第247話 勇者エゼルとグリーンホロウ 後編
「とりあえず、こんなところで立ち話をするのも何だし、続きは店の中でしないか?」
「いいのか、白狼の。まだそいつのテストは終わってねぇんだろ」
ガーネットは俺が手にしたままのクロスボウを見てそう言った。
確かに新型クロスボウの運用試験はまだ中途半端だ。
呪装弾の運用に至っては手もつけられていないし、実際に使ってみて分かった問題点もある。
それは故障発生と使用不能化があまりにも急で、戦闘中のいざというときに起きてしまったら対応しきれない恐れがある、というものだ。
襲いかかってくる敵を射とうとしたら故障した、と考えれば想像しやすいだろう。
大急ぎで【修復】しても間に合うとは限らず、故障の発生が致命的な結果を招くこともあり得る。
もちろんこれはあらゆる武器が持つリスクではあるが、数回使っただけでも故障する可能性がある以上、そのリスクを無視することは到底できない。
しかし当然だが、それに対する解決策を考えるのも俺の役割だ。
「大丈夫。今日中に終わらせないといけないわけでもないし、テスト中に気付いた問題点の対策もだいたい思いついてるからな」
「ならいいんだけどよ。で、お前らはどうする?」
うちの店に上がっていくかどうかをガーネットに問われ、エディは手のひらを前にかざして首を横に振った。
「気遣いはありがたいが、これからダンジョン内のギルド支部に向かうところだ。また次の機会に……」
「いいじゃない。こっちもそこまで急いでるわけじゃないんだから。噂の特産品も見てみたいしね」
「……姉さん」
姉であり勇者でもあるエゼルの決定には逆らえなかったのか、エディはさっきと違う意味合いで首を横に振っていた。
「それにほら、久し振りにガーネットとゆっくりお話したいしね」
「この前の件だけではまだ足りないんですか」
「うん、全然っ。聞きたいことも色々あるから」
エゼルから何やら意味深な視線を向けられながら、店の玄関の鍵を開けて二人を招き入れる。
ホワイトウルフ商店の店内を見渡して、エゼルとエディは感嘆の声を漏らした。
「これは凄い……スペルスクロールまで取り揃えてあるのか」
「あっ! ほら見てエディ! あれがミスリルの剣じゃない!?」
中でもエゼルが真っ先に反応を示したのは、店内で最も目立つ場所に設けられたミスリル武具のコーナーだった。
「お値段は、ふむふむ、小金貨……これくらいなら手持ちでもギリギリ買えるかな……」
「店頭にあるのはミスリル比率低めの普及品だぜ。高比率の奴なら基本的に受注生産だ。白狼の、料金表ってどこにやったっけ」
ガーネットがそう言ったのと同時に、予めカウンターから持ってきておいた料金表を渡す。
エゼルは特注武具の値段に驚いたり、真剣に考え込んだりところころ表情を変え、やがて深く頷いて俺の方に向き直った。
「決めた! 注文する!」
「いいのか? 別に限定商品ってわけじゃないんだから、ゆっくり考えてもいいんだぞ」
「そうですよ、姉さん。父君の援助は求めないと決めた以上、無駄遣いをするわけにはいきませんよ」
同行者であるエディが止めさせようとするも、エゼルの決意は固いようだった。
「戦力を充実させるのは勇者の務めでしょう? たくさんお金を貰ってるのはそのためなのよ。この前だって攻撃力不足でシーサーペントの撃破に余計な時間が掛かったんだし」
この前というのは、川を遡上してきた魔獣シーサーペントを撃破した一件のことだろう。
俺は現場に居合わせなかったので戦い振りに関しては評価できないが、エディが反論に窮して押し黙ったあたり、攻撃力が足りずに手間を掛けてしまったのは間違いないらしい。
「資金に不安があるなら、今使ってる剣にミスリルを合成するのはどうだ? この料金はベースにする剣もこっちが用意する前提だから、手持ちの剣を使えば少しは安くできるぞ」
「なるほどー……正直、この剣にもそこそこ思い入れがあるし、買い替えより改造の方がいいかも……」
「後はガーネットの幼馴染ってことで、今日契約するならもう少し安くできるぞ。ミスリルの価格分は減らせないから技術料の分をちょっとだけな」
ふむふむと前のめりに頷くエゼル。
その様子をガーネットは呆れ気味に見やっていた。
「なんかさ、お前が十五年も冒険者やっていけた理由、ちょっと分かった気がするわ」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
何はともあれ契約は成立し、エディが今から代金を持ってくることになった。
後からでもいいと言ったのだが、負債は清算できるうちにしておきたいのだそうだ。
「それでは、銀翼騎士団に預けた資金を引き出してきます。姉さん、くれぐれも妙なことはしないように」
「分かってるって。信用ないなぁ」
エゼルは子供っぽくムスッとしていたが、エディの忠告はむしろ俺達に向けられている気がした。
事情を知らない奴からすれば、この状況は男が二人に女が一人。
勇者とはいえ身内は心配せずにはいられないだろう。
実際は男が一人に女が二人であり、その男一人は恐らくこの場でぶっちぎりの最弱なのだけれど。
余談ではあるが、騎士団に金を預けて必要なときに引き出すというのは、活動範囲の広い商人がよく利用するサービスである。
貸し金庫とは違い、預けた貨幣そのものを返してもらうのではなく、同額の貨幣を現地の支部から受け取る形式だ。
もちろん手数料が必要で、当然ながら預けた騎士団とは異なる騎士団の支部からは引き出せないが、手軽かつ安全な取引ができることから重宝されているらしい。
エディが銀翼騎士団のグリーンホロウ支部に向かっていったところで、一人残ったエゼルが好奇心に目を輝かせて迫ってきた。
「と、ところで! 聞きたいことがたっくさんあるんだけど!」
「落ち着けって……なぁガーネット、ここは任せてもいいか?」
「逃げんなよ」
ガーネットにがっちりと肩を掴まれて、エゼルの圧力から離脱できなくなってしまう。
「先に言っとくけど、妙なこと聞かれても答えねぇからな」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと分かってるって。それじゃまずは牽制から……」
「牽制っつたか、おい」
「見た感じ、ここって家とお店が一緒になってるみたいだけど、やっぱり店長の家なんだよね。こっちだとガーネットはどこに住んでるの? よかったら今日の夜にでも遊びに……」
「オレもここに住んでるぞ。四人くらい暮らせる程度には広いからな」
別に大した質問ではないだろうと、ガーネットは何気ない態度でそう答えた。
しかしエゼルは笑顔のままぴたりと硬直し、念の為の確認でもするように問い返した。
「えーっと、あれかな。店員みんなが下宿してるとか」
「いや、居候してんのはオレだけだな。他の連中はだいたい春の若葉亭に……」
「……ガーネット、ちょっと待った」
すぐに割って入ろうとしたがまるで間に合わない。
エゼルはガーネットの肩を掴むと、力の限り前後に揺さぶりながら思いっきり声を張り上げた。
「そっ! それって居候じゃなくて! 同棲って言うんでしょうがっ! もーっ! 去年まで微塵も男の気配なかったくせに、何でこう一段飛ばしで進展しちゃってるのこの子は!」
「は? はあああっ!? ちげーっての! 任務だ任務! 護衛任務! 変な想像してんじゃねーぞ!」
「二人共……町から離れてるとはいえ、大声でこんな話するのはな……」
額をぶつけ合いながら加熱する友人同士の少女二人を前に、俺はただ穏健な言葉を掛けることしかできなかったのだった。




