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第267話 黄金牙のギルバート

 ギルバート卿――俺もその名前はよく知っている。

 黄金牙騎士団の団長。これまでに何度か顔を合わせたことがある相手であり、ガーネットの素顔を知る数少ない人物の一人だ。


 きっとそのせいだろう。

 ガーネットはとっさに俺の後ろに身を隠し、ギルバートからの視線を遮ろうとしていた。


「その必要はない。護衛任務については既に銀翼から聞き及んでいる」


 ギルバートの声色からは、相変わらず感情の起伏を感じ取ることができない。


 意図的に感情表現を抑えているのか、それとも自然体で振る舞った結果なのかも判別がつかなかった。


「まったく、カーマインにはしてやられたものだ。奴の『弟』の顔を知る騎士は銀翼ですら少ないというからな。何食わぬ顔で町に混ざれば末端の騎士に気付かれる道理もないか」


 まるでガーネットの性別のことは知らないような口振りだが、本当に把握していないという保証はどこにもない。


 全てを知った上で、あえて真相を伏せた話し方をしている可能性だって十分にある。


「……黄金牙騎士団の団長殿が、俺に一体何の用なんでしょうか。わざわざそんな変装みたいなことまでして……」

「気にするな。ガーネット卿は正体を悟られまいと俺を避けているようだったからな。気取られずに接近できた方がいいと思ったに過ぎん」


 ガーネットは俺の後ろからそっと顔を出して、知らない相手を警戒する猫のようにギルバートを見やっている。


 まぁ、実際はそれとは逆で、よく知られているからこそ警戒をしているのだが。


「(……ひょっとしたら、一番厄介な相手なのかもしれないな……)」


 詳細な用件について聞き出す前に、ガーネットに対するギルバート団長の認識を頭の中で推測し、整理してみる。


 まず確定なのは、ギルバートとアージェンティア家は昔から関わり合いがあり、ガーネットの素顔を何度となく目にしてきた経験があるということ。


 先程の発言からしても、ガーネットの素顔と名前、そして肩書を一致させて認識していることは間違いない。


 不明なのは、銀翼の騎士としてのガーネット・アージェンティアと、その妹ということになっているアルマ・アージェンティアが同一人物であることを把握しているか否か。


 その辺りについてもガーネットに確認を取っておくべきだった――そんな後悔が脳裏を過るが、しかしガーネットが『気付かれていない』と思っていても、実は見抜かれていたということも十分にありうる。


 どちらにせよ不用意なことは言うべきじゃないし、するべきでもない。


 彼がガーネットのことをカーマインの弟と表現したのなら、その真意がどうであろうと、それに合わせて立ち振る舞うべきだろう。


「それで、ご用件は何でしょうか。正直、心当たりが多すぎまして」

「こちらとしても話したいことは一つや二つではない。ここでは差し障りがあるので場所を変えよう。要塞の方にまで来てもらいたい」

「……ええ、構いませんよ」


 冒険者ギルドのホロウボトム支部は、黄金牙騎士団のホロウボトム要塞の半分を払い下げられて設立されたものだ。


 Eランクダンジョンの『日時計の森』と、隠し通路でそれと繋がった『魔王城領域』――二つのダンジョンにまたがる形で、隠し通路の両端に設けられた対魔王軍の要塞。

 それがホロウボトム要塞だった。


 魔王戦争が終結し、魔王軍が更に深い領域へ撤退したことで要塞の規模も縮小され、騎士団の拠点としての機能は『魔王城領域』側に集中させられることになった。


 俺達がギルバートの要求で向かった先は、まさにその要塞側の小会議室である。


「お互いに多忙な身だ。手短に終わらせるとしよう。まずは我ら黄金牙から新設の騎士団に送る人員についてだが……この話は既に伝わっているか?」

「銀翼のフェリックス副長から伺っています」

「結構。ならば話が早い。他の騎士団がどうするかは知らんが、我々は騎士一名を派遣することで同意した。銀翼の方はここにいるガーネット卿が引き続き滞在することになるようだがな」


 ギルバートは感情の読み取れない眼差しをガーネットに向けてから、用意していた書類の束を俺に手渡してきた。


「こちらで候補を五人ほど見繕った。希望や優先順位があれば通達してもらいたい。貴様の要請をそのまま通すわけではないが、判断の参考にはしよう」

「……拝見します」


 さっそく書類の束に目を通してみたものの、今の俺の知識ではどこを見て誰を選ぶべきかあまり判別が付かなかった。


 参考になりそうなのは人格面の評価あたりだろうが、既に黄金牙の側で選別された人材だけあって、記述内容だけ見れば甲乙つけがたいリストである。


「素人目ですが、能力的にも人格的にも文句のつけようがない方々のようですね。ですから申し訳ありませんが、極めて私的な基準で希望を述べさせていただきます」


 そして、書類のうち二枚を卓上に伏せて脇に除け、残り三枚をギルバートに返却する。


 ギルバートは三枚の内容を一瞥し、わずかに眉を動かした。


「ほぅ……判断基準を尋ねても構わんか?」

「はい。こちらの二人は()()()()()()()


 横で聞いていたガーネットが驚きに目を丸くする。


「もちろん女性騎士のことを嫌悪しているわけではありません。自分などより優れた方々ばかりですし、魔王戦争においては黄金牙のヘイゼル隊長には大いにお世話になりました」


 重要な点は真っ先に否定しておく。

 ガーネットに対して、少しでもネガティブな感情を抱いているとは誤解されたくない。


「ですが……既にご存知だとは思いますが、自分はアージェンティア家のアルマ嬢と婚約を前提とした関係にあります。他の騎士団の一存で派遣が決定されたならまだしも、意見を求められた以上は、誤解を招く希望を伝えるわけにはいきませんからね」


 上級騎士団たる黄金牙の団長であるギルバート卿ともなれば、例の夜会のことなど把握済みに決まっている。


 そもそも両騎士団は昔から対立関係にあり、銀翼の前団長のレンブラント卿は婚姻を利用して勢力を伸ばすことを是とする方針なのだ。


 娘のアルマが誰と結婚するのかは、黄金牙にとっても関心を向けずにはいられない事柄だろう。


「誠に私的な理由で申し訳ありませんが、ご理解いただけないでしょうか」

「ふむ、こちらも配慮が足りなかったようだ。彼女らを候補に加えるなら意見を求めるべきではなかったな」


 意外にも、ギルバートはあっさりと理解を示してくれた。


「かの令嬢は、アージェンティアの娘にしては良い相手を得られたようだ」

「ありがとうございます。それで、他の用件というのは――」

「……ちょい待った。何か急に気分悪くなったんで、外の空気吸ってくるわ」


 話を先に進めようとした矢先、ガーネットがいきなりギルバートに背を向けて小会議室を出て行ってしまった。


 恐らくギルバートからは見えなかったはずだが、早足で立ち去ろうとするガーネットの口元が、どうしようもないくらいに緩んでいたのは俺の見間違いではなかったはずだ。

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