第263話 銀翼騎士団への相談 後編
「……それで、もう一つの相談なのですけど」
支部に来た本来の目的とも言える話題も忘れずに切り出していく。
「これから自分は、曲がりなりにも騎士の肩書を背負っていくわけですが、そのために必要となる知識や経験を全く備えていません。よろしければ銀翼騎士団からご教示いただけませんか」
「ああ、そうだそうだ。これが本題だったよな。何でアルマのことに話が引っ張られてんだよ」
ガーネットも会話の軌道修正を強く後押しする。
俺は十五年間ずっと、最低ランクとはいえ冒険者としての経験を積んできたので、その分野に関しては相応の知識と経験を備えているつもりだ。
しかし、騎士として――騎士団として要求される事柄に関しては完全な門外漢。
いくら政治的理由だけで任命された立場とはいえ、素人同然の無知であり続けるのはまずいだろう。
「なるほど、ルーク殿のお考えは分かりました」
フェリックスは感心したように小さく頷いたが、続いて発した言葉は俺の期待の逆を行っていた。
「ですがこちらからご協力を差し上げるのは、少々難しいですね」
「はあっ!?」
声を上げたのはガーネットだ。
即答で断られることを全く想定していなかったらしく、目を丸くして驚いている。
「……理由を伺っても?」
「ええ。ガーネットはここしばらく団を離れていましたので、状況の把握が万全ではないのかもしれませんが……」
フェリックス曰く、俺達が王都でのあれこれや地下探索に意識を向けている裏で、各騎士団の間では新騎士団設立に向けた折衝が繰り返されていたのだそうだ。
基本的な方針は『新騎士団の運営をなるべく中立の状態で開始させること』だった。
各騎士団の関係性は対立関係と協力関係が入り混じっていて、新騎士団がどこか特定の騎士団に肩入れした状態で活動を開始するのは、多くの騎士団から快く思われないのだそうだ。
活動開始後に立場が偏っていくのは致し方ないが、開始時点でいきなりどこかの勢力に属するのは、対立激化を避けるという設立目的から考えても望ましくない――といった方針で折衝が進んでいるのが現状らしい。
「折衝はまだ途中段階ですが、銀翼がルーク殿を過剰に取り込もうとしている……という認識を他の騎士団に持たれるのは避けたいところなのです」
「何と言うか……大変な話ですね」
「もちろんどの騎士団も、その範疇で最大限の利益を得ようと画策しているのですけれど。ガーネットを護衛として派遣したのに加えて、指導員までとなると少々……」
事前に評価を稼ぎ過ぎていると認識されかねない、といったところか。
ガーネットの正体はいずれ公にされるはずだし、銀翼騎士団から指導を受けたことは隠しきれるものではない。
仮に隠そうとしたところで『誰から指導を受けたんだ』と疑問視されるのは避けられないだろう。
「それじゃあ、誰に教えを請うのが望ましいんでしょうか」
「いずれ王宮の方から何かしらの配慮があるものと思います。それを待たずに自主的な訓練をお望みでしたら……そうですね、黄金牙に話を持っていくか、あるいは……ガーネットに教えさせましょうか」
「はあっ? オレが!?」
ガーネットはこれまた全くの予想外だったらしく、さっきよりも更に大きな驚きの声を上げた。
「いやいや、何でオレなんだよ。教官なんざやったこともねぇよ」
「教官だなんて大袈裟に捉える必要はありませんよ。基礎的な知識をお教えするだけなんですから」
「そもそもオレが教えたら、銀翼から誰か派遣するのと同じじゃねぇか」
「周囲に与える印象は大違いです。『新騎士団の話が出るよりもずっと以前に、魔王軍から守るために一人だけ派遣したに過ぎない』という言い分が使えますからね」
焦りを露わにしたガーネットと落ち着いた様子のフェリックスが、テーブルを挟んで言い合っているが、どう見てもフェリックスの方が優勢だ。
どの騎士団も許される範疇で最大限の利益を得ようと画策している、なんてことを言っていたが、どうやら銀翼騎士団も該当しているらしい。
「それにですね、これはまだ調整段階なのですが、各騎士団から新騎士団に一人ずつ構成員を提供するという案も上がっています。ですので、我々からの干渉をガーネット経由に一本化するのは都合がいいのですよ」
フェリックスは物凄くあっさりと、聞き流せない新たな情報を口にした。
「……! おいフェリックス、それルーク本人の前で言っていいことだったのか?」
「ええ。むしろ私経由でルーク殿にお伝えするという手筈になっていましたから。他の団の担当者も同意の上です」
「ちょ……ちょっと待ってください」
慌てて二人のやり取りに割って入る。
「他の騎士団から提供ってどういうことですか……?」
「……? そのままの意味ですが。あくまで調整中の案なので、最終的にどうなるのかは分かりませんし、実現するとしてもかなり先のことになりますけど」
当然だと思っていた俺の疑問に対して、何故かフェリックスは不思議そうな反応を見せた。
「騎士団である以上、与えられた公務をこなす団員は必要不可欠です。しかし新騎士団が全くの新人を集めて教育するのは非現実的なので、各騎士団から初期構成員を提供しようという話が進んでいるのですよ」
「言われてみれば、確かに……俺一人しかいない『団』なんて、単独なのにパーティを名乗るようなものですね」
「ルーク殿は冒険者を中心に豊富な人脈をお持ちですが、正規の騎士でなければ行使できない権限も少なくありませんから」
説明を受けてみれば、どう考えても納得せざるを得ないものだった。
「銀翼から派遣する一名をガーネットとすれば、護衛の件も教練の件も問題にはなりにくいと思われます。いかがですか?」
「けどよ……だからちょっと待てって。オレはそんなことする自信なんかねぇぞ」
「ルーク殿が黄金牙のところへ通うにせよ、黄金牙の教官がホワイトウルフ商店へ通うにせよ、貴方も護衛任務をこなしにくくなるでしょう。本格的な内容は王宮に任せるとして、基本は貴方が教えるのが一番ですよ」
フェリックスから重ねてそう言われ、ガーネットは口を噤んでこれ以上の反論を飲み込んだ。
「……まぁ、あの家に他所の騎士がずかずか上がり込むっつーのは……色々と面倒だしやり辛ぇな。つーか邪魔だ」
「でしょう? ルーク殿さえよろしければ、是非このまま話を進めたいのですが。ガーネットは護衛と店員の役割に加えて教官役も担うことになりますが、彼なら問題はありませんよ」
護衛、店員、教官。実際はこの三つに加えてもう一つ――改めて言葉にするのは気恥ずかしいが――恋人、という立場もある。
ひょっとしたらガーネットは、そちらの立場から他の騎士の介入を嫌ったのかもしれない。
そんな自惚れのようなことを考えながら、俺はフェリックスの提案に返事をした。
「願ってもないご提案です。よろしくお願いします」




