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第253話 蠢く顔なき人形の群れ 後編

「やるじゃねぇか、白狼の!」


 ガーネットが人形を縦に斬り裂きながら快哉(かいさい)を叫ぶ。


 リピーティング・クロスボウの活用法はなかなかの好感触だ。


 常に【修復】を掛け続けて破損を防ぐといっても、微細な損傷を元に戻すだけなら大した負担にはならず、壊れてしまってから【修復】するのとさほど大差はない。


 魔力消費の総量は多少増してしまうが、最悪のタイミングで壊れるリスクを抱えるのを考えれば安いものだ。


「悪いけど凍結させる奴は今ので品切れだ。もっと作っておいてもらえば……」


 残る問題は弾数制限だが、その辺りは俺の運用でどうこうできることではない。


 別の種類の呪装弾カートリッジを装填しながら振り返った瞬間、俺達の死角をすり抜けた人形が俺に飛びかかろうとしてきた。


「やばっ……!」

「ステイシス!」


 それを止めたのはエディの呪文だった。


 人形が急減速して鈍重になったことに気付き、俺はすぐにその顔面を掴んで内側の魔法文字ごと【解体】で粉砕した。


「助かった、ありがとな」

「あまり期待しないでくれ。今の呪文は消費魔力が多くて効果時間も短いんだ。相手が生き物ならパラライズで効率的に止められたんだが……」

「パラライズね……ありゃ確かに効果的だ」


 前に浴びせられたときの記憶を思い返して苦笑する。


 そのとき、群れをなした人形の反対側で魔力が弾ける気配がして、数体の人形がまとめて氷漬けにされた。


「レイラだな。ノワール謹製の新型魔道具だ」


 呪装投擲弾……とか何とか、アレクシアが言っていた気がする。

 理屈としては呪装弾と同じ魔道具らしい。


 呪符をクロスボウの矢弾(ボルト)の先端に固定するのではなく、小型スクロールと呼べるくらいの体積で手のひらサイズに詰め込み、クロスボウではなく素手で投擲するというものだ。


 効果自体は普通に呪文を唱えた方がずっと強く、大きさの問題で持ち運べる数にも限りはあるが、魔法系スキルを持たない奴の攻撃手段として大いに期待できる代物である。


「一時はどうなることかと思ったけど、これなら何とかなりそうだな」


 戦況が有利に傾いてきたのを感じて安堵の息を吐く。


 魔法文字という弱点が割れた以上は、ここにいる連中が白兵戦で遅れを取る道理もなく、物量で押そうとしても魔法と魔道具で動きを封じれば対処可能。


 これならもうすぐ決着がつく――そう思った直後、二度目の魔力の波動が大広間を横切った。


「……何?」


 まるでそれが合図であったかのように、無数の人形が揃ってぴたりと動きを止める。


 想定外の急停止にこの場の誰もが意表を突かれ、状況を見定めるために攻撃の手を緩めたその瞬間、活動可能な全ての人形が()()()めがけて殺到した。


「なあっ……!」


 戦力が充実したトラヴィス側に背を向けて、俺を含めて四人しかいないこちら側へと。


 数の少ない方を先に潰そうとしている――わけではない。

 奴らは明確に俺一人に狙いを定めている。


 背後からの追撃で凄まじい数を削られていくことを顧みもせずに。


「ルーク!」


 人形の狙いを察したガーネットが声を張り上げ、奴らの進行方向上に割って入る。


 更にエゼルもガーネットに続いて人形の群れを迎え撃たんとする。


「根こそぎ吹き飛べぇ!」

「天剣招来ッ!」


 ガーネットの刃から繰り出される、強烈な横薙ぎの魔力の斬撃。


 エゼルが切っ先を振り向けたのを合図に、十数振りの拵えのない剥き出しの剣が周囲に展開。

 射出された剣身が人形の脚を次々に撃ち抜いて動きを鈍らせる。


 先頭を行く人形達が片っ端から薙ぎ払われ、縫い留められたにも拘わらず、後続の人形達は猛烈な勢いでそれすらも乗り越えていく。


 踏み越え、駆け上がり、跳躍し――人形の大波が俺達を飲み込まんと高々と打ち上がる。


「下へ逃げるぞ!」


 俺に許された数少ない選択肢。その一つを躊躇なく選び取る。


 床を【分解】したことで始まる自由落下。

 押し寄せる人形の大波が追いつく寸前に、落下しながら床を――これからは天井となる部位を【修復】し、逃走経路を完全に遮断する。


「…………ぐふぇっ!」


 格好つけて床をぶち抜いたところまではよかったが、完全に着地に失敗して下階の床に叩き付けられ、ヒキガエルが潰れた音のような声を漏らしてしまう。


 自分で自分に【修復】を掛けながら起き上がり、周囲の様子を窺いつつ他の皆に声を掛ける。


「大丈夫か? 悪い、合図が遅れ……あれ?」


 周囲は上階よりも狭い迷路になっていて、魔力照明も心なしか薄暗くなっている。


 しかもガーネットとエゼルの姿がどこにも見当たらない。

 この場にいるのは俺とエディの二人だけだ。


()っ……確かに逃げられはしたけど、なんて乱暴な……無事ですか、姉さ…………姉さん?」


 エディはエゼルがいないことに気がつくと、目の色を変えて俺に食って掛かってきた。


「姉さんはどこだ! まさか置き去りにしたんじゃないだろうな! あの方を誰だと思って……!」

「落ち着け。多分、下が迷路になってたものだから、俺達と違う場所に落ちただけだ。そもそもガーネットも一緒にいたのに置き去りなんかするわけないだろう」


 冷静にそう言い聞かせると、エディはぐっと歯を食いしばるような素振りを見せて、俺の服から手を離して数歩下がった。


「……すまない、取り乱した。謝罪する」

「あの子が普通の立場じゃないっていうのは知ってるよ。けど、詳しい事情は知らないんだから、誰だと思ってるって言われてもな」


 壁に手を当てて【解析】を発動させ、辺り一帯の構造と人間の位置を把握する。


 壁三枚分向こうに人影が二人分。

 どうやら狭い通路二本を挟んだ向かい側に落ちたらしい。


 ゴーレムや魔獣が周囲に潜んでいないかも【解析】で確かめつつ、その一方でエディに話しかけ続ける。


「勇者エゼルの父親を『父君』なんて他人行儀な呼び方をしてるあたり、単純な姉弟(きょうだい)関係じゃないのは察しがつくんだが。良かったら話せる範囲で教えてくれないか」

「…………」


 エディは軽く俯き気味になって考え込み、そして呟くように語り始めた。


「俺は養子なんだ。姉さんの父君の遠縁で、身寄りがないからと引き取っていただいた身の上で……相続などの邪魔にならないよう、正式な子供という扱いではないんだけれど……」

「なるほど、それなら納得だ。姉弟なのにやたらと他人行儀なのも、従者みたいに振る舞ってるのも、後は凄い好意を抱いてるなって感じたのも」

「こっ! 好意……!?」


 背後でエディが声を上ずらせる。


 従者や実弟にしては、エゼルが俺やガーネットを含む男連中と親しげにしたときの反応が過剰だなと思っていたのだ。


 しかし、血が繋がっていない間柄だというなら妙に納得できてしまう。


「とにかく二人と合流しよう。壁の向こうにはゴーレムも魔獣もいないはずだ」


 おもむろに壁を【分解】して大穴を開ける。


 ――その穴の向こうから、半透明の巨大な亡者の顔がぬうっと現れて、耳まで裂けた口をにやあっと歪ませた。


「うわああああああっ!」

「ひゃああああああっ!」


 情けない絶叫が共鳴し、腹の底からの呪文詠唱が響き渡る。


「ターン・アンデッド!」


 必死の白魔法の直撃を受けて、巨大な顔状の霊体が光にかき消されるように消滅する。


 俺とエディは肩で息をしながら顔を見合わせた。


「ヒュージゴースト……油断してたから、寿命が縮まった……」

「ど、どうして分からなかったんだ……?」

「多分、物理的な形がないから【解析】に引っかからなかったんだ。ゴースト系がいるなんて聞いてないっての……」


 呼吸と心臓の鼓動を何とか落ち着かせながら、俺達は一刻も早くガーネットとエゼルの二人と合流するために、壁の向こうの通路へと足を踏み出していった。

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