第264話 何度目かの新製品開発会議
――翌日の営業日も何事もなく終わり、いつも通りに閉店準備を進めていく。
「今日もお疲れ。新製品の感触はどうだった?」
勝手口以外の施錠と後片付けを終え、帰り支度を整えた皆に簡単な質問を投げかける。
まず最初に答えたのはアレクシアだった。
「投擲弾の試作品は結構問い合わせがありましたね。レイラみたいな非戦闘員があの戦いで活躍できたわけですし、やっぱり注目度は高かったですよ」
「そういえば、アレクシアさんに頼まれて書いた使用感のレポート、あれはお役に立ったんでしょうか」
「もっちろん! 現場からのフィードバックは貴重なお宝だからね! 改善点もいくつか見つかったし、次に作る分はもっと使いやすくなってると思うよ!」
アレクシアはレイラの肩を抱くように腕を回し、何度か笑顔で軽く叩いた。
「Aランクのトラヴィスもレイラの活躍を高く評価! っていう宣伝文句でアピールしたら凄く受けが良くってさ」
「ええっ……!? いつの間にそんなことしてたんですか! というかトラヴィスさんに何を言わせているんです!」
投擲弾――正式には投擲呪装弾と名付けられたそれは、この前の魔王城地下迷宮の戦いで試験運用された、アレクシアとノワールの新たな共同製作品だ。
従来の呪装弾は、スペルスクロールを手のひら大に縮小したミニチュア版の呪符を、弓やクロスボウの矢弾の先端に括り付けて固定することで遠くまで飛ばすものだった。
呪符は当然ながら紙製なので遠くに投げるのが難しく、風を操ったり魔力の流れを利用しない限り、手元で発動させるか貼り付けて使うしかなかった。
魔法使いでなくても最低限の魔法を気軽に使えるのが売りなのに、魔法使いでなければ有効射程距離が短くなるという欠点があったのだ。
この欠点を克服したのが呪装弾だが、こちらにも欠点は存在した。
単純な話、呪符の量を増やせば増やすほど、その質量と体積が邪魔になって射程と命中率が落ちてしまうのだ。
分厚い百科事典がとてつもなく重たいように、束ねた紙の重量はかなりのものになるのである。
「しかし考えましたね。呪符を詰めた礫を作るとは。クロスボウすら不要で、腕さえ動けば投射できるというのも戦術的には大きいでしょう」
サクラは店頭に置かれた呪装弾の見本を手に取って、感心した様子でそれを色々な角度から眺めていた。
ちなみに今日のサクラは、店の手伝いではなく客としてやって来た立場である。
買い物を済ませた後でしばらく店に残り、同じ宿に泊まっているレイラやエリカを送って帰るつもりだと言っていた。
「最初は呪装弾の構造を複雑にして大火力にする構想だったんだけどね。先端部分に火属性の爆発魔法の呪符をぎっしり詰めて、後ろの方に風の魔法を仕込んで、発射直後から風圧加速させて遠くまで……って感じでさ。複雑過ぎて量産に不向きだからボツにしたけど」
アレクシアは苦笑しながら手をひらひらと振った。
ノワールと協力し、機巧と魔道具を組み合わせた武器や道具を数多く考案しているアレクシアだが、その試みの全てが上手くいっているわけではない。
一つの成功作の裏には何倍もの失敗作がある。
それなりに資金を注ぎ込んだ試みでも、現状では解決困難な課題があるから開発を凍結するということも珍しくない。
俺は知識や技術では手伝うことができないので、要請に応じて【修復】や【解析】を使ったり、あるいは研究資金を予算として提供するのが関の山だ。
「それに、投擲弾の原型を思いついたのはノワールですよ」
アレクシアは発言の矛先をサクラから俺に切り替えた。
「複合型呪装弾の研究中に、二つの魔法のバランス調整が全然うまくいかないからってノワールがキレちゃいまして。呪符をこう、両手でぐしゃっとまとめて握り潰してぶん投げた拍子に閃いたみたいで」
「き、キレたのか……? ノワールが?」
「その話、もうちょっと詳しく……!」
俺とついでにエリカが妙なところに食いついてしまう。
物静かという言葉すら控えめに感じるノワールが、そんな方向性で感情を爆発させる姿など見たことがないし、とてもじゃないが想像すらできなかった。
当のノワール本人は、色白な顔を赤らめ、長い黒髪を振り乱してブンブンと激しく首を横に振っていた。
「そ……そんなのじゃ、ないから……ないから……! 違う、から……! そ、それ……より……一つ……いい、かな……」
ノワールは全力で話を逸らしにかかりながら、投擲弾について彼女なりの意見を付け加える。
「これ、便利、だけど……威力、が……大き、すぎるんだ……本店、では……売らない、方が、いい……かも……」
「普通の住人や低ランク冒険者の手には余るってことか」
こくりと頷くノワール。
「レイラ、の……レポート、にも……あった。投げ……損なった、ときの……リスクが……大きくて……」
「だから経験豊富な奴が多い支部の方で売るべき、と。なるほどな。アレクシアはどう思う?」
「私も同感ですね。町の人が欲しいって言っても売れませんよ。間違えて起動させて家ごと吹き飛ばれたら堪りません」
俺は以前の戦いでは、レイラが投擲弾を使う現場には居合わせることができなかったので、具体的にあれがどの程度の破壊力を発揮したのか、まだ自分の目では把握していない。
しかしノワールとアレクシアが口を揃えてそう言うなら、素直にその意見を受け入れるべきだろう。
「分かった。攻撃用の投擲弾は支部だけで売り出すことにしよう。支部長のフローレンスにも話を通して、ギルド支部の許可が必要ってことにしてもいいかもしれないな」
「あっ、いいですね許可制。ギルドなり騎士団なりが一枚噛んで責任を持ってくれるなら、危なっかしい奴も安心して店頭に並べられそうです」
「安心か……? まぁそれはそれとして。俺からも一つ提案なんだが」
これまでの話を踏まえた上で、ついさっき思いついたばかりの意見を専門家に聞いてもらうことにする。
「投擲弾が危険なのは、使いやすさに対して威力が大きすぎるからなんだよな。だったら、護身用に使える程度の性能のものなら本店に置いてもいいんじゃないか?」
「ふむふむ、具体的にはどのようなものを想定しています?」
「山で遭遇した肉食動物を追い払える程度とかだな。倒すんじゃなくて追い払うくらいなら誤作動させても被害はないだろ」
「ああ、いいかもですね!」
「……閃光弾……ううん……獣避け、特化の……それ、とも……煙幕に……」
「私も思いついたんですけど、信号用の狼煙を上げるためにも使えそうじゃないですか? この場合は投げるというより簡単に使える方を利点として――」
ついつい意見交換が盛り上がり、俺とアレクシアとノワールの三人だけでのやり取りに没頭してしまう。
技術や知識では二人に大きく劣るが、冒険者として様々な現場を駆けてきた経験では負けていないつもりだ。
そうこうしていると、サクラが遠慮気味に話に割って入ってきた。
「申し訳ありません。そろそろいい時間ですので、エリカとレイラを宿まで送っていきますね」
「悪い、うっかり話し込んでたみたいだ。よろしく頼めるか?」
「お任せください。それではまた明日」
サクラは二人を連れて勝手口の方に向かっていき、そして途中で足を止めて振り返った。
「せっかくですので私からも一つ。ナギの奴が言っていたのですが、あれを手裏剣……投擲用の短剣に仕込めないかとのことでしたよ」
武器屋っぽい内容を書いていたらうっかり長くなってしまった感。
想定では一話分の前半部分程度にするつもりだったのですが。




