第262話 銀翼騎士団への相談 前編
「勉強ねぇ。いいんじゃねぇか? やっといても損はしねぇだろ」
セオドアとの会話の内容を報告し、政治絡みの話題にも慣れたほうがいいと言われたことも伝えると、ガーネットは思いの外あっさりとそれに賛同した。
「やっぱりそう思うか。けどなぁ、一体どこから手を付けたらいいものやら」
「こういうのは本職を頼りゃいいんだよ」
「お前が教えてくれるのか」
「いや、支部の奴を紹介してやる」
堂々とそう言い切られたので思わず苦笑してしまう。
俺の反応を見て、ガーネットは声を上げて笑った。
「こういうのは慣れてる奴に頼るのが一番確実なんだよ。とりあえず帰り際にグリーンホロウの支部に寄ってみようぜ」
ガーネットの提案に乗って、ホワイトウルフ商店に帰る前に銀翼騎士団のグリーンホロウ支部へ足を運ぶことにする。
グリーンホロウに常駐する騎士団は二つ。
地上の治安維持を主任務とする銀翼騎士団。
地下の警戒監視を主任務とする黄金牙騎士団。
両者は昔から対立関係にあり、国王陛下の支配下に入ってからも武力を用いない競争を続けている……のだが、それは今は関係のない話。
銀翼騎士団は地上の町中に拠点を持ち、黄金牙は地下のダンジョン内に要塞を構えていて、なおかつガーネットが銀翼所属の騎士である以上、こういうときに助言を求める相手は銀翼でほぼ決まりだ。
というわけで、帰り道に足を伸ばして銀翼騎士団の拠点に立ち寄ると、すぐに支部長のフェリックスとの面会を手配してもらうことができた。
本来は銀翼騎士団の副長という高い地位にあり、魔王城の目と鼻の先の町を警備するという大任に相応しい人物として派遣された彼なら、相談を持ちかける相手として申し分ない。
「団に顔を売っとくと、こういうときに便利だろ?」
「お前が銀翼の騎士だと名乗れたらもっと楽なんだけどな」
「無理無理。俺がお前の護衛に付いてるのは秘密任務って扱いだし、そもそも下っ端の騎士はオレの面を知らねぇからな」
そんな会話をひそひそと交わしながら、フェリックスの準備が済むまで執務室の前で待たされる。
「一応の確認なんだが、フェリックスさんはお前とアルマの本当の関係性は知らないんだよな」
「ああ。普通に兄妹だと思ってるはずだぜ。あっちの格好でも何度か会ったことはあるんだが、気付いた気配は微塵もねぇな」
騎士団の副長ともなると、さすがにカーマイン団長の妹との面会経験もあるらしい。
更にガーネットの素顔も知っているというのに、それでも双子の兄妹であるという説明を疑いもしていないわけか。
一度定着してしまった先入観を覆すのは難しいという実例か、ガーネットの演技が巧みだったのか、それとも単にフェリックスが騙されやすい性質だったのか。
……個人的に後者の二つは考えにくいので、きっと先入観のせいなのだろうと思うことにした。
そちらの方がセオドアを誤魔化すという面でも都合がいい。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
しばらくして、扉の向こうから入室を促す声があった。
「お久し振りです、ルーク殿。本日はどのようなご用件ですか?」
「実は折り入って相談したいことがありまして」
いわゆる女顔と呼ばれる顔立ちの好青年が、穏やかな物腰で俺とガーネットを迎え入れてくれる。
「まず一つ目の相談なのですけど、ガーネットが銀翼の騎士であることを、特定の人物に明かすということはできませんか。少々込み入った経緯で、ちょっとした不都合がありまして」
「不都合ですか……詳しく説明していただけますか」
ひとまずセオドアとの経緯について、ガーネットの本当の性別には触れないように気をつけながら説明をする。
「……なるほど。辺境伯家嫡子にしてAランク冒険者。アージェンティア家と昔から付き合いがあり、騎士になる前のガーネットの顔を覚えている可能性があるので同行させにくい、と……」
「はい。本人は覚えていないと言っていますし、成長もしているので恐らく気が付かないだろうとは思いますが、何かの拍子に思い出さないとも限りませんから」
念には念を入れてという奴だ。
セオドアと面会したときにあれこれと布石を打っておいたが、これに加えてガーネットを『実は銀翼騎士団から派遣された護衛です』と紹介することができれば、本当に隠しておきたい情報の隠蔽がより盤石になるはずだ。
「この護衛任務は可能な限り秘匿しておきたい情報です。しかし他組織への情報公開はルーク殿の正式就任を節目とする予定ですし、何より辺境伯のビューフォート家でしたら特別扱いの理由としては十分すぎますね」
フェリックスは口元に拳を当ててしばし考え、そして満額の回答を返してくれた。
「分かりました。その方にはガーネットを銀翼騎士団の騎士として紹介して頂いて構いません。ただし、特例措置であり正式発表までは秘匿するようお伝えください」
「感謝します。これで色々と応対しやすくなりますよ。地位が高くて借りも作っているとなると、邪険な扱いは到底できませんからね」
「借りですか……ああ、例の件ですね。もちろん私の耳にも届いております」
そう言ってフェリックスは満面の笑みを浮かべた。
楽しいとか面白いとかいう感情から生じた笑いなどではなく、純粋な喜びと祝福から生じた笑顔だというのが見て取れた。
「アルマお嬢様とは、上官と部下の妹という決して親しい間柄ではありませんでしたが、手前勝手ながら気にかけさせて頂いておりました。何と申し上げますか、その……あまり羽根を伸ばして育つことのできない家柄でありましたから」
フェリックスは言葉を選んだ様子で、アージェンティア家の方針に対する苦言をうっすらと滲ませている。
自分が所属する騎士団の実質的な前団長であり、今も団に強い影響力を持つレンブラント卿の家庭の方針ともなると、何か思うところがあっても表立って口にできないのだろう。
「我らは昔ながらの伝統を重んじる傾向が強く、時代遅れと揶揄されることも少なくありませんが、若い騎士の間では子供の結婚を政治の道具とすることを疑問視する傾向も強くなっています」
「やはりカーマイン団長の影響でしょうかね」
「そうかもしれません。あの方は破天荒なところもありますが、銀翼を現代的な騎士団に近付けるための意識改革に余念がありませんから」
「……例えば女性騎士の登用なども考えたり?」
話の流れに乗ってそんなことも確認してみる。
「ここだけの話、議題としては上げられていますね。これについては一般の団員からの反対も強いので、さすがに一筋縄ではいかないのでしょうけど」
銀翼騎士団の中枢に近いフェリックスからでなければ聞けないような話を聞かされ、妙な満足感を覚えながら長く息を吐く。
「カーマイン団長以外にも、アルマのことを心配してくれていた人がいたんですね。それが分かっただけでも嬉しいです」
フェリックスと語り合いながらさり気なく視線を横に動かす。
会話の間、ガーネットは腕組みをしたままずっとそっぽを向き続けていた。
まるで、正面を向いていたらまともな顔ができそうにないと言わんばかりに。




