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第261話 思い返せば波乱万丈 後編

「申し訳ないですが、今はまだ詳しい説明はできません。本人と先方に許可をとって……話せるとしてもその後からです」

「それは残念。だが仕方ない。君の裁量で話せる範囲だけでも構わないんだが」

「……銀翼騎士団とは、武器屋を始めてすぐの頃からの付き合いですから。騎士団を通じて縁があったんですよ」


 慎重に言葉を選びながら、アージェンティア家との関わりについて説明する。


 この件に詳しく言及しようと思えば、必然的にガーネットが騎士の身分を伏せて護衛に付いていることや、本当の性別を隠していること、それに至った経緯などを(つまび)らかにしなければならない。


 とてもじゃないが俺の独断ではできないことだし、銀翼騎士団やアージェンティア家の都合も絡むからガーネットの許可だけでも難しい。


「当然ですけど、あの夜会で初めて会ったわけじゃありませんからね」


 後で情報公開の許可くらいは取っておくべきだろうかと考えつつ、自分の裁量で語れる範囲のことを語っていく。


 今はまだ何も話せないと切って捨てることができないのは、ひとえに大きな()()があるからだ。


「騎士団との繋がりで知り合って、しばらく関係を深めたところで前団長が婚約者探しを要求していると知ったので、大慌てで王都に駆けつけたという次第です」


 ……このとき、婚約者探しの舞台である伯爵の夜会に乗り込む助けとなったのが、セオドアに探索への協力と引き換えに書いてもらった紹介状だ。


 いくら銀翼や黄金牙と関わりがあるとはいえ、一介の民間人が招待状もなしに入り込める場所ではないため、辺境伯の嫡子という肩書を借りられたのはかなり大きかった。


「黄金牙にしてみれば『その手があったか』と言いたい気分だろうね。ひょっとしたら、今から横槍を入れる準備でもしているのかも?」

「仮にそうだとしても無駄ですよ。心移りなんかする気は毛頭ありませんし、あいつ以外の誰かに手を出したいとも思いません」

「一途だねぇ。見習わせたい知り合いが山ほどいるよ」


 こんなところで俺は何を喋っているんだ……そう思わずにはいられない状況だ。


 そもそもセオドアのところを訪れたのは、ドラゴンの発生源を探る過程で行う予定だった地下探索の準備が、現時点でどこまで進んでいるのかを確認するためだったはずだ。


 まだ俺に協力要請が出せる状況ではないとの返答を受け、次の用件としてこいつがガーネットのことをどれくらい知っているか探りを入れようとして……気が付いたら奴のペースに飲まれてこのざまだ。


 借りがあるからとか、一応は貴族の家系の一員だからとか、そういう理由で遠慮があったのは事実だ。


 しかしそれ以上に、こいつの話術と巧みな話題運びにすっかり乗せられてしまった感がある。


「というか、こんなことを聞いて本当に面白いんですか」

「興味深い話題だよ?」


 間髪入れずに返答があった。


「アルマ嬢は貴族の間でも、滅多に表へ出ない深窓の令嬢としてそれなりに知られていてね。そんな彼女が遂に伴侶を選んだと思ったら、まさかまさかの相手だというじゃないか」


 ドラゴン絡みの話をするときほどではないものの、セオドアは本当に興味があるような素振りを見せている。


「人間関係に興味が薄いと自認する僕だって、それなりに興味を抱かずにはいられない話題だ。そんな話題の渦中にいる自覚はなかったのかい?」

「……そういうものですか」

「そういうものだよ。あわよくば君の伝手(つて)でお目にかかることができればとも……ああ、勘違いしないでくれたまえ。下心の類は一切ない。貴重な宝石を拝見するのと同じ、純然たる好奇心さ」

「……昔、彼女とあなたが顔を合わせたことがあると聞きました。そのときのことは覚えてはいないのですか?」


 ようやく、やっと尋ねたかったことに話題を移すことができた。


 セオドアは意外そうに目を丸くして、記憶の糸を辿ろうとするように視線を上に移動させた。


「確かに、銀翼騎士団のアージェンティア家と対面したことはあるね。だけど随分と昔の話だ。さすがに記憶が薄れているし、何よりとっくに成長しているだろう。今の顔なんか想像もつかないさ」


 まぁ、それはそうか。当然と言えば当然だ。


 俺やセオドアくらいの歳になれば、数年……あるいは十年経過したところで外見はさほど変わらない。


 太ったり痩せたり多少老けたりはするだろうが、根本的な骨格はそのままだ。


 しかしガーネットの年頃は違う。

 成長という意味でも成熟という意味でも、数年間の時間経過が決定的なまでに肉体を変化させてしまう。

 ましてや十年も経てばささやかな面影程度しか残らないはずだ。


 やはり、セオドアと会ったら正体がバレてしまうかもしれないというガーネットの懸念は、考えすぎだと結論付けざるを得ないのだろう。


「……双子の兄のガーネット・アージェンティアと会ったことはありますか? 今のアルマ嬢は彼とそっくりですよ」


 ここぞとばかりに、ガーネットが違和感なくセオドアの前に姿を現せるような布石を打っておく。


「ガーネット・アージェンティア。確か彼も銀翼の騎士だったね。何度か目にしたことはあったはずだけど、いつも兜を被っていたから素顔は知らないなぁ」

「アルマ嬢と引き合わせるよりも、彼と会う方が簡単かもしれませんね」

「そうしたら嬢の顔も想像できるって? ガーネット卿を怒らせるんじゃないかなぁ、それは」

「大丈夫ですよ。彼のこともよく知ってますから」


 これできっと大丈夫だ。

 銀翼の騎士のガーネットの素顔は妹とよく似ている――という知識を先に与えておけば、いざガーネットと会ったときに幼いアルマのことを連想しても『前情報通りだな』としか思わないだろう。


 凍結していた地下探索の再準備の進捗状況は確認できた。

 ガーネットの正体に気付かれる可能性の検証と、それを未然に防ぐための仕込みもできた。


 途中でなんやかんや脱線してしまったが、俺としてはこれ以上ない成果を上げられたと言えるだろう。




「――セオドア様。予定をかなり上回っておりましたが、ルーク氏とそこまで話し込まれる理由でもあったのですか」

「おっと、そんなに過ぎていたか。悪いねマリア。ついつい夢中になってしまったよ」


 白狼の森のルークが退室して間もなく、それと入れ替わりで会計役のマリアが応接室に入ってきた。


「談話が楽しかったのはもちろんだけどね。政治的にも意義がある時間だったと思うよ」

「と、申しますと」

「考えてもみたまえ。これは王宮や上級騎士団が注視する人物と、個人的な友好を深める席でもあったんだ。正式就任前の新騎士団長との一対一の会談……実家にも報告できる成果だと思わないか?」


 セオドアのそれらしい口ぶりに、マリアは特に反論する意志を見せようとはしなかった。


「実家にはそう報告してくれ。少しはご機嫌取りをしないと、また廃嫡だの何だのと言い出しそうだからね」

「畏まりました。発言の後半部分もくまなく報告させていただきます」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 愉快そうに苦笑しながら、セオドアは応接室の大きな窓の前に立った。


 別荘から町へ続く坂道を下りていく二つの影。

 白狼の森のルークと、別荘の門前で待っていたという連れの少年だろう。


 本来であれば輪郭を捉えることすら困難な距離であったが、セオドアの両目に宿ったスキルの力は、ルークの隣を歩く少年の表情すらもつぶさに見て取っていた。


「……なるほど、あの子が。噂通りの母親似じゃないか。レンブラント卿が手放すのを渋ったのも頷けるよ」

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