第249話 再び魔王城へ
「確か支店を開くときに雇った娘だったな。選んだ理由を聞いてもいいか」
レイラの名前を聞いた直後、トラヴィスはわずかに怯んだような反応を見せたが、俺の想像よりもずっと落ち着いた態度で話を進めようとした。
「ガーネット以外にもう一人いた方が何かと便利だからな。人選は消去法だよ。薬師のエリカに黒魔法使いのノワール、機巧技師のアレクシアはそれぞれ専門の商品があるから、連れ出す必要がないなら店にいてもらいたいんだ」
隠し事はしているものの、説明の内容そのものは嘘ではない。
ノワールとアレクシアは俺が不在だった間にもよく頼られていたというし、グリーンホロウの住人のことを考えるなら薬師は地上にいた方がいい。
そして隠し事とはもちろん、トラヴィスに近付きたいという下心から、レイラ本人が同行を希望しているということだ。
「ところで、勇者エゼルもそうなんだが、若い女をメンバーに加えるのは気にならないのか?」
「自分のための探索ならいざ知らず、こんな一大事で我儘を言うような男に見えるか? そもそも剣士のサクラに声を掛けた時点で分かるだろう」
「ごもっともで」
結局、余計な心配をしていたのはお互い様だったというわけだ。
割り切るべきときに割り切れないようでは、俺もトラヴィスもこんな歳まで生き延びていられなかっただろう。
「だったらメンバーの問題はないな。レイラにも挨拶させておくか? 俺としてはいつでも……」
話をまとめようとしたところで、店の奥からレイラがおずおずと姿を表した。
普段のしっかりした態度は鳴りを潜め、戸惑いと緊張に押し潰されそうになりながらも、眼差しだけは伏せることなく一生懸命に上げ続けている。
レイラがどうにか言葉を絞り出そうとした矢先、トラヴィスが何かを思い出したかのように「おおっ」と声を漏らした。
「見覚えのある顔だ。確か崩落事故の現場にいた娘だったな」
「……っ! 覚えていてくださったんですね!」
「職業柄、人の顔は覚えておく癖があってな。横の繋がりが強いほど色々と動きやすく……おっと、今はどうでもいい話か」
付き合いの長い俺にとってはあまり驚くようなことではなかったが、レイラにしてみれば驚きを通り越して感激の域に達してしまったようだ。
まったく、こいつは女が苦手だと標榜しているくせに、言動の一つ一つが事あるごとにレイラの弱いところを突いているらしい。
「……それじゃ、詳細な予定日が決まったらまた連絡してくれ。こっちもスケジュールを合わせたいからなるべく早めにな」
それから数日が経ち、俺とガーネット、そしてレイラの三人は予定通りに魔王城へ向かうことになった。
例によって普段どおりに『日時計の森』を下ってホロウボトム支部を経由し、二つのダンジョンを繋ぐ通路を通り抜けて、黄金牙騎士団が管理するホロウボトム要塞に入る。
元々、支部は要塞の半分が冒険者ギルドに払い下げられたものだったので、建物自体はほとんど同じなのだが、やはり雰囲気はまるで別物である。
支部の方は店舗がたくさん入っていて一般人も多く、うろついているのもほとんど冒険者で、どいつもこいつも仕事時間外の緩んだ雰囲気を漂わせている。
しかし要塞の方には一般人の姿はほとんどなく、冒険者達も『魔王城領域』へのダンジョンアタックを前にして気合を入れているのが見て取れた。
「ここから先は馬を借りていくぞ。徒歩で魔王城に行こうと思ったら日が暮れるからな。聞くまでもないとは思うけど、レイラは乗れる方か?」
「もちろんです。当然の嗜みですから。当家で騎馬の心得がない者はおりません」
レイラはきりっとした顔で、要塞の騎士団が貸し出している馬の手綱を引いている。
努めて冷静に振る舞っているようだったが、内心ではそわそわと先を急いでいるのが透けて見えた。
三人それぞれ別々の馬に跨って魔王城に向かいながら、到着後の予定についてガーネットと確認を取る。
「サクラやトラヴィスの奴はもう魔王城に行ってるんだっけか?」
「ああ。俺達が合流して一夜明けたら、改めて先遣隊が調査を再開する予定だ」
「魔王城で一泊か。とっくに騎士団が制圧してるとはいえ、何だか妙な気分だぜ。ドワーフ共の町に宿はねぇのかよ」
「建物の寸法からして違うからなぁ。新しく人間用の建物を作るくらいなら、背丈の近いダークエルフの設備を流用した方が楽なんだろ。城っていうだけあって広いしな」
地上にいると実感が薄くなって仕方がないのだが、ダンジョン内には知的種族である魔族が独自の文化を築いて暮らしていることがある。
この『魔王城領域』の場合は、先住種族と思われるドワーフと、更に深い領域から現れたダークエルフの二種類が存在していた。
今は全てのダークエルフが魔王軍と共に地下へ逃れるか、騎士団との戦いで死亡するか捕虜となったことで、一人残らず『魔王城領域』から姿を消したと考えられている。
もちろん、人知れず岩山や荒野に潜伏している奴もいるかもしれないが、あくまで可能性は否定しきれないという程度の話である。
戦争が終わってから整備された道路を進んでいると、やがてドワーフの住む城下町と魔王城が視界に入ってくる。
「……そろそろ見えてきたぞ」
「直に見るのはあれ以来だな。ったく、思い出すだけで怖気が走るぜ」
吐き捨てるように呟くガーネットの横で、レイラが息を呑んで魔王城を見やっている。
「レイラは初めてここまで来たんだっけか」
「ええ……魔王城を目にするのも今日が初めてです。要塞の近くからでは遠目にも見えませんでしたから」
「安全は確保されてるはずだから、地下に潜るまでは気を張らなくても大丈夫だぞ。いやまぁ、ここも既に地下ではあるんだが」
冗談として言ったつもりはなかったのだが、レイラはくすりと軽く吹き出して、少しだけ肩から余計な力が抜けたように見えた。
「そういえば、お二人やトラヴィス様が魔王城でどのような活躍をなさったのか、詳しく伺ったことはなかった気がします。公開されている資料には目を通しているのですが……」
「気になってるのは、オレ達じゃなくてトラヴィスのことだけじゃねぇのか?」
「ち、違います!」
意地悪く顔を覗き込むガーネットに対し、レイラは赤面しながら眉をひそめて睨み返した。
魔王城に到着するまでもうしばらく時間がある。
せっかくだから、あの戦いのことを簡単に語って聞かせてみるとしようか。
俺としては右目と左腕が無性に痛くなってくる思い出なのだけれど。




