と対面したときに、後々のことまで考えて口止めをしておかなかったのが悪いのだ。
「そもそも他の隠し事と違って、この件はバレたところで何の問題もない事柄だしな。単に俺達が照れ臭い思いをするってだけでさ」
照れ隠しも兼ねてわざとらしく笑ってみせる。
騎士叙勲や新騎士団の件が広まるのは、完全な情報漏洩であり大問題だ。
ガーネットの本当の性別と、双子の妹ということになっているアルマの正体も、決して他人に知られるわけにはいかない。
だが、俺とアルマがそういう関係になったことは、夜会の参加者達の間では公然の事実。
グリーンホロウに帰ってから秘匿していた理由は、純粋に個人的な感情の問題に過ぎなかった。
「シルヴィア達が気にすることじゃないし、むしろ気を使ってくれてたことに感謝しなきゃいけないくらいで……」
さりげなく隣に目をやると、ガーネットは溢したハーブティーの後始末をするという名目で、自然にテーブルから離れて話題の矛先から逃れていた。
なかなかに判断が早い。
さすがにこの流れで平常心を保つのは無理だったか。
「改めて、本当におめでとうございます」
笑顔の横でぽんと手を叩くシルヴィア。
「実を言うと、騎士団長の妹さんと婚約するかもしれないって聞いたときに、もしかして噂通り騎士になって町を出ちゃうんじゃないかって不安になったんですけど……」
「あっ、もしかして。この前、真面目な顔して『もしも騎士になったら武器屋を辞めて町を出るのか』なんて聞いてきたのはそのせいか」
セオドアからの呼び出しの伝言を伝えられた日の午前中、家と店舗の大掃除をやっている最中のことだ。
新しい騎士団が町に来るかもしれないだの、俺が騎士に叙勲されるだの、根拠はまるで的外れなのに結論だけは当たらずとも遠からずな噂話。
シルヴィアはそれらの存在を俺に教え、もしも噂が本当なら町を出るのだろうかと尋ねてきた。
所詮は噂と一笑に付した直後にしては真剣味のある質問だったが、アルマとの一件が耳に入っていたなら頷ける。
「だけど、予想できてたなら驚くことはなかったんじゃないか?」
「びっくりするに決まってますよ! もしかしたらそうなるかもってくらいの想像が大当たりなんですし、こんなに早いのも驚きです! しかも二つの騎士団からスカウトなんて凄いじゃないですか!」
テーブルに身を乗り出して熱弁を振るうシルヴィア。
その隣でサクラもしきりに頷いている。
二人にとって、俺が騎士になるかもしれないというのは、あくまで可能性は否定しきれないという程度の想像に過ぎず、本当だったら心底驚かずにはいられない案件であったようだ。
「だったらもっと驚かせてやったらどうだ?」
席を外していたガーネットが布巾を持って戻ってきて、テーブルに溢したハーブティーを拭き取りながら、横合いからさり気なく煽りを入れてきた。
ここで終わらずに全て打ち明けてしまえと背中を押された気分だ。
「えっ、まだ何かあるんですか?」
「……細かい経緯は省くけど、二つの騎士団が人材の取り合いで対立するのはよくないと判断されてさ。それに加えて、黄金牙騎士団が冒険者との仲介役になる団体を欲しがっていたのもあって……」
深く深呼吸をしてから、騎士叙勲よりも遥かに重大な秘密を告白する。
「魔王城の地下探索を監督する騎士団が新設されて、俺がそこの団長に据えられることになったんだ」
再びリビングが静まり返った。
今度は二人共、俺の発言の意味をすぐには理解できなかった様子で、一言一句を思い出しながら順番に解釈し直して――
「えっ、ええええええええっ!?」
「なあっ!? き、聞き間違いではありませんよね!」
――さっきよりもずっと大きな驚きの声を上げた。
多少なりとも予測ができていた騎士叙勲の件とは違い、こちらは完全に想定外。
シルヴィアもサクラも目を白黒させていて、ガーネットはそれを楽しそうに眺めていた。
「といっても、ようやく本決まりになって準備を始めようとしてる段階なんだけさどさ。これから二人にも色々と迷惑かけるかもしれないけど……」
「任せてください! 春の若葉亭にできることならどんどん頼ってくださいね!」
「私も剣士として、冒険者として協力は惜しみません。私の力が必要なときはいつでも仰ってください」
二人から頼りになる言葉を受け取ったことで、胸の中の不安感がまた一段と薄らいでいく。
秘密を打ち明けるということは、頼ることができる相手が増えるということだ。
昨日までは限られた相手としか情報を共有していなかったが、これからはシルヴィアとサクラにも相談をし、力を借りられないか相談することができる。
それが心強くないはずなどなかった。
最前線で孤軍奮闘していたところに増援が駆けつけてくれたような気分だ。
もちろん、これからは俺も相応の立場で彼女達に報いていかなければならないし、その覚悟もできている。
「現時点で話せるのはここまでだ。二人共、今日はありがとうな。わざわざこんな時間まで付き合わせて――」
二人を送り出すために立ち上がろうとした矢先、突如として両肩に重圧が掛かって椅子に座り直させられる。
目の前からサクラの姿が消えている。
まさか【縮地】で後ろに回り込まれて抑えられたのか。
「ルークさん。せっかくですから、もっとお話を聞かせてください。具体的には婚約者さんとの馴れ初めとか色々と!」
……シルヴィアの目が凄く輝いているように見える。
背後のサクラからも同じような反応をしている気配がした。
しまった、完全に油断した。
シルヴィア達がそういう話題に興味津々な年頃だということは、この前の件で再認識したばかりじゃないか。
この展開を予想できなかった自分に対する呆れと、他の面子が居合わせなかったことへの安堵を同時に覚えながら、助けを求めようとガーネットの方に視線を向ける。
「あー、オレちょっと明日の仕事の準備してくるわ。三人でゆっくり話しといてくれ」
またもやさり気なく戦線離脱しようとするガーネット。
その背中にシルヴィアの屈託のない笑顔が投げかけられた。
「良かったですね、ガーネットさん」
「は……はぁ?! 良かったって何だよ!?」
「妹さんのことですよ。よろしく言っておいてくださいね」
「……お、おう」
露骨に焦るガーネットに、シルヴィアはにこにこと笑いかけ続けている。
以前、ガーネットが持ちかけていた妹の恋愛相談――シルヴィアはそのことをきちんと覚えていて、相手が俺だったということも察したうえで、祝福の言葉を贈ろうとしたのだろうか。
それとも実は――いやまさか、さすがにそれはないと思いたい。
シルヴィアの笑顔に底知れないものを感じながら、俺は観念して無難な話題から語って聞かせることにしたのだった。




