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第265話 家庭教師ガーネット

「随分と話し込んでやがったな。まぁいいけどよ」

「すまん、待たせ過ぎたか」

「仕事の話なら気にしねぇよ。さっさと済ませて風呂に行こうぜ」


 ノワールとアレクシアの帰宅後。

 俺は閉店後の普段の日課に加えて、就寝準備の前にガーネットに頼んで勉強の時間を取ることにした。


 内容はもちろん、騎士としての基礎的な知識に関してだ。


「しっかし、オレが家庭教師の真似事をする羽目になるとはねぇ」

「よろしく頼むよ、ガーネット先生」

「……それマジでやめろって。なんかムズムズすんだよ」


 事務用の机に椅子を二つ置き、肩を並べて勉強に取り掛かる。


 手元にあるのは、フェリックスから借りた新人騎士の教育用の教本が一冊。


「おおぅ、こいつも懐かしいな。改定は一昨年か。オレが教わったときよりマシになってりゃいいんだが」

「この教本、お前が新人だった頃にもあったんだな……いや、ちょっと待った。それ何年前だ?」

「四年か五年ってとこじゃねぇか?」


 当然ではあるのだが、こいつにも新人騎士だった時期が存在する。


 確か今が十五で、それから五年前となると、十歳やそこらの頃に騎士の教練を受け始めたことになる。


 ……本当にまだ子供の頃だ。


「何だよその(ツラ)。騎士の家に生まれた餓鬼なら、それくらいから騎士修行を始めるのが普通なんだぜ。最初は知識と教養を学んだり、年上の騎士の付き人になって現場で教わったりする程度だけどな」


 俺の考えていることなどお見通しだとばかりに、ガーネットはにやりと笑った。


「んじゃ、さっさと始めるぞ。いきなり全部教えても覚えきれねぇだろうから、基礎的なところから少しずつだ」


 ガーネットに促されて教本の最初の方のページを開く。


 ――ウェストランド王国が大陸をほぼ統一して以降の騎士の立場と役割は、統一以前のそれとは変化しているところが多い。


 教本には従来の騎士の在り方も記載されていたが、大して重要ではないということでガーネットに読み飛ばしを指示され、現在の騎士の役割の記述にページを進める。


「現代の騎士は、基本的に十二種類ある騎士団のどれかに所属することになってるんだ。王宮が騎士団に公務と領地を割り振って、個々の騎士は騎士団から任務と領地を分配される……これが基本的なシステムだな」


 大陸統一の過程において、陛下は敵国の戦力を切り崩すために、領地を安堵(あんど)し十分な権力を与えるという条件で、敵国に所属する騎士の集団を丸ごと寝返らせてきた。


 もちろん全ての国に対して同じことをしたわけではなく、自主的に併合を望んだ国や、攻め滅ぼされるまで降伏しなかった国もあった。


 とにかくそうやって取り込んだ騎士の集団が()()()存在し、それらが『騎士団』の総称を与えられ、約束通り王国の公務の一部を任されることになったのだ。


「元は敵だった騎士団が十一あって、残る一つは最初から陛下の戦力だった黒竜改め竜王騎士団。お前の騎士団はこれらに続く十三番目ってことになる」

「騎士団の名前と役割は全部覚えておいた方がいいよな」

「んー……まぁ、最終的にはな。今すぐ覚える必要はねぇよ。とりあえず要点だけ押さえとけ」


 十二の騎士団は二つのカテゴリに大別される。

 いわゆる通常の騎士団と上級騎士団だ。


 上級騎士団の数は四つ。

 近衛統括、竜王騎士団。

 軍事統括、黄金牙騎士団。

 治安統括、銀翼騎士団。

 神殿統括、虹霓鱗(こうげいりん)騎士団。


 四つ目は王都で万神殿を警備していた騎士団であり、別名を神殿騎士団や神託騎士団……というか、正式名称の方は書類上だけの名称に近く、世間一般では別名の方ばかりで呼ばれるらしい。


 俺も正式名称の方はピンとこなかったが、神殿騎士団と聞いたらすぐに『あれのことか』と理解することができた。


 役割は各地の神殿の警備、そして神殿間の調停補佐。

 派手さはないが、無数の信仰が存在するウェストランド王国においては必要不可欠な仲介者だ。


 神殿を警備している騎士はほとんど全てがここの所属で、誰もが普段から目にしているが、正式名称はびっくりするほど知られていないという、何とも奇妙な位置付けの騎士団である。


「つーか、グリーンホロウにある神殿にもこいつら派遣されてるぜ。神殿一つごとに一人か二人ってとこだけどな」

「……そうだったのか。普段、あんまり神殿とか行かないからな……」


 俺みたいに信心が薄い奴の認識なんてこんなものだ。


「上級騎士団は竜王を除いて全国規模の仕事で、残りの八つは特に仕事の多い地域の下請けって感じだな。銀翼の場合なら、主要な貿易ルートの治安維持を下位の騎士団に委任してたりするぜ」


 なので残り八つの名前はちょっとずつ覚えていけばいい、とのことだった。


 基礎的な知識をひとつひとつガーネットから教わりながら、念のため確認しておきたかったことも問いかけてみる。


「……あくまで確認なんだが、やっぱり俺も公務やら領地やらを押し付けられることになるんだよな」

「その辺は陛下次第だな。設立間もない小規模団体だからどっちも申し訳程度、って可能性も十分にあると思うぜ。つーか多分そうなるだろ」


 だったらいいのだが。いきなり銀翼や黄金牙のようなことをやれと言われても無理がある。


「団長としての領地経営やら配下騎士への配分やら……小難しいことは今は置いとくぞ。どうせ専門の奴が割り当てられるだろうから丸投げしとけ」

「丸投げ……それでいいのか」

「いいんだよ。頭領(あたま)が一から十までやらねぇといけねぇ組織なんざ時代遅れだぜ。この店だって専門分野はノワールやアレクシアに丸投げしてんだからな」


 そしてガーネットは腹の底からおかしそうに唇を吊り上げた。


「つーか、オレだって土地持ちの領主サマなんだぜ? 騎士の財布の中身は領地から上がってくる税収だ。公務の活動資金もそっから捻出することになるんだが……実はオレ、叙勲されてから二回くらいしか領地に行ったことがねぇんだよな」

「いいのかよ、ほんとに」

「今どきの騎士だとフツーだぜ。領地経営は親戚なり専門の代理人を雇って()()()()()()()だ。自分の手で運営する奴はせいぜい半分くらいだろうな。だから……」


 ガーネットは隣に並べた椅子から軽く腰を浮かせ、俺の肩に片腕を回してぐっと力を込めてきた。


「あんまり肩肘張ってもいいことないぜ。手に余ることはできる奴に任せりゃいい。お前が全部やる必要なんざねぇからこそ、陛下だって騎士団を任せて平気だなって考えたんだ」

「……お前がそういうなら、もっと気楽に受け止めてもいいのかもな」


 やっぱりガーネットは俺の内心をお見通しだったらしい。

 むしろ俺自身よりも俺のことを理解しているんじゃないだろうか。


 騎士叙勲だの新騎士団設立だの、これまでに経験したこともない転機を前にして、俺は柄にもなく緊張して、無駄に固くなってしまっていたらしい。


 セオドアやフェリックスのところで『騎士らしいところを学ばなければ』と強く感じたのだって、そうやって気負いすぎた結果だったのかもしれない。


「ありがとな。やっぱりお前に頼んで良かったよ」


 ガーネットの方に顔を向けると、鼻先が触れそうなくらいの距離で可愛らしく整った顔が口元を綻ばせた。


「んじゃ、感謝の分だけ今夜は晩飯奢れよな」

「クリームケーキセットでいいか? ……痛てっ」


 密着しすぎていつもの蹴りが当たらなかったのだろうか。

 今回は額で顎を小突かれてしまったのだった。

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