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第270話 これはもしもの話だけれど

 それからも何だかんだと今まで通りの日常が繰り返され、騎士叙勲だの何だのといった話もなかなか持ち上がってこない日が続いた。


 もしかして知らない間に立ち消えになってしまったんだろうか、なんてことを思ったりもしたが、単に水面下で調整が続けられているだけなのだろう。


 いちいち定期的に進捗を報告して漏洩のリスクを増やす必要はない――そういう扱いになるのも当然の案件なのである。


 だから俺がするべきことは、周囲に悟られないようできる限り普段通りの生活を続けながら、可能な範囲で知識と気持ちの準備を積んでいくことだけだった。


「ふぅ……とりあえず、この部屋はこれくらいでいいか」


 そして今日は、定休日を利用して家と店舗の大掃除に取り掛かっていた。


 掃除自体は普段からこまめにしているのだが、さすがに隅々まで行き届いているとは言い難く、時間に余裕があるときに時間をかけて清掃をしようということになったのだ。


 店舗と倉庫の方はエリカとノワール、アレクシアとレイラに任せ、手伝いに来てくれたサクラもそれに加わってくれている。


 生活スペースや半ば仕事と生活の共用になっているリビングは、ここで私生活を送る住人である俺とガーネットがやることにしたが、時間が掛かるだろうということでシルヴィアも手伝ってくれていた。


 寝室の掃除を終えてリビングに出ると、掃除用のエプロンを付けたシルヴィアと鉢合わせた。


「あっ、お部屋の方は綺麗になりましたか? それじゃあ次は、水桶の水の取り替えお願いします。もうこんなに汚れちゃったので」

「わ、分かった」


 さすがと言うべきか、シルヴィアの手際の良さは俺やガーネットとは比較にならないほどだった。


 どんな順番で何をすればいいのかを知り尽くしているように、てきぱきと滞りなく作業を続けている。


 力が必要な作業は別として、それ以外では俺とガーネットの二人がかりでも全く歯が立ちそうにない。


 シルヴィアは温泉街で一番の宿屋の看板娘。

 日々の清掃でかなり腕が磨かれているのだろう。


 こんな風に朝から作業を続け、時刻が昼に差し掛かろうとした頃、シルヴィアが持ち込んできた荷物の中からバスケットを取り出して、掃除中の皆の間をぱたぱたと駆け回り始めた。


 そして最後に、勝手口の外を掃除していた俺のところへやって来た。


「ルークさん、そろそろお昼ごはんにしませんか? 食べやすいように作ってきたんです」


 そう言ってシルヴィアが渡してくれたのは、具材を挟んだパンと蓋付きの水筒だった。


「いいのか? わざわざ悪いな」

「ここ最近はあんまりお手伝いできてませんでしたからね。たまには私だって凄いんだってことを思い出してもらいませんと」


 シルヴィアは冗談めかした態度で自慢気に腕を組み、自分の発言にくすりと笑いをこぼした。


 心にもないことを言ったのがおかしくてしょうがなかったらしい。


 とりあえず適当な場所に座って食事を取ろうとすると、シルヴィアもそのすぐ近くに腰を下ろして、自分の昼食を膝の上に広げた。


「ルークさんが凄い頑張ってるって話、宿のお客さんからもよく聞いてますよ」

「そうか? 普段とあまり変わらない気がするんだけどな」

「ほら、例えば。この前は魔王城の地下に潜って大活躍したっていうじゃないですか」


 果たして、あれは大活躍と言えるのだろうか。

 我が事ながらそこには疑問を挟まざるを得ない。


 崩落を【修復】して道をこじ開けたことをそう表現するなら、一概に間違いとは言い切れないのかもしれないが、戦闘での活躍は今ひとつだったというのが自己評価だ。


 自分みたいな後方支援専門が戦闘で活躍せざるを得ない状況なんて、正直に言ってかなり危険なのだから、できることなら起こらない方がいい。


 とまぁ、さほど古くない記憶を思い出しながらパンを齧る。


 ……うん、さすがはシルヴィアだ。

 こういう手軽な軽食でも露骨な手抜きはしていない。


「うちの宿には色んな人が出入りしますから、噂もたくさん耳に入って来るんですよ」


 何気ない雑談としか思えないこの流れの先に待っていたのは、耳を疑い声を失わずにはいられない一言だった。


「ルークさんが騎士団にスカウトされるんじゃないかとか、この町に新しい騎士団が来るんじゃないかとか。もっと信じられない噂も色々あってですねー……って、大丈夫ですか!?」


 思わずむせ返って咳き込んでしまい、シルヴィアに本気で心配されてしまう。


「だ、大丈夫だ……あー、びっくりした。それ、具体的にどんな噂で、どうしてそんな話になったんだ?」


 落ち着きを取り戻そうと努めつつ、もっと詳しい話を聞き出そうとしてみる。


 あまりにも直撃だったのでつい焦ってしまったが、噂は噂。


 ひょっとしたら根拠のない適当な風評に尾ひれが付いて、偶然まぐれ当たりをしてしまっただけかもしれない。

 というか、そうあってほしかった。


「んーっと、私も人伝(ひとづて)に聞いただけなんですけどね。最近ルークさんが銀翼騎士団の詰所に足繁く通ってるとか、黄金牙の団長さんとこっそり会ってたとか、そんな噂があるからひょっとして……とかそういう話です」

「何だ、そんなことか。レイラの件がどこかで漏れたのかと思ったぞ」

「私もひょっとしてって思ったんですけど、お流れになったあの件は関係なかったみたいです」


 内心でほっと胸を撫で下ろす。

 無関係で見当違いな憶測というわけではなかったが、どこかで致命的な情報漏洩があったというわけでもない。


「騎士団からも武器の発注を受けてるのは知ってるだろ。それ絡みで打ち合わせをする機会があって、たまたま銀翼と黄金牙でタイミングが重なっただけだよ」

「あはは。噂なんて蓋を開けたらそんなものですよね」


 やっぱりと笑い飛ばすシルヴィアの横顔に、少しだけ罪悪感を覚えてしまう。


 騎士叙勲云々に関する彼女の認識は、レイラと竜王騎士団の一件が不成立に終わったところまでのはずで、そこから更に進展があったことは――つまり新騎士団のことは――まだ伝えていなかった。


 必要なこととはいえ、いつも世話になっているシルヴィアにも嘘を吐いている形になるので、個人的に思うところがないわけではない。


 特にシルヴィアはガーネットが()()()()であることを知っていて、なおかつその秘密を一年近くずっと守ってくれている。


 秘密を守るという点において全幅の信頼が置けると分かっているからこそ、秘密を明かせないことが心苦しく感じてしまうのだ。


「で、新騎士団が云々って噂はどうして出てきたんだ?」

「そっちはもっと根拠がなくってですね……」


 当たらずといえども遠からずな噂話と、それを否定する説明(いいわけ)を雑談気分で繰り返しながら、軽食程度の昼食を進めていく。


 やがてシルヴィアは最後のパンの一切れを飲み込んで、スカートを(はた)きながら立ち上がると、裾を翻しながらこちらに向き直った。


「ねぇ、ルークさん。もしも噂のとおりルークさんが騎士になったとしたら、そのときはやっぱり武器屋を辞めて町を離れちゃうんでしょうか」


 それは何気ない例え話のようでありながら、心からの不安が込められているようにも聞こえる声だった。


 だから俺は、仮定の質問に仮定の回答を返すという形を取りながら、心からの決意をシルヴィアに投げ返した。


「まさか。町にも残るし武器屋も続けるに決まってるだろ。その条件が飲めないなら、騎士叙勲だろうと新騎士団だろうとお断りさ」

「本当ですか? 良かったです!」


 シルヴィアの笑顔が、まるで全てを知ったうえでの安堵の笑顔だと感じたのは、きっと俺のささやかな罪悪感のせいだったのだろう。

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