第274話 エルフと北方樹海連合
「我らビューフォート家が辺境伯たる所以。ビューフォートの領地が隣接する異国。どうして僕が仲介役に選ばれたか、これで見当がついたんじゃないかな?」
ウェストランド王国の貴族制度は、大別して三つの爵位に分類される。
公爵。古くから国王に仕えてきた貴族や、多大な功績を挙げた貴族など。
伯爵。ごく標準的な貴族や、領地を減らされた他国の元王族など。
男爵。過去に平民から取り立てられた貴族や、領地を減らされた他国の貴族など。
これらに加え、諸般の事情から男爵以上伯爵未満の領地を治める副伯爵や、国境警備を任されたことで特別な便宜を得た辺境伯などが存在する。
そしてビューフォート家は、数ある辺境伯家の中でも希少になってしまった、現在でも他国と境界を接する『本物の辺境伯』なのである。
「……正直なところ、驚きが大きすぎて頭がついていきません。ビューフォート家の領地が北方樹海連合と隣接しているというのは一般的な知識として知っていましたが、まさかエルフが政治に関わっているだなんて」
事の重大さを改めて実感しつつ、首を横に振る。
それを見て、エイル議員は小首を傾げた。
「エルフとお会いになるのは初めてですか?」
「いえ、冒険者として活動していた頃に何度か遭遇しています。むしろだからこそ、自分の耳が信じられないと申しますか」
くらくらする額を手で押さえ、エルフという種族に対する自分の認識を思い返す。
エルフは寿命が長く学習に費やせる時間が長いためか、魔族の中でもとりわけ知能が高い部類に入り、平均すれば人間を凌駕しているというのが定説だ。
しかしその反面、あるいはだからこそか、エルフは人間にあまり関わろうとはしてこない。
ダンジョン内に再現された森林地帯――魔族である以上はエルフもダンジョンに棲息する生物なのだ――からは滅多に出てこようとせず、人間の側から彼らの領域に踏み込んだときにだけ行動を起こす。
行動の内容は集落によって異なり、最低限の交易や補給品の提供ならしてくれることもあれば、事情に関わりなく侵入者を徹底排除する方針のところもある。
そんな種族が、人間の国家であるはずの北方樹海連合の議員だって?
まるで空を飛ぶ魚を見たような気分だ。
「でしたら、エルフの行動指針は各共同体ごとに異なるというのもご存知でしょう。私共の共同体は地上への干渉を是と判断いたしました。それだけのことですわ」
「それは分かります。しかし、そう判断した理由を掴みかねているんです」
困惑が収まらない俺の様子を見かねたのか、セオドアが横から助け舟を出してくれる。
「事前に申し上げたでしょう。北方の事情は他の地域の人間には想像も及ばないのだと。幸いにも時間は長めに確保しているのですし、根本的なところから説明するべきですよ」
「いけませんね、私ったら。自分が知っていることは他人も理解できて当然……なんて思い込みをしがちで。エルフ全体に共通する悪癖かもしれませんけれど」
エイル議員は上品な所作で口元に手を当ててから、エルフと北方樹海連合の関わりについて説明し始めた。
「私共の共同体は、百年以上前から地上の客人を歓待しておりました。こちらから関わることはなくとも、好意的な態度で訪問なさる限りは相応の歓迎をさせていただいていたのです」
ここまでは普通に納得できる。
俺が知るエルフの行動規範でも十分に説明可能な対応だ。
「しかし、地上の暦でいう十年ほど前に様子が変わりました。長らく友好的に接してきた方々が、顔色を変えて救援を求めるようになってきたのです」
「救援を? ……そうか、ウェストランド王国による統一戦争が北方にまで及んできたんですね」
「ええ。彼らは侵略者の脅威を訴え、ダンジョン内での国民の保護、あるいは私共の地上出兵を懇願しました」
いくら貧すれば鈍するとはいっても、魔族への救援要請やらダンジョンへの避難やら、随分と思い切ったことを考えたものだ。
それくらいにアルフレッド陛下の勢いが強大で、なおかつエルフとの関係が良好だったということだろう。
「彼らが語る凶暴な侵略者にダンジョン内まで踏み込まれる……それだけは絶対に避けねばならない事態。私共は利害の一致と考えて地上に人員を送り込んだのですが……」
エイルは困ったような笑顔でセオドアに横目を向けた。
「いざ実際に対峙してみれば、交渉の余地が大いにある相手ではありませんか。気勢を上げて振り上げた拳の下ろしどころに困るくらいでしたわ」
「僕の一族は国王陛下の尖兵として派遣されたわけだが、殺戮を目的としていたわけじゃないからね。当時は地上の平定で手一杯だったから、ダンジョンの魔族なんて底知れない勢力まで敵に回すのは割に合わないと判断したんだ」
なるほど、そう考えるとエルフを頼った彼らの判断は、決して無意味ではなかったわけか。
現に、魔王軍は黄金牙騎士団の軍勢と渡り合ってみせた。
元々の本拠地を追われて消耗していたはずの魔王軍ですらそうなのだから、万全の大勢力ともなればどれほどの戦力となるのか見当もつかない。
「かくして僕らは北方へ逃れた諸勢力と講和を結ぶことにしたわけだが、当時の彼らは本気でただの寄せ集めでね。個別にいちいち交渉していられないっていう現実的な理由で北方樹海連合が生まれたんだ」
セオドアはまるで自分の目で見てきたかのように語っている。
いや、その件が数年前程度のことなら、若き日のセオドアも現場に関わっていた可能性がある。
これでもセオドアは辺境伯の跡取りなのだから、現場で経験を積ませようと考えても自然だろう。
「私共は一連の交渉の中心を担うことになりました。王国との交渉も諸勢力間の調整も両方ともです。どちらに関しても中立に近い立場でしたから、自然とそうなってしまったわけですね」
「そしてこんな大仕事を請け負ったことへの見返りに、彼女が属する共同体は北方樹海連合の議会に一定数の議席を得ることになった……ご理解いただけたかな?」
すぐに頷き返し、事情をきちんと理解できたと意思表示する。
順序立てて説明されたら容易に納得できる経緯だった。
ならば次にするべきは、話を本題へ戻すことだ。
「ご説明ありがとうございます。それで……本日は一体どのようなご用件なのでしょうか。北方樹海連合の議員としてですか? それとも……魔族としての?」




