第271話 三人寄れば何とやら
その日の夜、俺達は全員揃って春の若葉亭で夕食を取ることにした。
わざわざ休日に大掃除を手伝ってくれたお礼も兼ねて、今夜の食事代はホワイトウルフ商店の名義で出すつもりだ。
もちろんシルヴィアも一緒で、今日は宿の看板娘ではなく、客の一人として食事を楽しんでもらうことになった。
皆が好みの料理を思い思いに注文し、多少の酒類も持ってきてもらう。
ギルドハウスに併設された酒場と比べるとバリエーションは少ないが、酔い潰れるための宴会ではないのだから、食事に華を添える程度で十分だ。
そうして食事をしながら皆で気楽に歓談をしていると、エリカが椅子の背もたれに体重を預け、ふんわりとした茶色の長い髪を後ろに垂らしながら、何気ない態度でサクラに話しかけた。
「ところでさ、うちでよく働いてるメリッサとナギって、サクラの知り合いなんだよな」
「ん……ナギの方とは故郷から続く腐れ縁だ。メリッサとの付き合いの長さは君達と大差ないぞ」
あまり酒を入れていない様子のエリカに対し、サクラは酒精に強くない割にいいペースで注ぎ足しているようだった。
二人とも普段俺と接するときとは違う、素の雑な態度で振る舞っている。
仕事中の雰囲気が抜けてリラックスできている証拠だ。
エリカはおもむろに重心を前へ移動させ、サクラの方に向かって浅く前のめりになりながら、囁くような声で質問を続けた。
「ぶっちゃけた話さ、あいつらって付き合ってるのか?」
「さぁ、どうだか。腐れ縁とは言うが別段親しいわけでもないからな。そういう物事に興味があるのかどうかもさっぱりだ」
「うーん、メリッサの方は見てて引くほど分かりやすいんだけどなぁ……あんたはナギにその手の気持ちはないんだよな?」
「ないない! これっぽっちもない!」
エリカの憶測をサクラは全力で笑い飛ばした。
突如として始まった色恋沙汰絡みの雑談に、横からシルヴィアも首を突っ込んでくる。
「メリッサさんといえば、サクラのこと凄く警戒してるよね。興味がないなら一度はっきり言ってあげた方がいいんじゃない?」
「警戒? 何の話だ?」
「え? ……サクラ、気付いてなかったんだ」
サクラから鈍感と言わざるを得ない反応をされ、シルヴィアは半ば呆れ気味に説明を付け加えた。
「多分メリッサさん、サクラとナギさんがそういう意味で仲がいいんじゃないかって疑ってるよ」
「何っ!? 一体どうしてそんな……驚天動地にも程がある……」
「そうだぞ。あんたらが話してるときとか、傍から見て結構ハラハラするんだよ」
「……いやいや、待て待て……そんな途方もない誤解を招く要因がどこにあったと……」
本人にとっては寝耳に水の信じがたい情報だったようだが、さすがにそれは俺も気付いていた。
というか、サクラに全く自覚がなかったということに対して、シルヴィアと同じく驚きを覚えずにはいられなかったくらいだ。
テーブルに肘を突いて頭を抱えるサクラに話しかけにくくなったのか、ほろ酔い加減のエリカは雑談の矛先をレイラへと切り替えた。
「んで、そっちはトラヴィスさんとうまく行きそうな感じなのか?」
「……! けほっ! は、はあっ……!? 何の話ですか!」
「あれで誤魔化せてると思ってたんなら、逆にちょっとびっくりだな、あたし」
素早くこちらへ振り返るレイラ。
話したのかという無言の追求だと理解できたので、ガーネットと揃って首を横に振る。
それは完全に、お前の反応と表情の変化が分かりやすかっただけだ。
トラヴィスと直接顔を合わせたときなんか、本当に隠しておくつもりがあるのか疑わしいくらいだった。
なので俺達はこの件に全く関係ない。
「……そ、そういう貴女はどうなんです? そういう気配が全くありませんけど」
「え? あ……あたしはまぁ、それなりにだな……」
露骨に誤魔化しにかかったエリカに対し、幼馴染の非情な横槍が突き立てられる。
「んーっと、エリカが最後に男の子といい感じだったのって何年前だっけ。七歳のときのシリル君? それとも九歳のときのライナス君か……」
「ちょ、お前なぁ!」
「あはは。エリカさんも全然じゃないですか」
「シルヴィアも他人のこと言えたクチじゃないだろぉ!?」
「ご心配なく。私は仕事に生きる女ですから」
まさかの致命傷に慌てふためくエリカ。
シルヴィアは白々しい態度で平然とそれを聞き流している。
こうして十代の少女達の歓談を横から眺めていると、都会の女学院の引率教師がこんな気分なんだろうかと思えてきてしまう。
いやまぁ、女学院に通うような層の子達は、適法でもこんな酒盛りはしないのだろうけど。
「ったく、惚れた腫れたの話題って奴は飽きが来ねぇのかね」
俺の隣でガーネットが呆れ気味に呟いた。
本来ならこいつもあちらの輪に加わっていてもおかしくない年頃なのだが、あまり興味関心は持っていないようだ。
やはり長らく男所帯の騎士団で育った影響か……いや待て、若者揃いの男所帯なら逆に異性の話題は鉄板だろう。
冒険者の基準なら、どこぞの誰々が好みだとか可愛かっただとか、更にはとても異性に聞かせられない踏み込んだ話だとか、雑談猥談は当たり前だった。
となると、あくまでガーネット個人の好みの話なのかもしれない。
「冒険者も男連中で集まったら似たようなもんだぞ。お前はこの手の話は好きじゃないのか」
……という趣旨のことを改めて言葉にして問いかける。
「まぁな。ここに来る前につるんでた連中も、上司がいなくて仕事中でもなかったら、女の話で盛り上がったりしてたぜ。オレは興味ねぇから、そんな話題になったらさっさと引き上げてたけどな」
ああ、そうか。言われてみればその通りだ。
人格的にはあくまで少女なガーネットが、性別を隠して若い騎士同士のそういう話題に混ざったところで、楽しくともなんともないに決まっている。
「テメェはしてもいいんだぜ? 惚れた女の自慢話とかよ」
「……勘弁してくれ」
ガーネットが横目で俺を見上げながらニヤリと笑う。
次の瞬間、アレクシアがびっくりするほどの機敏さで、ガーネットとは逆側から俺の隣席に詰め寄ってきた。
「え、なになに!? 三十路手前になってからご無沙汰だったと評判のルーク君が遂に!?」
「んなわけあるか。暑苦しいから近付くな。それとお前も忍び寄るな」
にやけ笑いのアレクシアと、後ろからこっそり顔を近付けてきていたノワールの頭を片手ずつで押し返す。
「二十歳越えた良い大人が何やってんだよ。その手の話がしたいならあっちに混ざってきたらどうだ?」
「いやぁ、さすがに若々しいオーラに気圧されちゃいまして。どうせならルーク君の方が弄りやすいかなと……あ、痛い痛い痛い。ごめんなさいそこは痛いです」
アレクシアの顔を掴んだ手に力を込めながら、再び嘘を重ねたことに溜息を吐く。
この場で『実は……』なんて切り出したら、たとえ相手の素性を隠していたとしても、大変な大騒ぎになるのは明らかだ。
それでもいつかは――心からそう願わずにはいられなかった。




