第268話 考察――『真なる敵』
今回はまじめな考察回。
パソコン関係のあれこれで投稿が少し遅れてしまいました。
(新調した影響なので今後の投稿には影響ありません)
それから俺はギルバートと二人で話し合いを続けることにした。
ギルバートのもう一つの用件とは、ノワールとアレクシアが開発した投擲呪装弾の試験納入の要請であった。
さすがは軍事を統括する騎士団というだけのことはあり、新しい武器に対する反応が早く、例の戦いの噂を聞きつけてすぐに試してみようという話がまとまったのだそうだ。
こちらの返答は『ひとまず店舗に持ち帰って担当者と相談する』というものだった。
遠回しに断ろうとかそういう意味ではない。
本当に二人と相談しておかなければ、黄金牙が試験のために必要とする量を期間内に製造できるか分からないのだ。
ギルバートもその辺りは想定済みだったらしく、今日のところはこの程度で問題ないとのことだった。
「最後にもう一つ、重要なことを尋ねておきたい」
試験納入についての話が終わった直後、ギルバートは間髪入れずに新たな話題を切り出した。
「先日、Aランク冒険者のトラヴィス率いる探索パーティが、魔王城の地下において未知の敵と交戦したとの報告を受けている。そのパーティに貴様も参加していたことも含めてな」
「やはりご存知でしたか……失礼、黄金牙騎士団の団長でしたら真っ先に報告が行って当然でしたね」
ギルバートの発言は否定の余地もない事実である。
先日、俺はトラヴィスに協力する形で、魔王城地下に広がる迷宮へと足を踏み入れた。
目的は探索に参加することではなく、探索を阻害する崩落箇所を【修復】するためだった。
首尾よく【修復】を済ませて埋まっていた通路を開通させたものの、その先で待ち受けていたのは想定外の敵であった。
「高度な技術によって作られたゴーレム。そうだったな?」
「はい。魔王軍の技術を優に超えた代物でした。詳細は報告が入っているものと思いますが……」
「受け取っている。人形に似た大量の小型ゴーレムが融合して巨大化を果たしたのだろう。俺が聞きたいのはそのようなことではない」
想定していたとおりの返答である。
黄金牙は今も魔王城に部隊を駐留させて監視を敷いているのだから、地下で何があったのかを把握していないことなどありえないし、そのことが団長へ報告されていないこともあり得ない。
「率直な所感でいい。貴様自身の感想が聞きたい。あれは魔王が言っていたという『真なる敵』の戦力だと思うか? そして仮にそうだとしたら、どれほどの評価を与えるべき戦力だと考える?」
「……難しい質問ですね」
所感、つまり心で感じたままの感想でいいと言われても、考え込まないわけにはいかない内容である。
魔王軍の『真なる敵』か否か――あれほどの戦力を誇った魔王軍すらも退けた正体不明の勢力の兵器か否か。
何となくこうだと思うという考えは前々からあるのだが、相手が騎士団長というのもあって、どうしても根拠を持たせようと思ってしまう。
「本当に自分の感想ですが、構いませんね」
「そう言った。聞かせてもらおう」
「あれは恐らく、魔王が言うところの『真なる敵』で間違いない……そう思います」
ギルバートは表情一つ変えずに俺の話に耳を傾けている。
「これもご存知かもしれませんが、俺は王都で高度な知性を携えた人形型ゴーレムと戦いました。具体的な根拠はありませんが……地下で交戦したのは、あれの性能を制限した量産型なのではないかと感じたんです」
本当に根拠のない直感的な感想だ。
いくら【解析】で物理的な形状を読み取れるといっても、ゴーレムや人形に関する知識がない以上、両者を比べてどの程度似ているのかといった判断をすることはできない。
二つの絵を見比べて作者が同じかどうか判断するようなもので、専門家ならともかく素人には到底できない芸当だ。
……ひょっとしたら、全力で【解析】をしたら何か分かったのかもしれないが、肝心の比較対象である夜の切り裂き魔の残骸が王都で保管されている以上、今から調べ直すということもまた不可能だ。
なのでこれはあくまで感想。
そもそも俺が【解析】なんかしなくても、回収された両者の残骸を優れた専門家が分析して、製造技術が同じかどうかを判断するに違いない。
「魔王は大量のゴーレムを発掘、改造して戦力にしていましたが、あれらはあくまで地上攻撃用だと言っていました。真偽はわかりませんが『真なる敵』には通用しないというようなことも……」
「『真なる敵』はゴーレム技術に秀でている可能性がある、ということだな。それは我々も考慮している可能性だ」
俺が言おうとしたことを、ギルバートは先回りして言葉にしてしまった。
「はい。ゴーレム部隊が役に立たないのは単純に相手の方が上を行っているから……そう考えれば自然と説明がつきます」
「だからこそ奴らは、せっかくの改造ゴーレム部隊を怨敵に向けず、人間とドラゴンの融合体という全く別のアプローチに切り替え、ゴーレムはその素材収集のための地上侵攻用と割り切った。我々にとっては酷く傍迷惑なことにな」
「……ええ。それに夜の切り裂き魔も地下のゴーレムも高度な技術で作られていたわけですが、偶然というには出来すぎています」
魔王軍のゴーレムや土人形の遠隔操作技術は明らかに人類側を超えていた。
それすら凌駕すると思われる『真なる敵』と、夜の切り裂き魔を送り込んだ勢力、そして地下のゴーレムの群れを作り出した勢力――これらが全て無関係だとすると、卓絶したゴーレム技術を持つ未知の勢力が個別に複数存在していることになる。
規格外のゴーレム技術を持つ勢力を複数想定するよりも、それらが同一の勢力であると考える方がシンプルだ。
「それと、あのゴーレムの群れの戦力評価ですが、夜の切り裂き魔も彼らの戦力であると仮定するなら、物量を揃えるための数合わせ……いわば雑兵のようなものだと思います」
連続殺人犯を褒めるようで癪だが、旅芸人のアズールに化けていた夜の切り裂き魔は本当に凄まじい性能を持っていた。
戦闘能力もさることながら、人間に成りすまして違和感のない人格まで備えていたのだから。
それと比べると、あのゴーレムの群れは一段も二段も劣ると言わざるを得ない。
「魔将ヴェストリの魔法に対抗するために開発されたのか、あるいはヴェストリの魔法があれに対抗するために編み出されたのかは分かりませんが、戦力としての脅威度はヴェストリ並みだと考えていいと思います」
「結構。適切な分析だ。我々の想定と比べても遜色がない」
ギルバートは満足げに頷いた。
表情は相変わらず不変不動だが、仕草から判断する限り、俺の返答は期待通りだったようだ。
「ありがとうございます。ですが、こんなことを聞いても意味はなかったのでは……? 俺ごときが思いつくようなことは騎士団が想定済みでしょう」
「俺は新しい知見を得たかったのではない」
手元の書類を手際よく片付けてから、ギルバートは俺の目の前までつかつかと歩み寄ってきた。
「新騎士団長、白狼の森のルークの判断力を確かめたかった。それだけのことだ。貴様の騎士団がこの町に拠点を置くのなら、委託される公務は恐らく魔王軍――あるいは『真なる敵』に関わるものになるだろうからな」




