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第257話 全てが終わった後に

「――うわっ! 暑っ! つーか熱っ!」


 俺が迷路の天井を【分解】した穴を潜り、様子を見るために一人で跳んでいったガーネットの第一声は、冷涼な地下にあるまじき謎の一言だった。


 下階からの【解析】では状況把握に限界がある。

 特に、激しい戦いが繰り広げられていると、細かい動きまでは追い切れず『とにかく戦っている』としか分からなかったりするのだ。


「大丈夫か! 危険ならすぐに戻ってこい!」

「安心しろよ、とっくに戦闘は終わってやがる。その余波っつーか残滓っつーか……とにかくもう安全だぜ。説明が面倒だからさっさと上がってこいよ」


 天井の穴の縁から差し出されたガーネットの手を掴み、スキルで強化された腕力で一気に引き上げられる。


「うおっ……! 確かに真夏みたいな……」

「だろ? よく分からねぇが、少なくとも被害なしで勝ったみてぇだな」


 地下空間の様子をぐるりと見渡す。


 人形型ゴーレムは一つ残らず残骸と化し、一箇所に集まって山のように積み上がっていた。


 斬られ、穿たれ、焼かれ熔かされ砕かれて。

 残骸の山を一目見ただけで死闘の激しさが伝わってきた。


「ルーク殿! ご無事ですか!」


 俺達に気付いたサクラが笑顔で駆け寄ってくる。


 額には汗で前髪が張り付き、隠しきれない疲労の色を感じるものの、外傷は全く負っていないようだった。


「そっちこそ無事みたいでよかった。戦闘は終わったみたいだけど、こんなに暑いなんて一体何があったんだ」

「あはは……それはですね……」

「不知火が神降ろしを使ったからですよ」


 想定外のタイミングでナギが横から口を挟んでくる。

 本人も後ろにいるメリッサも、疲れ果ててはいるが負傷はしていないようだ。


「多少は制御できているようだったが、危ない橋を渡っていることに変わりはないんだろう」

「実戦経験を積まなければ、いつまでもろくに制御できないままだ。それに精度も使う度に上がってきている」

「この期に及んで使うなとまで言う気はないさ。それこそ馬鹿の一つ覚えだ。しかし今後も常用するというなら、こちらも万が一の場合の備えをした方がいいと思っただけだ」


 そしてナギはサクラに背を向け、振り返ることなく歩き出しながら続きを口にした。


「お前が暴走したときの備えくらいは考えておいてやる。あまり期待はするなよ」


 立ち去っていくナギとその後ろ姿を見送るサクラを、メリッサは心底複雑そうな顔で交互に見やってから、俺に向かって軽く頭を下げてナギを追いかけていった。


 神降ろしを使うなと頑なに主張していた頃と比べれば、ナギの態度はかなり軟化しているようだ。


 具体的に何かきっかけとなるものがあったのかどうかは、俺にはよく分からない。


 実現できてしまったなら仕方がないという諦観かもしれないし、ナギなりにサクラを認める気になったのかもしれない。


「申し訳ありません、話を中断させてしまいました。今回の戦闘の経緯ですが……」


 話題を元に戻そうとした矢先、サクラは急に立ちくらみを起こしたように足をもつれさせた。


「……失礼。少々、疲労が。神降ろしは十分に制御可能な範囲に留めていたのですが……」

「俺のことはいいから休んできたらどうだ? 別に今すぐ聞かないといけないことでもないし、責任者のトラヴィスに説明させればいいだけなんだからな」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして……」


 戦闘で疲弊したサクラを送り出し、今回の探索の総責任者であるトラヴィスを探して周囲を見渡す。


 広い地下空間とはいえ大男一人を見失うほどではないので、すぐにトラヴィスを見つけることはできたのだが、どうにも話しかけるのを躊躇わずにはいられない状況であった。


 困り顔で立ち尽くすトラヴィスの目の前で、緊張の糸が切れた様子のレイラがぺたりと座り込んでいる。


「あー……その、だな。大丈夫か?」

「は、はい。ごめんなさい、やっと戦いが終わったと実感した途端に、足に力が入らなくなってしまって……」


 苦手意識に苛まれながらも無視できずにいるトラヴィス。


 憧れの相手と一対一で話せる機会だというのに、無様で格好のつかない姿を見せてしまったと焦るレイラ。


 お互いに理由は全く違うが、どちらも普段通りに話すことができないでいるようだった。


「……あの、私……トラヴィス様の足を引っ張ってはいませんでしたか?」

「まさか。よく役に立ってくれたさ。しかしだな、そのトラヴィス様というのはやめてもらえないか。何と言うかその……むず痒くなる」

「では……トラヴィスさん」

「それならまぁ……」


 ガーネットも俺の隣で足を止め、二人のぎこちないやり取りを呆れ顔で眺めている。


「と、とにかくだな。ここも完全に安全とは限らんから、なるべく早く地上に戻った方がよさそうだ。立てるか、レイラ」

「ごめんなさい、まだ足に力が入らなくて……あの、よろしければ……」


 レイラは床にへたり込んだまま上目遣いでトラヴィスを見上げ、立ち上がるのを助けてほしいと求めるように手を伸ばした。


 露骨に動揺するトラヴィス。

 傍から見ているだけのガーネットが、何故か演劇に見入る観客のように軽く身を乗り出す。


 気持ちは分からないでもないが、ここまで露骨に野次馬を決め込むのは、さすがに少し悪趣味だ。


 ガーネットの頭をノックするように軽く叩いてから、その部分をわしゃりと撫でて、事情を聞くのを後回しにして離れるように促す。


「あ(いて)っ」

「じろじろ見るもんじゃないだろ。ほら行くぞ」

「そりゃそうだけど……つーか行くってどこにだよ」

「どこか適当に」


 踵を返して場所を変えようとした視界の隅に、トラヴィスが遠慮気味に腕を伸ばす様子と、レイラがその腕を取る姿が映った。


 トラヴィスはレイラの手を握っていない。

 あくまで立ち上がる支えとするために腕を差し出しただけで、その手は何も掴んでいなかった。


 太く強靭な腕をレイラの細い指が掴み、そのまま力尽くで引っ張り上げられるという、色気も味気もない立ち上がらせ方だ。


 恐らくトラヴィスにとっては、これが精一杯の妥協点だったのだろう。


 華奢な少女の肉体に自分から触れることは、力の加減ができなかった過去を思い出して恐ろしくなってしまうが、少女の方から自分の強靭な肉体に触れるのならまだ踏み止まれる――きっとそう考えたに違いない。


 突き放して自力で立たせるという選択肢もあったはずなのに、そんなことをするくらいなら自分が恐怖心を堪えるというのは、実にトラヴィスらしい行動である。


 この気遣いが余計にレイラの想いを深くすることには、恐らく微塵も気が回っていないのだろうけど。


 俺に言わせれば、それも含めてトラヴィスらしさなのであった。

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