第280話 運命の岐路、三度目の謁見 後編
「調査の統括……ですか?」
想定外のことを告げられ、思わずそのまま聞き返してしまう。
自分がそんな職務に向いているとは到底思えない。
確かにこの前の地下探索ではそれなりに仕事ができたが、あれは地下迷宮の崩落箇所の【修復】という限定的な役割だったからこそだ。
仮に【解析】で迷宮を踏破することが期待されているのだとしても、さすがに魔力効率が悪いと言わざるを得ないし、迷宮を抜けた先が開けた地下空間だったらそれすらできなくなってしまう。
アルフレッド陛下ともあろう方がこんなことに思い至らないというのは、とてもじゃないが考えにくい。
「しかし陛下、私のスキルではその大任を果たすことはできそうに……」
「いいや、違うのだルークよ。これはお前の【修復】スキルを期待してのものではない」
まさかの返答を受けて困惑する俺に、陛下は更に困惑せざるを得ない発言で畳み掛けてきた。
「本件の提案者はそこにいるギルバートだ。本人から直接理由を聞いてみるがよかろう」
「御意」
ギルバートがおもむろに席を立ち、俺達の前へ移動してくる。
「よく知っての通り、グリーンホロウの『魔王城領域』では二つの組織が活動している。魔王軍の再攻勢を警戒する我ら黄金牙騎士団と、探索を稼業とする冒険者ギルドだ。一見、適切な役割分担ができているように思えるが、実はそこに陥穽があるのだ」
俺もよく知っている事実を前置きとして、ギルバートは部外者には知り得ない『魔王城領域』の内情について説明し始めた。
「探索は冒険者……とは言うものの、実際には軍事的な必要から、冒険者の活動を黄金牙が監督する形になっている」
「魔王城の地下探索は特に、ですね」
「そうだ。魔王軍との交戦の可能性を考慮すれば、とてもではないが無干渉でいるわけにはいかない」
この前の魔王城地下探索もそうだった。
冒険者の自由な探索は制限され、トラヴィスを始めとするAランクが率いるパーティだけが承認を受けて探索できるという状態だったのだ。
「しかし本来、我らは地上における人間同士の武力行使を職掌とする騎士団。魔族との争いだのダンジョン探索だのは専門外で、冒険者ギルドとの関わりも極めて薄い。にもかかわらず、我々が冒険者の実績やら準備やらを査定し、判断を下さねばならない状況が続いている」
ああ――なるほど。
ギルバートがこんなことを提案し、陛下がそれを承認した理由が何となく分かってきた。
「つまりギルドや冒険者との仲立ちをする組織になれと、そういうことですね」
「そうだ。我々には冒険者ギルドの感覚も勝手も分からん。ギルドにとっての我々も同様だろう。ならば、両者の間に元冒険者が率いる騎士団が存在すれば、騎士と冒険者の意思疎通も円滑になるだろう」
騎士団とギルドの価値観の相違は、これまでに何度も顕在化してきた。
その典型例が、魔王軍のマッドゴーレムが地上に潜入したと判明した際に、黄金牙が秘密裏の警備任務をトラヴィスに依頼しようとしたときのことだ。
黄金牙は内容を伏せた依頼をトラヴィスに受けてもらう迂回依頼の形式を取り、危険情報をグリーンホロウ・タウンに対して隠蔽しようとした。
これ自体は、戦争を司る騎士団としては当然の判断だったのかもしれない。
しかし根っからの冒険者であるトラヴィスにとっては、これ以上なく神経を逆撫でするものだった。
ギルド規約のグレーゾーンを狙った迂回依頼はもとより、ダンジョン内の危険情報を隠蔽しようという方針は、あいつにとって不愉快極まりない行為だったのである。
それを把握せずに依頼を持ちかけてしまったことで、黄金牙は警備任務を断られたのみならず、一般人には隠蔽しておきたかったマッドゴーレムの情報を広められてしまうこととなった。
恐らくそれ以降も価値観の相違に悩まされてきたに違いない。
仮に俺が黄金牙の立場だったとしても、解決策として『冒険者業界に詳しい人間に仲介させる』という案を思いついたことだろう。
「『魔王城領域』に配備された騎士を統べる黄金牙騎士団。現地に集まった冒険者を管理するギルド支部。それらの意思疎通を仲介し、冒険者による探索および調査を騎士団の立場から冒険者の価値観に寄り添って統括する……これがお前に任せたい任務だ」
ここまで懇切丁寧に説明された以上、理解できないということなどあるはずがない。
陛下が『お前の【修復】スキルを期待してのものではない』と仰っていたとおりだ。
最大限活用できる俺の能力というのは、【修復】スキルではなく十五年間の冒険者としての経験と、その間に培った知識と人脈だったのだ。
「ルークよ。ギルバートの提案は俺も妥当なものだと考えている。黄金牙の下部組織扱いを受けているようで気に食わんかもしれんが、請け負ってくれないか」
「まさか、そんな。謹んでお受けいたします」
椅子に座ったまま深々と頭を下げる。
探索の中心を担うAランク冒険者のトラヴィス。
冒険者ギルドホロウボトム支部の支部長であるフローレンス。
どちらも俺にとっては旧友と呼べる昔馴染みである。
加えて、魔王狩りとも称される二槍使いのダスティンに、辺境伯家の嫡子でもあるセオドアとの繋がりもあり、更にはもうじき探索に加わる予定のAランク冒険者、百獣平原のロイとも浅からぬ関係だ。
ここまで深い関わりを持っておきながら、仲介なんてとてもできません、だなんて言えるわけがない。
しかしどうしても気になることがあったので、この機会に尋ねてみることにした。
「陛下、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん? 何だ、言ってみろ」
「実を申しますと、【修復】や武器製造に関わる任務を命じられるのではと考えておりました。何故そういった任務ではなかったのでしょうか」
「確かに幕僚からもその手の案は出ていたのだがな。武器屋を続けるというのなら、わざわざ公務にせずともホワイトウルフ商店の方に依頼をすれば済む話だろう。それに……」
陛下は顎髭に手をやりながら、威厳ある微笑を浮かべて俺を見据えた。
「……そういった仕事は貴様個人や貴様の店にしかできまい。これでは、騎士を集めて騎士団という組織を結成する意味がない。騎士団の公務は属人的なものであってはならんのだ」
「なるほど……ありがとうございます、納得がいきました」
言われてみればその通りだ。
知識や経験、そして人脈は仕事を続ける中で他の騎士にも広げていけるが、【修復】やら機巧と魔道具の製造やら、スキルに依存したものはそうはいかない。
銀翼も黄金牙も、職務上でスキルが役立つことはあっても、特定個人の特定スキルがなければ成り立たない組織ではないのだから。
「さて、せっかくの機会だ。今のうちに新騎士団の名称も詰めてしまうとしようか」
陛下は重厚な背もたれに体重を預け、ごく自然に話を先へと進めた。
「四つの上級騎士団の名称を見て分かる通り……いや、竜王だけは旧称の方だが、十二の騎士団の名称は『色もしくは色を連想させる単語』と『生物およびその部位』で構成されている。例えば、貿易航路の海賊対策を任せた連中の名称は藍鮫騎士団だ」
竜王騎士団……旧称は黒竜。
銀の翼に黄金の牙、そして七色の虹霓の鱗。
確かに四つの上級騎士団の名称は全てその命名規則に従っている。
「なるべく重複がないように割り振ったのだが、改めて見返してみれば、使われていないのが不思議な単語が残っていてな。こいつを二つ組み合わせるのがいいだろうと考えているのだ」
「それは……まさか……」
思わせ振りな陛下の振る舞いから、即座にその二つの単語を察せずにはいられなかった。
「うむ、その言葉は白、そして狼。ルークよ、貴様が率いる騎士団の名は『白狼騎士団』としようではないか」




