第248話 探索計画、再始動
――勇者エゼルの来訪後も長らく続くかと思われた、何の変哲もない平穏な日々。
しかしその終わりは唐突にやってきた。
「そろそろどちらかが来ると思ってたけど、お前の方が先だったか」
「うむ。セオドアは地下の探索ではなくドラゴン絡みの調査が主目的だからな。地下に潜らずに済む調査を優先して済ませる気らしい」
とある日の営業時間終了直前。
俺は閉店準備をエリカ達に全て任せ、例の案件を持ち込んできたトラヴィスへの対応に専念していた。
用件はこいつが顔を見せた瞬間に理解できた。
魔王城よりも更に深い未知の領域の探索が再開されたのだ。
「もちろんあいつには事前に話をつけてある。ルークを誘ったのは向こうが先だが、頼らなければならない理由ができたのは俺が先だ。あいつも快く納得してくれたよ」
「ならいいんだが。それで、俺を頼らないといけない理由ってのは何なんだ? 本業も疎かにはしたくないから、ずっとついていくわけにはいかないぞ」
前々から提示していた条件を改めて明言しておく。
俺は正式にギルドを抜けたわけではない休業冒険者だが、活動方針は武器屋の主人としての判断基準を中心に置いている。
そもそもギルドから籍を抜いていない理由は、俺もギルドも繋がりを保っていた方が取引の上で便利だからというだけで、いつ正式に離脱することになってもおかしくないのである。
いや――俺の肩書が元冒険者に変わる時期はおおよそ予想が付いている。
騎士叙勲。新騎士団設立。
王都で進められている手続きが終わり、正式に発表されるときが来れば、形式だけの冒険者であり続けることはできなくなるだろう。
「承知の上だとも。お前を頼るのはお前の【修復】スキルが必要になったときだけだ」
「もったいぶるなよ。一体何があったんだ?」
「うむ、実はだな……」
閉店準備を進めるガーネットやアレクシア、そしてノワール達が聞き耳を立てる中、トラヴィスは地下探索パーティが直面している問題を説明した。
――実は深層領域の探索そのものは数日前から再開されており、二槍使いのダスティンや、もうすぐ到着する予定の百獣平原のロイも含めた、錚々たるメンバーでの探索が予定されているらしい。
現時点ではそれに先立っての先遣隊が調査を進め、本隊がどこをどのように探索するべきかを下調べしている段階なのだが――
「その過程で、地下通路が崩落して完全に埋まっている箇所を発見した。他の部分のコンディションからして自然崩落とは考えにくい。十中八九、人為的に通路を破壊して塞いだのだろう」
「確かに、そいつは露骨に怪しいな。事故じゃないなら間違いなく足止めだ。魔王軍の逃走経路の可能性は何割程度だと読んでる?」
「五割。魔王城の地下通路が一本道なら断言できるんだが、如何せん迷路のように入り組んでいてな」
作業の手を止めて立ち聞きしていたエリカが、どうして確定じゃないんだとでも言いたそうに顔を上げたので、その辺りについて軽く補足を加えておくことにする。
「魔王軍は深層領域で何者かに負けて『魔王城領域』まで逃げ延びてきたって話だろ? 崩落はそのときの追手を防ぐための措置の痕跡で、今回は全くの別経路で逃げた可能性も否定できないんだ」
「あー……なるほどー……冒険者って色んなこと考えなきゃ駄目なんですね……」
エリカが感心と納得の混ざった表情でしきりに頷く。
地下のダンジョンで魔族とやり合うことも仕事のうちの冒険者と、地上でダンジョンとは無縁な生活を送る一般人とでは、物事を考えるときの視点からして異なっている。
どちらが優れているかということではなく、単純に違いがあるというだけの話だ。
「お前に頼みたいのは通路の【修復】だ。崩落はかなりの範囲に及んでいるらしくてな。まともに瓦礫を除去していては無駄に時間が掛かってしまうだろう?」
「そこを俺の【修復】で一気に元通りにしてしまおうってわけか。納得の理由だな」
理由自体は大いに納得できるものだったが、参加を了承する前にまだいくつか確認しておきたいことがある。
「先遣隊の戦力は十分に整えてあるんだろうな」
「欲張れば果てなどないが、並大抵のAランクダンジョンなら安定して生還できるはずだ。先遣隊の隊長がダスティンだという時点で信頼してもらえると思うが」
「最近見ないと思ったら。あいつならそう簡単にはやられないか」
「お前と一緒に俺も地下へ潜るつもりだし、今回からは勇者エゼルの一行も加わってくれることに……」
そこまで言ったところで、トラヴィスは気まずそうに言葉を切って口ごもった。
「……すまん、報告が遅れたな。お前にとっては勇者というだけでよろしくなかったかもしれん」
「妙な気遣いなんかするなよ。似合わねぇぞ。第一、ファルコンの件があったからって、勇者全てを嫌いになるほど繊細な男に思えるか?」
「むぅ……?」
勇者は特定個人専用の称号ではない。
王国民の平穏のため、ダンジョンに潜む脅威と戦うに足る実力の持ち主だと認められた者が、王宮に認定されて勇者の称号を与えられるのだ。
ファルコンはあくまで複数人存在する現役勇者の一人に過ぎず、それぞれの勇者はお互いに独立して各々の判断で動いている。
つまりファルコンとエゼルの関連性は、どちらも王宮から認定を受けたという一点以外に存在しないのである。
「そもそも勇者エゼルとは何度か顔を合わせてるし、魔王軍の追撃に参加しようと考えてることも聞いてるよ。お前かセオドアのどっちかに協力するだろうと思ってたから、完全に予想通りだ」
「なんだ、俺の取り越し苦労か」
今回は完全にトラヴィスの思い過ごしだったが、他人の悩みを我が事のように気にかけるのもこいつの長所だし、大勢の若手冒険者から慕われている理由の一つだ。
「店は閉めたくないから、お前についていくのは俺を含めた三人で、残り三人と応援で店を回すことにしようか。俺以外の二人の内訳は勝手に決めていいか?」
「構わんさ。戦闘要員は十分だろうからそちらの都合で決めてくれ」
「了解。じゃあ一人はいつもの通りガーネットで、残り一人は……」
首だけを動かして振り返り、店の奥に繋がる出入り口の縁に身を隠した少女を見やる。
俺がきちんと対応するように見張っているつもりなのか、それともただ単に気恥ずかしさで顔を出せないでいるだけなのか。
どちらにせよ、俺の考えはとっくに固まっていた。
「……レイラにしよう。俺とガーネットとレイラ。この三人でお前についていく」




