第252話 蠢く顔なき人形の群れ 前編
崩落した通路が【修復】された先に広がる光景――それは数歩先も見通せない真っ暗闇であった。
大きな空間が広がっているのは空気感で何となく分かるが、通路から差し込む照明以外の光源が全くない。
「む? ここだけ魔力照明がないのか?」
首を傾げるトラヴィス。
俺は真っ暗な大広間の入口付近の壁に手を触れて、【解析】の魔力を薄く広く壁全体に拡散させてみた。
「照明の制御盤が壊れたままみたいだ。位置は部屋の奥の壁……ここから遠隔で【修復】するのは難しそうだ」
「仕方ない、行くしかないな。誰か灯りを頼む」
「俺がやります」
そう言って前に進み出たのは、勇者エゼルの弟のエディだった。
「トーチライト」
エディが魔法を発動させ、手元に拳大の光球を出現させる。
「【白魔法】スキルの嗜みがあるという話はしましたよね。遠くに飛ばせるほどの練度はないので、俺も先頭を歩きます」
「んじゃ、オレが白狼のとまとめて護衛してやるよ。サクラとナギはヤバそうになったら飛んできてくれ」
「あ、私も行くね」
結局、俺とガーネット、エゼルとエディの四人が先行して照明を直しに行き、残りの八人は後方で周囲を警戒するという役割分担になった。
歩を進めるたび、何か固いものを踏む感触が靴越しに伝わってくる。
「何だこれ。気味悪ぃな、おい」
「金属じゃなさそうだけど……陶器にしては踏んでも壊れないし……」
ガーネットとエゼルは声を揃えて、床に散らばった大量の残骸を不気味がっている。
俺もこの正体は気になるが、まずは魔力照明を復旧させるのが先決だ。
何の邪魔も入らず反対側の壁に到着したので、すぐさま【修復】に取り掛かる。
壊れていた操作盤を【修復】すると天井が眩く点滅し、昼間のような明るさが周囲一帯を照らし上げた。
あまりの光量に目が眩み、数秒ほど掛けて視界が元に戻っていき――
「……うわぁっ!?」
――そんな声を上げたのは果たして誰だったのか。
この場にいる誰もが、目の前に広がる異様な光景に目を剥いた。
「人形、なのか……?」
床に所狭しと散らばっていた物体。
それは人間大の精巧な人形の素体――その残骸であった。
着衣はなく。個性もなく。
球体関節はバラバラに外れ、頭髪すらない頭部もそこかしこが損傷している。
エゼルは自分が踏んでいたものが人形の頭であると気付き、無機質な眼球と視線が合ったことに驚いて短い悲鳴を上げ、転びそうになったところをエディに抱き止められた。
――人形、そして魔王城の地下。
二つの要素が脳内で瞬く間に結びつき、想定されうる範囲で最悪の展開へと結びつく。
「まずい! 逃げるぞ!」
そう叫ぶが早いか、肌で感じ取れるほどに強い魔力の波動が広間を走り抜ける。
一秒の間も置かず宙へ跳ね上がる人形の残骸。
それらはまるで不可視の手で組み上げられるかのように、一瞬で人形としての形状を取り戻し、この場にいる人間めがけて殺到した。
「クソがっ!」
間髪入れずに剣を振るうガーネット。
ミスリルの刃が数体の人形を容易く斬り伏せる。
続いてサクラの刀、エゼルの剣、トラヴィスの拳が次々に人形を粉砕し、他の冒険者達も彼らの得意武器で迫る人形達を退けていく。
更にナギが持ち前のスキルと身軽さで人形の群れの上を駆け抜け、ガーネットとエゼルの猛攻で生まれた空白地帯に着地した。
「ルークさん。トラヴィス隊長から伝言です。これらが王都にいたという自律人形と同じものか教えてほしいと」
「いや……あいつは人間と区別できない人格があったし、こいつらよりも数段強かった。ガーネットと互角以上だ。単に性能の低い量産型なのか、それとも瓦礫に埋まってた影響なのか……」
もしもこの人形の群れの一体一体が夜の切り裂き魔と同性能だったなら、既に俺達のうちの何人かは殺されていたに違いない。
けれど幸いにもそうではなく、数の不利も戦闘能力の差で覆せそうに――
「……ガーネット! 足元っ!」
俺の叫びに呼応してガーネットが下段の斬撃を繰り出す。
切断される人形の腕。
床面を這って接近した人形が脚に掴みかかろうとしていたのだ。
「っ……! こいつ、さっきぶった斬った奴じゃねぇか!」
「そいつだけじゃない! 壊された人形が元に戻ってるんだ!」
最初の時点で外れていた関節が組み直されたのと同様に、切断された箇所、粉砕された箇所が繋がって機能を取り戻していく。
もちろん完全な復元ではなく、例えば砕けた部分は不完全な接合に終わっている。
しかし、これまでに破壊された人形の九割近くが既に機能を取り戻しているのは、とても無視できるような状況ではなかった。
「(くそ! 冗談じゃないぞ!)」
右目に手をかざして『叡智の右眼』を発動させ、同時に左手で腰のホルダーからリピーティング・クロスボウを取り外す。
青い炎のような魔力の塊に変わった右眼球で人形達を睨み、クロスボウに呪装弾入りのカートリッジを装着。即座にトリガーを引き絞る。
直撃した矢弾が即座に魔法効果を発揮し、人形の全身を刺々しい氷で飲み込み、その動きを封じ込めた。
想定通りだ――いくら自動復元機能があっても出力が控えめである以上、動けないようにしてしまえば無力化できる。
そしてもう一つの弱点も視えた。
「頭を壊せ! こいつらはゴーレムだ!」
「ははっ! そういうことか! 分かりやすくていい!」
「ゴーレム……なるほど! 魔法文字を削れば止まるんだ! あれ、でも文字が見当たらない……」
「顔の部分が二重構造になっているはずだ! 表に見えてるのは仮面で、魔法文字の刻まれた素顔がその下にある!」
間近にいたガーネットとエゼルに指示を飛ばしつつ、トラヴィスへの追加の伝言をナギに託す。
「氷の属性魔法でも束縛魔法でも何でもいい。頭が壊せないなら動きを封じろと伝えてくれ。レイラに渡した魔道具にちょうどいい物があるはずだ」
「確かに承りました。お気をつけて」
掻き消えたと錯覚するほどの速度でナギが取って返す。
俺は新型呪装弾を三発全て射ち切ってから、通常の呪装弾六発入りのカートリッジに挿し替えた。
手持ちの呪装弾は炎と風、そして探索の直前に開発された氷の三種類。
『閉鎖空間なら爆発や突風だと危なっかしいですし、効果範囲が広すぎないのも作っておきましたよ』
アレクシアがそんな軽い態度で氷結弾を渡してくれたことを思い出す。
あいつにも、開発の中心になったであろうノワールにも、心からの感謝を送らずにはいられなかった。
「(氷結弾は通常仕様が残り六発……使い切った後は、風圧弾で押し返しながら【修復】で援護するしかないか……?)」
リピーティング・クロスボウに必要最小限の【修復】の魔力を注ぎ込みながら、呪装弾を立て続けに六連射し、数体の人形の手足を封じて動きを鈍らせる。
壊れやすく、いつ壊れるか分からないのなら、最初から直しながら使えばいい。
手作業の修理なら不可能でも、俺の【修復】スキルであれば可能な対応策だ。
そして狙いの悪さも、標的がこれほど大量にうごめいているなら何の問題にもならない。
ただ味方がいない方に向けてトリガーを引けば、いずれかの人形のどこかの部位には当たってくれるのだから。




