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第279話 運命の岐路、三度目の謁見 前編

「無駄話は終わりにしろ。もうじき陛下がお越しになるぞ」


 その一言で応接間が静まり返り、やがて五分と経たないうちに扉の向こうに人の気配がした。


 重厚な作りの扉が無遠慮に開け放たれる。

 心の準備を整える暇もなく、国王アルフレッド陛下その人が大股歩きで応接間へと入ってきた。


「すまん、待たせたな。全員揃っているようで何よりだ」


 獅子のような威圧感を放つ大柄な体躯は今日も衰えを感じさせない。


 しかし衣装は以前の謁見のときよりも簡素になっており、外套(マント)や上着は羽織っておらず、着衣の下に詰まった肉の厚みを容易に見て取ることができた。


 恐らくは御用邸に宿泊しているということで、人目や威厳を気にせずに楽な格好をしているのだろう。


「竜王騎士団ウィリアム、馳せ参じましてございます」


 老騎士が右拳を心臓の位置にあてがう姿勢を取って、陛下への敬意を表明する。


「黄金牙騎士団ギルバート、参上いたしました」

「銀翼騎士団カーマイン、右に同じく」


 いつも生真面目なギルバートのみならず、普段は軽薄さすら感じるカーマインまでもが笑みに真剣さが満ちている。


 それでも微笑を絶やさないあたりはカーマインらしさというべきか。


虹霓鱗(こうげいりん)騎士団アンジェリカ、ここに」


 アンジェリカだけは依然として椅子に座ったままだったが、陛下を含む他の誰もそれを咎める様子がないのを見るに、健康上の理由か何かで着座を公的に許されているのだろう。


 四人全員の挨拶が終わるタイミングで、アンジェリカに付き従っていた少女達が応接間で最も豪奢な椅子を、協力して陛下の背後まで運んでいった。


「おお、すまんな。皆も適当なところに座ってくれ」


 陛下がそう言いながら椅子に腰を下ろしたのを受けて、アンジェリカ以外の騎士団長達が手近にあった椅子に座っていく。


 俺もガーネットに裾を引っ張られ、慌てて適当なところに着席した。


 座るように勧められたのだから、座らない方が逆に失礼だ。


「――さて、白狼の森のルーク。既に察しているかもしれぬが、今日お前を呼んだ理由は他でもない。騎士叙勲と新騎士団設立の手続きに目処が立ったゆえ、いくつか伝えねばならんことがある」


 やはりそうだったか。予想できていた内容とはいえ、緊張に強烈な喉の乾きを覚えずにはいられない。


 体を固く強張(こわば)らせた俺の背中に、さり気なくガーネットの手が添えられる。


 俺は今まさに人生の転機を、決して背を向けることのできない正念場を迎えている。


 それでもこいつが隣にいる限りは、自分の弱い気持ちに負ける気などしなかった。


「まずは騎士叙勲について話すとしよう。騎士である以上は、家名を持ち、それを名乗ることが義務付けられる。確かお前の希望は、これまでに付き合いのあった者達が、すぐに自分の姓名と理解できるものであったな」

「はい。ルークという名前自体は珍しいものではありませんから。家名を聞いて、この自分を思い浮かべられるものであればと……」

「ならば一つしかあるまい。短絡的との意見もあったが、俺としては好ましい名だと思うぞ」


 そして陛下は、俺に与えられる家名の第一候補を口にした。


「ホワイトウルフ――ルーク(Luke)ホワイトウルフ(Whitewolf)。従来の名乗りを僅かに変えた程度に過ぎぬが、これならば誰もが貴様を連想するであろう」

「……ありがとうございます、陛下」


 想定しうる限りで最も理想通りの候補であった。

 

 故郷である白狼の森。そしてホワイトウルフ商店。

 通りが良くて分かりやすいからという理由もあったが、ホワイトウルフ(Whitewolf)という言葉は俺の人生に付き物となっている。


 ならば家名として背負うにも不足はない。


「もう一つ、騎士には相応の領地を与えねばならんのだが、こいつは家名ほど簡単ではなくてな。騎士団に委託する公務の予算となる以上、その内容に応じた規模とする必要がある。故に、騎士団の方がもっと固まってからでなければ何も伝えられんのだ」


 その辺りの事情については既にガーネットから教わっている。


 騎士団は治安維持や防衛などの公務を委託され、領地から得られる税収を予算としてそれらを執行する。


 だから俺に与えられる領地の詳細は、新騎士団が請け負う公務が確定するまで決まらないし、公務の内容と騎士団の規模相応になるだろう……というのが、ガーネットから教わった内容だ。


 更に言えば、新騎士団の専属メンバーが俺一人で、残りは十二の騎士団から最大一人ずつ派遣される騎士で合計最大十三人でしかないため、公務も領地も最小規模になるだろうとのことだった。


「さて、次は新騎士団についてだ。ギルバートが言っていたが、派遣される騎士は男が望ましいとのことだったな」


 陛下がそう言うと、アンジェリカの方から「えっ」という短い声が漏れ聞こえた。


「どうした、アンジェリカ卿」

「いえ……その、虹霓鱗(こちら)で内定していた騎士が、女性の神官騎士だったのですが……どうしましょう、既に本人も移住のために居住地を引き払っておりまして……」


 アンジェリカが困り顔で頬に手を当てる。


 何やら大事になってしまいそうな気配がしたので、俺はすかさず言い訳じみた説明を付け加えた。


「違いますよ。自分に選択権があるのなら男性を選ぶというだけで、女性騎士を絶対に拒絶するという意味ではないんです」

「そうだぞ、気にするなアンジェリカ卿。彼はアルマが嫉妬心に駆られないよう体裁を整えたいだけなんだ。自分で選ぶのはまずいが、我々が勝手に送りつける分には何の問題もないのさ」


 カーマインのあまりにも()()()()な補足に思わず閉口してしまう。


 間違いなく全面的にその通りなのだけれど、もっと遠回しな言い方はなかったのだろうか。


 ギルバートや老騎士のウィリアムは絵に描いたような堅物なので聞き流してくれたが、アンジェリカの微笑ましいものを見るような――もちろん比喩表現だ――表情はなかなかに精神的なダメージが大きい。


 そしてこれ以上に厳しかったのは、アンジェリカに付き従う少女達からの眼差しだった。


 職務中だからか言葉は一切発さなかったものの、色恋に対する憧憬やら、汚らわしいものを前にしたような視線やら、種類も振れ幅も豊富すぎて直視できそうにない。


 正体がバレていないガーネットすらも、露骨にそちらから顔を背けているくらいであった。


「ならば虹霓鱗(こうげいりん)の候補については問題ないな。竜王と黄金牙も選定を進めておくように」


 整った顎髭を軽く撫で、陛下は改めて俺へと視線を戻した。


「さて、貴様が率いる新騎士団の任務だが――『魔王城領域』および更なる深層領域の調査統括を考えている。これが貴様の能力を最大限活用できる任務だろう」

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