表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/759

第276話 名もなき者(ネームレス)

 ――古代魔法文明。かつて地上には、現代の人間からそう呼び習わされる文明が栄えていた。


 ゴーレムを『発明』したのもこの文明であるとされ、ダンジョンに存在するゴーレムは魔法文明の遺物か後世の模倣品である……地上の人間の国家では昔からこう考えられてきた。


 顔面の魔法文字という分かりやす過ぎる弱点の存在も、魔法文明における作業用ゴーレムが後世に伝わったためであるとされている。


 戦闘を想定せず、万が一の場合に緊急停止させやすいことが求められた名残りという仮説だ。


 エイルはこれらの説に対して否定も肯定もせず、あくまで俺の認識を確かめるだけに留めたうえで、すぐに本題へと話を移した。


「アルファズルは、あなた方が古代魔法文明と呼ぶ時代の最末期に現れた、名もなき人間の男でした」


 ――名もなきというのは、文字通り()()()()()という意味だった。


 どこから来たのか、これまで何をしていたのか。

 全てが謎に包まれたその男は、当時の人間達から名無し(ネームレス)渾名(あだな)され、優れた魔法技術と他者を惹き付ける人柄で瞬く間に頭角を表していった。


 その頃には名もなき者(ネームレス)に代わり、敬意を込めて知恵者(ワイズマン)と呼ばれるようになっていたそうだ。


「元は人間だったのですか? 過去の偉人が信仰されるのは納得できますけど、それでスキルを得られるのはどういう理屈なのやら……」

「さぁ……我々エルフはスキルと異なる原理で魔力を行使しておりますから、人間のスキルについては理解が深くないのです。それで、話を進めてもよろしいですか?」

「すみません、続きをお願いします」


 ――やがて人類を代表する魔法使いとなった知恵者(ワイズマン)は、当時まだ人類と共存していたエルフからも高く評価され、エルフの言語で様々な別名を与えられていった。


 勝利を決める者(ガグンラーズ)――彼が発明した技術が戦争の決め手となった故に。


 隻眼者(ビレイグ)――『叡智の右眼』を身につける代償に右眼球を喪失した故に。


 灰色の髭(ハールバルズ)――頭髪も、老年に差し掛かってから伸ばした髭も特徴的な灰色をしていた故に。


「元々、名前を持たなかったからでしょうか。彼はいつも、新たな呼び名を与えられることを喜んでいました」


 ――そして、万物の父(アルファズル)

 これは彼が成し遂げた最大の功績と由来とした敬称だという。


「どのような功績だったのかはお聞かせできません。ご容赦くださいませ」


 エイルは気になるところを笑顔で誤魔化して、それ以上に聞き流せないことを口にした。


「最終的に、アルファズルは文明の崩壊が不可避であることを証明し、その後にも人類が存続するための施策に取り掛かりました」

「魔法文明の崩壊……俺達が知る歴史のとおりにですか」

「ええ。かつて栄華を極めた魔法文明が崩壊したことは、貴方も一般的な知識としてご存知のようですので、それについては説明を省きますね」


 ――魔法文明が滅んだ原因や、アルファズルが取った具体的な手段は教えることができないとのことだったが、ともかく彼の試みはある程度の成功を収めた。


 今日(こんにち)のように、いくつかの面で文明が退行しながらも、人類が存続していること自体がその証明だ。


「しかし、(わたくし)共が最後にアルファズルと会ったとき、彼は不可思議なことを言い残しました。曰く――」


 一拍を置き、真摯な眼差しでまっすぐに俺を見つめながら、エイルは遥かな昔のアルファズルの言葉を紡ぎ出した。


「『世界の修復は不完全に終わるだろう。いずれ()()()をしに戻るつもりだ』――とのことでした」


 右目が疼く感覚がした。

 アルファズルが俺に『叡智の右眼』を与える前、奴は俺に対して肉体を明け渡せと要求してきていた。


 そうすれば魔王から仲間を助けることができるから、と。


 俺とのやり取りを経て心変わりでもしたのか、最終的には『右眼』だけを残して心象風景から姿を消したが、それすらも一時的に手を引いたに過ぎないと思わせるものだった。


「もちろん(わたくし)共とて真に受けてはいませんでした。さすがのアルファズルといえど、これほど長き時を経て蘇るなど不可能だと思われましたから」

「ところが、アルファズルの右眼と同じものが俺の体に現れた……」

「はい。『白亜の妖精郷』の元老院はこれをアルファズル復活の予兆と考え、鑑定のために(わたくし)を派遣いたしました。本件の経緯についてはご理解いただけましたでしょうか?」


 滅亡した古代魔法文明。肉体を明け渡せと迫ったアルファズル。

 俺が知る情報とエイルの説明は絶妙に噛み合っている。


「それで……『叡智の右眼』というのは一体どういう代物なんですか」

「実のところ、(わたくし)共も全貌は把握できておりません。彼は望む答えを導き出す媒体だと説明していました」


 エイルはぽんと軽く手を叩き合わせ、にっこりと笑ってみせた。


「しかしながら、(わたくし)が伝え聞く限りですが、貴方の行使する力は未だアルファズルに及んでいない様子。つまり今後の伸び代が大いにあると言えるでしょう。これからも鍛え続ければきっと――」

「――アルファズルは『その目に頼り過ぎるな』と言っていました。神を降ろすに等しい行為であるから……と」


 その表情が笑顔のまま停止する。


 やはりそうか。エイルは俺に『右眼』の濫用を推奨したがっている。

 俺には決して打ち明けないであろう理由のために。


「楽観的に考えれば眼球そのものを失うリスクがあるということでしょう。アルファズルも代償として右眼球を喪失したそうですしね。ですが悲観的に考えれば――」

「――まさか。まさかですわ。そのような魔法は非現実的です。考え過ぎでしょう」


 考えすぎなものか。

 現に神降ろしを体得したサクラからは、過剰な神降ろしの行使に関して『まるで肉体を何者かに奪われるような感覚がして、酷い恐怖感を覚えた』と聞いている。


 これに等しい行為であるのなら、同様のリスクが潜在していると考えるのは自然な発想だ。


「一つだけ、俺からも質問をさせてください。エイル議員。仮にアルファズルが何らかの手段で蘇った場合、貴女はそれを嬉しく思いますか?」


 右目にかざした手で【分解】を発動させ、指の間から青い炎のような魔力をくゆらせる。


 エイルはなおも微笑みを崩さない。

 本音を誤魔化すためなのか、それとも俺がこの考えに至ったことを嬉しく思っているとでもいうのか。


 この『右眼』を通して見てもエイルの本心を推し量ることはできず、返答も深く追及することが難しいものだった。


「申し訳ありません。ご容赦くださいませ」




「……ったく。あの女エルフ、のらりくらりと誤魔化しやがって」


 セオドアの別荘を辞して家に戻るや否や、ガーネットは不満に満ち満ちた様子で乱暴に吐き捨てた。


「まぁ、仕方ないさ。相手が知らないことを知っているってのは強みになるんだ。情報の出し方を絞るのは当然だな」

「にしたってよ!」


 ガーネットはずかずかと俺の方へ歩み寄ってくると、両手で俺の顔を掴んで強引に目線を下げさせてきた。


 真剣で、そして不安そうな眼差しが俺の右目を覗き込む。


「あんにゃろう。さてはお前を騙くらかして、アルファズルだか何だかに乗っ取らせようとしてたんじゃねぇだろうな」

「……かもしれないな。絶対にそうだとは言い切れないけどさ」

「他に何があんだよ。どう考えてもそういう流れだっただろ」

「色々あるだろ? 例えば、本家本元の『右眼』には俺がまだ使えない機能があって、エルフ達はその力を必要としている……とか。リスクを隠して鍛えさせようとしたっていうパターンだな」


 失明や乗っ取りのリスクがあることはあちらも承知していて、そのうえで俺を誘導して能力を開花させようとした――そう考えてもエイルの言動に説明がつく。


 確かにガーネットの懸念も尤もだし、俺だって同じことを考えてはいる。

 実際――あれが臨死体験の幻覚でなければ――危うく肉体を奪われかねないところだったのだから。


 それでも、他の可能性を頭から排除してしまうのは危険だろう。


「エイル議員がくれる情報のことは『信用』するとしても、完全に心を許して『信頼』するにはまだ早いってところだろうな。適切な距離感で付き合っていくのがよさそうだ」

「お前がそう言うならオレも納得するけどさ……もっとよく分かるまでは、あんまり『眼』を使うんじゃねぇぞ。何かあってからじゃ遅ぇんだからな」

「分かってるって。だからほら、そろそろ手を離してだな……」

「やなこった」


 ガーネットは俺の頬を両手でしっかり挟み込んだまま、なかなか解放しようとしてくれなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載!】
空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~
ゲームの世界に転生した主人公が、原作では死んでしまう推しキャラの命を救うために、原作知識をフル活用してあらゆる困難を退けるストーリーの長編です。

【商業出版紹介】
書籍版、コミカライズ版大好評発売中! 
コミック版第4巻作品ページ
書籍版第5巻作品ページ
コミカライズ版は白泉社漫画アプリ『マンガPark』で連載中!
https://manga-park.com/app
https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ