第281話 本当の役割
三度目の謁見を終えたその日の夜、俺とガーネットはトライブルック・シティで一泊することにした。
すぐにグリーンホロウへ帰ろうとしたら夜を徹して移動することになってしまうので、出発は明日の早朝ということになったのだ。
宿泊場所は適当な宿にするつもりだったのだが、どうせなら警備の行き届いた場所に泊まるようにと言われ、御用邸の客室を借りることになってしまった。
「……落ち着かないな、ほんと」
割り当てられた客室のベッドに腰を下ろし、率直な感想を口にする。
ベッドも内装も見るからに最高級。
王族や公爵ではなく客人が泊まる前提の部屋のはずだが、隅々まで造りに手が抜かれていない。
王宮の威信やら威厳やらを演出するには最適かもしれないけれど、あまり豊かな暮らしをしてこなかった俺にとっては過剰なほどに豪勢だ。
「今のうちに慣れとけよ。騎士団長様ともなれば、出張のたびに宿で一番いい部屋を割り当てられるもんだぜ」
ガーネットがにやりと笑みを浮かべながら、俺の隣に腰を下ろす。
客室は一人部屋なので、今回はガーネットと同室ではなく、単に様子を見に来たと言って居座られているだけだ。
単にグレードの高い客室を割り振ったらそうなったのか、それともガーネットの性別を把握したうえで配慮してくれたのかは分からないが、その点に関しては感謝している。
いくら何でも、王宮の御用邸でそんな状況に置かれてしまったら、どんな反応をすればいいのか分かったものではない。
「そういうときは、普通のにしてくれって頼むことにするかな」
「駄目駄目。貴族やら格が高い騎士やらをきっちりもてなすのは、宿にとってもアピールできる実績になるんだぜ。もてなされるのも仕事のうちだ。シルヴィアに聞いてもそう答えると思うぞ」
言われて思い返してみれば、これまでに泊まったことのある大きめの宿では、どこぞの貴人を迎え入れて満足させた実績を示す感状やら何やらが、自慢気に掲げられていることが多かった。
というか春の若葉亭にもそんなモノが飾られていたような気もする。
あまり注意を払って見ていなかったので、記憶はかなり曖昧だったが。
「にしてもよ……ルーク・ホワイトウルフに白狼騎士団……いい感じに似合ってんじゃねぇか。エンブレムとかも考えねぇとな。おっと、呼び方もルーク団長とかにした方がよかったか?」
「やめてくれよ、何かムズムズする。今まで通り『白狼の』とかでいいっての」
ガーネットは明らかにからかい半分で笑っている。
いくら騎士叙勲を受け、騎士団長だなんて大仰な肩書を背負うことになったとしても、身近な人達にはこれまでと変わらない態度で接してもらいたいところだ。
特に、ガーネットとの関係だけは変わってほしくない――先に進むのなら別として。
そんな気の抜けた会話を交わしていると、部屋の扉がノックされて鈴を転がすような少女の声がした。
「ルーク様、いらっしゃいますか? アンジェリカ様が面会をご希望なさっています。よろしければアンジェリカ様のお部屋までお越しくださいませ」
多分、アンジェリカに付き従っていた少女達の誰かの声だ。
俺はガーネットと顔を見合わせてから、大事な用事でもあるのだろうかと考えて、アンジェリカ騎士団長の呼び出しに応えることにした。
当然のように俺の後に続いて部屋を出ようとしたガーネットだったが、敷居を跨ごうとしたところで迎えの少女に制止されてしまう。
「アンジェリカ様はルーク様だけをお呼びしておりました。お連れの方はこちらでお待ち下さい」
「はぁ!? オレを連れてくるなとは言ってねぇんだろ?」
「ですね。しかしお連れするように頼まれたのは、ルーク様だけですので」
「頭固ぇな、この餓鬼!?」
別にアンジェリカはガーネットを締め出そうとしているわけではなく、単に伝令役の少女が杓子定規に俺だけを呼びつけようとしているに過ぎないのだろう。
しかし、十歳に達しているかどうかも怪しい少女を強引に押し切るのも悪いので、ガーネットを宥めて俺一人でアンジェリカの部屋へと向かった。
その際にガーネットが送ってきた視線は、明らかに自分以外の異性と会うことを不安視している様子だったが、伝令の少女は全く気がついていないようだった。
「アンジェリカ様。ルーク様をお連れしました」
「お疲れ様。ルーク卿もご足労頂いてありがとうございます。本来なら私の方からお伺いするべきだったのでしょうが」
アンジェリカは部屋の椅子に座り、数名の少女達を周囲に従えた状態で俺を迎えてくれた。
「構いませんよ。ただ、叙勲はまだ受けていないので『卿』は気が早いような……いえ、それよりご用件は?」
「少し機密に触れる話なので、二人きりでもよろしいかしら? 皆もしばらく外で待っていてね」
付き人の少女達は思い思いの反応を見せながら――素直に言うことを聞いたり俺を露骨に警戒していたりと――すぐに部屋から出ていった。
「ガーネット卿も席を外して頂いても?」
「あいつは部屋に残してきましたよ。迎えに来た子が、俺だけを呼んだんだと強く言っていたものですから」
「まぁ……あの子ったら。ごめんなさいね。妹のアルマちゃんに悪い報告をされないと良いのだけれど」
この反応を見る限り、どうやらアンジェリカ卿はガーネットとアルマの本当の関係性は把握していないらしい。
ともかく話を先に進めてくれるように頼むと、アンジェリカは頷いて膝の上に何枚かの書類を広げた。
「先程の謁見では時間が足りなくて言及されませんでしたが、北方樹海連合のエイル議員との対面の件は、その内容も含めてセオドア卿から報告を受けています」
なるほど。さすがにセオドアも、あの一件を王宮に上げずに握り潰すようなことはしなかったか。
「魔王軍、真なる敵、夜の切り裂き魔、地下の高性能ゴーレム、アルファズル、知恵者、そして北方のエルフ――これらの関係性に対しては、王宮も貴方が抱えていると同等の発想に至っていると考えてください」
「古代魔法文明……一連の出来事の全てが、あの未知の存在に関係しているのではないか、ということですね」
「はい。それを踏まえたうえで、こちらを御覧ください」
アンジェリカは膝に広げた書類に指を這わせ、まるで指先で文字を読み取ったかのような正確さで、そのうちの一枚を抜き取って俺に手渡した。
恐らくはスキルによるものなのだろう。
系統としては普通の【鑑定】や【解析】に近いように思えた。
「白狼騎士団に与えられる任務は魔王城地下の探索及び調査の統括ですが、王宮はその調査の目的を『古代魔法文明の実態解明』並びに『一連の事件との関連性の究明』と見なしています」
渡された書類にも同じ旨が記述されている。
もはやそれは、魔王軍の追撃すらも越え、更に先を見据えた目的設定であった。
「つまり白狼騎士団の本当の役割は、古代魔法文明の実態を解き明かすこと……そういう意味ですね。冒険者による魔王城地下の探索はその手段に過ぎないと」
「虹霓鱗騎士団が派遣する予定の神官騎士も、それを前提として人材を選定いたしました。他の騎士団は分かりませんが……少なくとも私達は」
高度なゴーレム技術を持つ古代魔法文明の調査解明。
不思議なものだ。
叙勲を受けて騎士になるよりも、下手をすれば騎士団長に据えられることよりも厄介で大変な役割かもしれないのに、胸が高鳴って口の端が緩むのを止められない。
「現時点では、王宮がこのように考えているのだと把握していただければ十分です。情報解禁の時期の策定も含め、ゆっくり準備を進めてまいりましょう」
俺は新たな役割を快く受け入れて、アンジェリカ卿の部屋を後にした。
どんな未知のダンジョンの攻略よりも心が高ぶる。
興奮するなと言う方に無理があった。
十五年も憧れを追って冒険者を続けてきた俺が、こんな世界屈指の神秘の追及を任されることになったのだから。
……だがしかし、笑みを堪え切れないままにアンジェリカの部屋から戻ってしまったせいで、危うくガーネットから誤解を受けそうになってしまったのはまた別の話である。
カドカワからの公式発表があったので、こちらでも告知させていただきます。
本作の書籍版第2巻が9月刊行に決定いたしました。皆様、応援ありがとうございます。
https://twitter.com/kadokawabooks/status/1156777488837562368
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