第246話 勇者エゼルとグリーンホロウ 前編
次の定休日。俺はガーネットに準備を手伝ってもらって、リピーティング・クロスボウの試し撃ちをしてみることにした。
ホワイトウルフ商店の横の空き地にいくつか木箱を積み上げて、その表面に的として簡単なマークを描く。
流れ矢が誰かに当たらないよう、道路に背を向けて森の方に矢を放つ位置取りだ。
「よし、まずは普通に射ってみるか」
普通にクロスボウを構え、木箱に向けて一射。
すると本体に内蔵された魔力機巧が作動して自動的に弦を引き絞り、本体上部に取り付けられたカートリッジの矢弾を番え装填する。
「おおっ。思ったよりしっかり動くもんだな」
さすがの作り込みだと感心しながら、次の試し方を考える。
通常矢弾用カートリッジの弾数は六発。最初に矢弾を一本装填してからカートリッジを取り付ければ、連射可能本数は都合七発。
さっき一発射ったところなので、残りは六発だ。
「ガーネット、悪いけどちょっと手伝ってくれ」
「おう、いいぜ。何すりゃいいんだ?」
次の試し撃ちは連続射撃テスト。
三つに分けて積み上げた木箱に左から順番に番号を振って、ガーネットに適当な順番で一から三の数字を六回読み上げてもらい、その順番に射っていくというルールだ。
リピーティング・クロスボウの性能試験だけでなく、それを扱う俺の技量を確かめるテストでもある。
「んじゃ、行くぞ? ……三! 一! 三! 二! 一! 二!」
ガーネットの読み上げ通りにターゲットを切り替え引き金を絞る。
一発、二発、三発。そして四発目を放った直後、クロスボウの本体の内側でガキリと嫌な音が鳴った。
「……っ!?」
反射的に【解析】を発動させて本体の内部構造を走査する。
どうやら弦を規定の位置まで引き絞る機巧の部品が外れ、別の部品に引っかかってしまったらしい。
アレクシアが正攻法での完成を諦めるわけだ。
運が悪かったのもあるだろうが、まさか一個目のカートリッジを使い切る前に最初の故障を経験してしまうとは。
即座に【修復】を使って内部構造を復元し、引き金に掛けた指に素早く力を込める。
期待通りに機巧が復元され、五発目と六発目の矢弾は何の違和感もなく木箱に突き刺さった。
「どうだ、ガーネット」
「順番は合ってたけど、的に当たってんのは二発だけだな。二発は木箱のどっかに当たって残り二発は森に帰ったぜ」
「練習もしてないとこんなもんか。とりあえず【修復】で対応できると分かっただけでも収穫だ」
呪装弾も試してみようかと思ったが、さすがに炎や爆発を撒き散らす代物を、森や木造の家の近くで使う訳にはいかない。
もう一つの加速弾なら大丈夫だろうと考えて、家の壁際に置いておいたカートリッジを取りに行こうとしたところで、見覚えのある二人組が俺達に話しかけてきた。
「やっほー、ガーネット」
「エゼルじゃねぇか。そういやこっちに来るとか言ってたな」
勇者エゼル。どこかの貴族か何かの娘らしく、ガーネットが幼い頃からの知り合いで、ガーネットの本当の性別も知っている少女だ。
そしてエゼルの後ろにいる背の高い少年は、確かエゼルの弟のエドワード。エゼルからは愛称でエディと呼ばれていた覚えがある。
白狼の森で最初に会ったとき、エドワード本人は何故か弟ではなく『同行者』と名乗っていたが、その辺りの事情は正直よく分かっていない。
姉弟なのにエゼルの方だけガーネットの正体を知っているのも不思議だが……恐らく『同性だから』という単純な理由だったりするのだろう。
「ほんとはもっと早く来たかったんだけど、途中で色々あってね」
「ダンジョンから迷い出た逸れゴブリンの討伐など請け負うからですよ。一体やそこらなら猪と大差ない脅威ですし、冒険者に任せておいても良かったでしょうに」
「う……だって放っておけないじゃない」
「そんな風に考えるから、父君から直々に『お前は冒険者に向いていない』と言われてしまうんですよ」
呆れた態度のエディに淡々と説教され、勇者エゼルはぐぬぬと押し黙った。
どちらが年上で勇者なのか分からなくなりそうだ。
「悪ぃな、白狼の。こいつら大体いつもこんな感じなんだ」
「お前が謝ることか? けどまぁ……冒険者に向いてないってのは分からんでもない」
正直な話、エゼルの父親とやらの指摘は完全に正論である。
二人のやり取りを邪魔しないように、声量を抑えてガーネットに喋りかけ続ける。
「冒険者ってのは、はっきり言えば『困っている他人を収入源にする職業』なんだ。例えば逸れゴブリンに困ってる村人がいるとして、無料で討伐する奴は冒険者向きとは言えないな」
「あー……言われてみりゃ確かにそうだな」
「迷わず最寄りのギルドハウスを紹介するか、ギルドを通さない直接依頼を気にしないなら『いくら出せる?』と聞ける奴……冒険者として稼げる奴は大抵このどっちかだ」
当たり前のことではあるが、冒険者稼業は慈善事業ではなく商売なのである。
「まぁ、飢え死にしそうな奴にタダで飯を食わせてやる飯屋みたいに、個人の拘りでたまにタダ働きをする程度ならまだいいんだが。それがいつものことになるなら、ちょっとな……」
どんな業界でもそうだが、無料奉仕や格安奉仕を繰り返す輩は、同業者から見れば悪質な価格破壊に他ならない。
――実のところ、冒険者ギルドの存在意義の一つがこれを防ぐことなのだ。
冒険者業界に限らず、過去に存在した職業ギルドは全て『商品や労働力を安売りさせず、同業者全体が安定した収益を得られるようにすること』を期待されていたのである。
その方針は今も変わっていない。
ギルドを通さない仕事には一切の支援と補償をしないと明言することで、タダ働きを含めた不当価格の直接依頼を抑制し、一方でギルドを通した依頼は適正価格を徴収するようにしているのだ。
「もちろん、依頼を受けずに探索だけする奴は例外だ。グリーンホロウにいる連中だと、セオドアがその典型例だな」
「面白い話だと思うんだが、どうもあっちに聞こえてるみてぇだぞ」
「……あっ」
そら見たことかと言わんばかりに肩を竦めるエディ。
露骨に不満げな顔をしながらも、否定の言葉を口にできず頬を膨らませるだけのエゼル。
俺はガーネットだけに話を聞かせているつもりでいたのだが、どうやら聞こえていないと思っていたのは俺だけだったようだ。
「ま、まぁ逆に勇者をやるには最適かもだ。自分の判断で人を助け、それを王宮から評価されて褒賞金に反映されるって聞くからな」
何も言われていないのに、ついつい言い訳じみた補足を加えてしまう。
勇者で貴族の娘でガーネットの幼馴染とくれば、些細なことで嫌われてしまうのは賢い選択ではない。
特に――最後の一つがとても重要であった。




